第27話 蒼炎の救い手

 ----アトラク・ナクアが、校舎を溶解させていた頃。



 王立エクラ学院の警備員達は、皆の安心安全を守るため、避難誘導に勤めていた。

 彼女達には、以前に公爵令嬢カモミーユ・アドバーシティーがサロンをその魔法にて燃焼させた際に、助けに行けなかったという後悔があった。

 学院の上層部から怒られたという苦い経験と共に刻み付けられた後悔、それを打ち消さんばかりに、避難誘導を真剣に行っていた。


 しかし、いつもより焦って行ったからか、普段なら絶対犯さないミスをしてしまった。






「ひっ、ひぃっ……!! まっ、待って!」


 逃げ遅れていた者が居たのだ。

 銀髪のその令嬢は、必死な様子で荷物片手に逃げ惑っていた。


 そんな彼女のすぐ近く。

 柱が溶解し、校舎の屋根の部分が大きな音を立てて、銀髪令嬢めがけて落ちて来た。



「----【燃え尽きよ】!」



 そんな屋根が、突如放たれた"青い炎"によって燃やされる。

 高温の青い炎は、落ちて来る屋根を一瞬で燃やし尽くし、屋根は跡形もなく消えて、灰となって辺りに飛び散った。

 

「きゃあ?!」


 その青い炎は、屋根だけでなく、銀髪令嬢すら巻き込んで燃えていた。

 思わず驚いて座り込んでしまう銀髪令嬢であったが、すぐさま違和感に気付いた。


 熱くないのだ。

 それどころか、逃げ惑う際についた小さな傷たちが、回復して行って、むしろ健康になっていく感じすらあったのだ。


「----大丈夫かしら?」


 青い炎がすーっと、消えて。

 座り込む銀髪令嬢に、優しい声と共に手が差し伸べられる。


「あっ、ありがとうございます」

「いいえ、気にしないで良ろしくてよ」


 手を差し伸べた令嬢----カモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢は、当然の事をしたまでと言った様子で、銀髪令嬢の手を取るとさっと立たせた。


「今の青い炎は……」

「私の魔法よ」


 そう言うと、カモミーユは胸ポケットにしまっていた杖を取り出すと、青白い炎をその杖からほんの少し灯すように出していた。


「私のこの青い炎の魔法は、通常の炎魔法よりも威力が桁違いらしいそうで。この謎の糸も燃やせるという事実を見せ、警備員の方達より特別な許可を得て、こうして救助活動をしている訳ですわ!」


 えっへんっ、と大きな胸を張りながらドやるカモミーユ。

 銀髪令嬢はそんなカモミーユを「凄いですねっ」と素直に賞賛していた。


「この杖は私の姉……長女が作った試作品ですわ」

「……長女? お姉様ではなくて?」

「あんな奇声奇行をする幼女を、お姉様とは呼びたくありませんわ」


 心外だとばかりに、今度は頬を膨らませて抗議するカモミーユ。



 銀髪令嬢が少しばかり杖について聞くと、どうもこの杖はかの・・プラタナス・ザエ辺境伯の手によって、カモミーユ専用に作られた杖……つまりは特注品とのこと。

 あまりにも火力が強すぎるカモミーユの蒼炎魔法を、この杖が調整・・する仕様になっているのだとか。


 詳しい説明はカモミーユは分からなかったらしいのだが、簡単に言ってしまえば、この杖を通せば、カモミーユが燃やしたいモノだけ燃やすことが出来るらしい。

 その理屈の応用編で、先程は落ちて来る屋根だけを燃やし、同じように銀髪令嬢の身体の傷だけを燃やして治癒したのだという。



「何故に傷を燃やせば回復するだなんて、聞かないでくださいませ。わたくしも理屈なんて分からず、使っているのですから」

「はっ、はぁ……」

「ともかく、折角助かったんですから、早く警備員の方達を探して合流しなさい。わたくし、あなたのように逃げ遅れた方が居ないか探しに行きますので、これにて失礼いたしますわ」


 ご機嫌よう、とカモミーユはそう言い、杖をもう一本取り出すと、そのまま飛んで行った。


 そう、飛んだのだ。

 2本の杖から出る蒼炎を、まるで推進力化のように利用して、そのまま飛んでいったのだ。


「凄いですね~。おっと、いけない。早く避難しないと、怒られてしまいますわ」



 ----もう十分、"資料・・"は集まったので十分でしょう。



 銀髪令嬢はそう結論付けた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 実はこの銀髪令嬢、逃げ遅れた訳ではなかった。

 むしろ、この状況を好機とばかりに捉え、色々と巡っているうちに逃げ遅れたみたいになってしまったのである。


「(逃げなくてはいけない場面だという事は分かります! しかしこの状況、校舎が謎のバケモノの糸によって溶解される地獄絵図、まさしく終末世界! 次の創作に活かせる絶好の機会だったので!)」


 分かりやすく言えば、この令嬢。

 次の作品を作る資料として、溶解した校舎やら、逃げ惑う令嬢の慌てっぷりを見て回っていたのだ。


 先の「ひっ、ひぃっ……!! まっ、待って!」も、「助けて! 置いて行かないで!」という救助を求める意味ではない。

 「こんないっぱいの資料、いきなり来るだなんてびっくりです!」という、ただ興奮してただけである。


 そう、この銀髪令嬢----緊急事態にも関わらず、興奮のあまり資料集めに精を出していただけなのだ。

 めちゃくちゃ不謹慎な令嬢、なのである。


「本当は、この事態を引き起こした怪物、そしてそれを退治しに行くと私に仰ったアイリス第三王女の活躍も見ておきたいところですが……流石に避難しますかね」


 そう言うと、銀髪令嬢は避難場所に向かって、歩き始めた。



 ちなみにこの銀髪令嬢、その名もぺリステリア・エラタ子爵令嬢。

 以前、アイリス第三王女のところにいた、あの変わり者であった。




(※)試作版カモミーユ・スティック

 カモミーユ・アドバーシティーが用いる、蒼炎魔法を扱うために作られた杖。長女担当であるプラタナス・ザエ辺境伯が、次女担当であるカモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢のために用意された専用の杖

 蒼炎魔法を杖を通すことによって、指向性を持たせ、特定のモノだけを燃やす事が出来るようになった杖。傷を燃やすことで、相手を回復させることも出来る

 ちなみに、試作版ということで、蒼炎魔法を使う消費量はいつもの1.5倍となる

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る