第24話 最低最悪な魔法

「ちょっ、ちょっとアイリス様!」


 ----とことこ、とこっ。


 私は必死に私の部屋から歩いて去っていく、アイリス王女の後を追う。

 アイリス王女は私の言葉など聞こえていないらしく、そのまま私を無視して、とことこと歩いて行く。


「いったい、なんだと言うんです?!」


 あのヴェルベーヌ嬢、いったいどのような魔法を使ったのか。


 そんな事を思っていると、急にアイリス王女はその場で立ち止まり、クルっと振り返って私と視線が合う。


「----?! カリカちゃん?!」

「あっ、アイリス王女様! ……やっと、気付いてくれたよ」


 正気に戻って良かったぁ~、と安堵する私。

 それとは対称的に、アイリス王女は先程、ヴェルベーヌ嬢と相対した時と同じように、真剣な表情を浮かばせる。


「……あぁ~! やっぱ、無理だったかぁ!」


 「失敗、失敗!」と、なんか無視して笑うアイリス王女。


「その失敗って……さっき、さっさと部屋を出て行ったのと関係あります?」

「うん、知識として知っているのと、実際に体験しているのでは大違いって話だね」


 それって、アイリス王女が言っていた、ヴェルベーヌ嬢が持つとされる『厄介な魔法』とやらの事だろうか。


「なんなんですか、そのヴェルベーヌ嬢の厄介な魔法って……」

「----シャルマン家は『癒し』の一族と呼ばれていてね、香水やメイクなどで生計を立てている家なんだよ。というのもシャルマン家がそういう魔法を持つ家系で、簡単に彼女達の家の魔法を言い表すと、良い匂いがする魔法を持ってるんだよ?」


 良い匂いがする魔法----まぁ、それは確かに。

 彼女からは、なんか良い匂いがするって、確かに感じたけど。


「……え? 良い匂いがする、それだけ?」

「まぁ人柄が良いとか、大々的に運が良いというのもあるけど----ヴェルベーヌ嬢もその例に漏れず、良い匂いがする魔法なんだよ。"程度の・・・問題・・"があるだけで」


 程度の問題……?


「----ヴェルベーヌ・シャルマン公爵令嬢、彼女は先祖返り。つまりは最初にシャルマン家の魔法を伝えたヒノモトの勇者と"全く同じ"魔法を持っているのです」



 本来、貴族の魔法と言うのは、元々はヒノモトから来た勇者達の魔法。

 勇者達の強力な魔法が長い年月、血と共に継承された結果がいま現在、私達が使っている魔法。


 私のように無効化能力が髪にだけ遺伝したり、あるいはカモミーユのように2つの魔法が良い感じに合わさって新たな魔法として発現したりしている。

 だが、結局のところ、勇者達が使っていた魔法の劣化版というのが関の山なのである。


 しかし、ヴェルベーヌ・シャルマン公爵令嬢は違う。


 歴史に語られている始祖の魔法。

 シャルマン家が代々受け継いできた魔法の本元と全く同じ魔法が、彼女に発現した。


 その時、勇者達が名付けたその魔法にはいくつかの呼び名がある。



 ある勇者曰く、「最低最悪」。

 ある勇者曰く、「魔王よりも恐ろしい」。

 ある勇者曰く、「生きる天災」。



「運が良いというか、そういう人間に渡るべく調整された魔法だと言うのか。私も兄の第二王子から敵討ちという名目で、私の父である王様から命じられなかったから、関わりたいとも思わない」

「でも、そうと分かっていて、なんで第二王子は、ヴェルベーヌ嬢と関わったんですかね?」


 私はただの公爵令嬢のルームメイトと思っていて、そんな令嬢だとは知らなかった。

 でも第二王子はそんな事を知っているはずなのに、なんで関わる事になったんだろう?


「あぁ、これは父も言ってたんですけど。ヴェルベーヌ嬢と私の兄、シャガ第二王子。2人の魔法は相性が悪いんですよ。

 兄の魔法は『空間を操作する魔法』なんですけど……その魔法と、ヴェルベーヌ嬢の魔法は、相性が悪い。いや、ヴェルベーヌ嬢と相性が良い魔法なんて、存在しないかもなんですが」


 ----『自分を愛させる魔法』。


 アイリス王女は、ヴェルベーヌ嬢が持つ魔法をそう表現した。


「伝説で伝わっている魔法としての名前は、【傾城傾国ファム・ファタル】。

 自分の体臭を用いて、人間などの生物、法則などを自分に都合がいい物へと書き換える。すなわち、"絶対に自分に危害を加えさせない洗脳体臭"。それこそが、彼女の魔法」

「生物だけでなく、法則も……?」


 えっ、法則をも自分の都合が良い物にする、ってなにそれ?


「ヴェルベーヌ嬢がちょっと地面を掘れば大金を発見し、彼女が病気になれば何の因果かお医者様が来たり、特効薬の素材が運良く見つかったりする。

 ヴェルベーヌ嬢が願えば、多分だけど国すら彼女にひざまずいたりするでしょうね? まぁ、兄もそんな彼女の力を目当てに近付いて、運悪く、その洗脳能力を受けたんでしょうけど」


 運悪くって……それって王子様にとっては『運が悪かった』というだけで、利用されようとしていたヴェルベーヌ嬢にして見れば『運が良かった』って意味なんじゃ?


「----まぁ、他の人も天災に当たったと思って、諦めてくれれば良いんだけど。

 万が一にでも、例えば兄のような空間を繋げるような魔法持ちが、彼女を殺そうとしたら……ねぇ?」


 「いや、ねぇ?」ってなに?

 なんか、意味深な言い方してるんですけれども?


 殺そうとしたら、何があるんです?




(※)【傾城傾国ファム・ファタル

 シャルマン家の始祖ともいえるヒノモトの勇者が持っているとされ、先祖返りと言われているヴェルベーヌ・シャルマンが保有している魔法

 自分の体臭が物凄く良い匂いがするようになり、その体臭を嗅いだ生物、体臭が移った物体に対し、『自分を愛せよ』という命令を与える。つまりは、彼女は誰からも愛される。これは法則そのものにも左右され、彼女が行動することによって、世界は彼女の都合がいいようになる

 体臭は彼女そのものだけでなく、彼女が着ていたり、触れていたモノにも移るため、それらを通しても彼女に愛するようになる

 ちなみに副作用として、魔法を持つ本人はのほほんとした、平和主義者的な性格になるとされている

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