第22話 彼女が辺境伯になった理由(2)

「弟さんが、許嫁……?」


 貴族の間で、身内と結婚する話は聞いたことがある。


 しかしそれは----あくまでも恋愛結婚。

 互いが互いを好きだと理解して、家を出て駆け落ち同然の話。


 家公認で、弟を許嫁にするだなんて話は、聞いたことがないんですけど!?


「ちなみに、弟であるレイリオンの他にも、許嫁が3人ほど」


 「じゃぁーんっ!」と、プラタナス先輩はさらに3枚の絵をわたくしに見せて来た。

 どれも先程のレイリオンとの絵と同じく、先輩と思わしき少女と、少年との、2人で描かれている絵。

 それが、3つも。


「この子が【ヴィユノーク・ザエ】くん、いとこでボクより1つ上。そして2枚目と3枚目の【ベルドゥジュール・ザエ】くんと【ラゲナリア・ザエ】くん、こっちは2人ともいとこ違いではあるけれど、ボクと同い年だね」


 「知ってる、いとこ違いって?」と聞かれて、わたくしは知っていると震えながら答えましたわ。

 いとこ違い……つまりは、この2人はプラタナス先輩のいとこの子供であるという、そんな普段ならばあまり使わないようなそんな言葉よりも、気になることが今のわたくしにはありましたから。


「……ちなみに聞きたいんですけど、全員?」

「あぁ、まぁ、そうだね。全員漏れなく、ボクの許嫁だね」

「やはり、そうなんですの……」


 まさかの、許嫁が4人も?!

 いや、問題なのは数などではなく、全員が彼女の親族だということ。


 弟、従兄、2人のいとこ違い。

 全員が、プラタナス先輩の親戚、または家族である。


 そんな偶然が重なる事って、あるのかしら?


「どうしてボクの許嫁が、ボクの親族か不思議かな?」


 言葉にはしてなかった。

 けれども、想定内の質問だったらしく、プラタナス先輩はわたくしを指差しながら----


「その質問の答えを簡単に言い表すとするならば、君----カモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢が一番、分かりやすいだろう」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「わたくし、ですか?」

「あぁ、君の両親は母親がアドバーシティー公爵家、そして父親はタラァクム男爵家ってのは、知ってるよね?」

「えぇ、まぁ----」


 "アイツ"の事については、わたくしは未だに苦手だ。

 "アイツ"がわたくしの実家いえを去った理由が、わたくしだったとしても、長い間、仇として恨み続けてきたこの気持ちが、そんなに簡単に変わる事はできない。


「じゃあ、この2人の縁談が、アドバーシティー公爵家から持ち掛けられた話も?」

「えっ? 知らないですわよ、それ?!」


 わたくしはてっきり、"アイツ"がお母様をたぶらかしたと思っていたのに……。


「だいたい! わたくしの家は公爵家、一方で"アイツ"の家は男爵家! 爵位からして向こうが頼み込むならまだしも、こちらから願い出るだなんてあり得ませんわ!」

「それが起こったから、君が居るんだろうに」


 わたくしには、プラタナス先輩が何をおっしゃりたいのか、全然分かりませんけど!

 もっと分かりやすく、教えて欲しいんですけれども?!


「----"魔法結婚"とでも言えば良いかな?」


 プラタナス先輩は、聞いたことがないそういう言葉を口にしました。


「君の母親は、父親選びをする際に、相手の家の爵位、人格とか業績とかではなく、魔法で選んだのだよ。

 アドバーシティー公爵家に伝わる炎の魔法、炎魔法ともっとも相性が良い風魔法を持つタラァクム男爵家の人間を」


 ----そうして生まれたのが、高温の炎、青い炎を操る蒼炎魔法。

 ----通常の炎よりも多くの風を含むことによって誕生した、蒼炎魔法を用いるカモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢という訳さ。


「わたくしが、そういう経緯で……」

「偶然もあっただろうけど。勿論、通常通りの炎魔法が継承される可能性やら、父親であるタラァクム男爵家側の風魔法が継承される可能性もあったが、君は2つの魔法が良い具合に重なり合った結果、想定以上に良い魔法に恵まれた訳さ」


 そして、プラタナス先輩は先程の3枚の写真を手にする。


「ボクが辺境伯になったのも、この許嫁達もそういった理由だよ。ボクの『幽霊を操る魔法』が、例えば君の所の炎魔法が、良い感じに組み合わさって、"幽霊を火だるまにして操る魔法"になったらどうなるかな?」


 幽霊の、触れない性質。

 それに炎魔法が組み合わされば----出来上がるのは……


「触れられないから、消せることが出来ない炎の魔法?! そんなの勝てるはずないじゃない!」

「そう言う事さ。ボク達ザエ公爵家の人間は、その可能性があるが故に、"自分達の親族としか結婚できない"」


 それが……親族4人を、許嫁にしている理由だと、先輩はそう語ってくれました。


「ボクの研究は、その魔法の組み合わせを親側で操作できるという研究だよ。もっとも、そういう呪いの類を見つけて、調整できるようになったというだけの話だし、両親の魔法の組み合わせで出来ないモノなんかは無理だけど」


 例えるならば、両親の2つの魔法を同時に使えるようになるだとか。

 あるいはわたくしのように、風魔法と炎魔法を上手に組み合わせて、強力な蒼炎魔法を生み出すだとか。

 そういうことが、出来るようになる呪いのようなモノを、プラタナス先輩は見つけ出したのだそうだ。


 そりゃあ、そんなのが出来れば、確かに辺境伯と言う爵位を貰えるはずですよ……。


「まさか、それでわたくしの蒼炎魔法を生み出したとでも?!」

「……年齢を考えたまえ。ボクがこの法則を学会に提出したのは2年前からだよ。少なくともこの学院に居る生徒は、ボクの法則とはまるっきり関係ない」


 まぁ、良く考えたら、そうですわよね……。


「----ボクや君のような貴族様がするのは、十中八九、政略結婚の類だろう? でもボクの魔法の場合、他の魔法と"混ざる"と、先程、例を挙げた幽霊の炎のように大変なことになる。だからボクは君達のように、相手を選ぶ事すら出来ない。

 いくら結婚に興味がないボクとは言えども、流石に親族と結婚させられるかもしれないと知ったら、対策を取りたいと思うのは自然な事だと思わないかい?」

「でも、先輩が生み出したのは、両親の魔法を操作して強力な魔法を生み出す研究で----」

「逆に言えば、両親のどちらかの魔法のみを授けることが出来る研究さ。この研究が完成すれば、ボクは自分の親族と結婚しなくて良くなる」


 先輩、そんな事を考えて、そんな研究をされていたんですわね……。

 辺境伯という爵位を持つ貴族とだけ聞かされていたので、そんな研究をしていたのは知りませんでしたわ。


 ただの、奇声をあげる先輩ではないと、改めて実感致しますわね。




「さて、まぁボクの身の上話はここまでとしよう。

 ----ここからは君がカリカ男爵令嬢くんをいかにして、『お父さん』と呼ぶかについての議論の時間だ」

「まだその話、続きますの?!」


 ----結局、この話は、イラっとしたわたくしが彼女の尻尾をほんの少し焦がして、子供のように泣き叫ぶ彼女を送り届けるまで続くのでした。


『おねえちゃん、だっこぉ~!!』


 そう、駄々甘えるから、抱っこした状態で送り届けるまで。


 ……あの人、わたくしのお姉様役ですわよね? 年上、なんですよね?




(※)魔法結婚

 結婚相手を相手の家の爵位や、人柄ではなく、所有する魔法によって相手を選ぶ結婚方式

 今でもそういう考えで結婚する貴族は大勢おり、魔法結婚をする者の目的は、自分達の子供に最高の組み合わせの魔法を受け継がせるためである


(※)プラタナス・ザエ辺境伯の研究

 『両親の魔法を自由に、我が子に対して受け継がせるための研究』。王家に対して一度目は『片方の親の魔法だけを確実に受け継がせるための方法』、二度目は『魔法をこちら側で調整できるようにする方法』を提示して、辺境伯の爵位をもらえるほど感心されている

 呪いの類と彼女はそう評したが、正しくはそういった事が出来るように調整された魔法の道具、魔道具と呼ばれるモノを使って行うとされている

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