第21話 彼女が辺境伯になった理由(1)



「----やぁ、放火魔令嬢カモミーユくん。今日からボクの事は『お姉さん』と呼びたまえ」



 唐突に、自室へ訪れたプラタナス辺境伯は、このわたくし、カモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢にそのような世迷言を言ってきたのですわ。


「お姉さん……?」

「そうだ、なんなら『姉上』でも『お姉様』でも、『プラちゃん姉様』でも可」


 最後の呼び方に関しては、絶対に呼ばないと心の中で決定事項の棚に入れつつ、わたくしは彼女をどう扱うべきか悩んでいました。


 ----プラタナス・ザエ辺境伯。

 この王立エクラ学院において、アイリス・A・ロイヤル第三王女と同じくらい、わたくしが"なかよく"すべきだと実家いえから言いつけられている令嬢。

 学生内において、貴族の権力を有する、本物の貴族。


 最初こそ、そう思っていたのですが----


「(なんか、この人----敬いづらい!!)」


 わたくしは、知っている。

 彼女がこの間、「ままぁ!!」などと奇声をあげていたことを。


 後にそれは、彼女の身体に憑りついている子狐の幽霊が、自身に危機が迫ったために放たれた声だと判明するも、わたくしの中では同じなのだ。



 自分より2学年上なんだけど、幼子にしか見えない先輩が、夜中に「ままぁ!!」と奇声をあげる。



 どうしても、あの時の光景が脳裏に焼き付いているせいで、尊敬しづらいっ!!


「まぁ、いきなり呼べと言われても、困惑するのは無理ないか」


 わたくしが戸惑っているのを、呼称をどれにするか迷っていると勝手に判断した辺境伯。


 違うんですっ、確かに呼び方には困ってるんです!

 それ以上に、あなたの扱いをどうするべきか悩んでいるんですよ、この奇行辺境伯!


「なぁに、それならカリカ男爵令嬢くんの呼び方でも固定したらどうかね」

「はにゃあああ?!」


 なっ、なんで今、その話を?!


「いちいち、『おと……カリカさん』と呼ぶのは疲れるであろう。君は彼女に好意を抱いており、だからこそアイリス王女くんの案に乗っかり、『お父さん』とでも呼ぼうとしているのではないかね?」

「なっ……!?」


 わたくしが絶句していると、プラタナス先輩は得意げに説明し続ける。


「図星じゃないのかね? 人間という生き物は特別な感情を持つ相手には、特別な呼称を用いたいというものさ。それは珍しくもない、ありふれたごく普通の感情だよ。

 『自分だけは特別な呼ばれ方をしたい』、『この人だけは特別な呼び方をしたい』というのはさして珍しくない。特に君は父親を呼ぶ機会もなかっただろうし、初めて呼ぶ『お父さん』という呼び方を、自分の魔法が暴走する中、助け出しに来てくれたカリカ男爵令嬢くんに使いたいと言うのも----むぐっ?!」


 これ以上、説明しないでぇ!!

 わたくしも、戸惑っている感情を、なんか理詰めで説明しないで!


 わたくしは慌てて、プラタナス先輩の口を塞ぐ。

 手を剥がそうと必死になる先輩を、身体ごと押さえて、阻止いたします!


 阻止する中、わたくしは彼女の服のポケットに何か入っていることに気付いた。


「(そうだわ! この服のポケットに入っているのを取って、話題をこちらに変えるというのはどうかしら!)」


 わたくしの頭に瞬時に閃きだした、その考え。

 迷うことなく、実行いたします!


「あら、こちらは----絵、ですか?」


 ポケットから抜くと同時に話すと決めていたため、わたくしは抜いて初めてそれが絵であることが分かったのです。

 絵、というか、これは肖像画の類。


 描かれているのは、1組の幼い男女の仲睦まじい光景。


 女の子の方は、狐耳と尻尾を見るに、プラタナス先輩の幼少期、という所かしら?

 今よりも、数年ばかり幼く見える。


 そして男の子の方は……名前は分からないですが、プラタナス先輩の関係者である事は即座に分かった。

 なにせ、頭に猫を思わせる耳、そして尻尾を生やしていたのだから。


「(弟さん……いえ、プラタナス先輩が幼く見える事も考えて、兄がこのくらい幼いという線も無きにしも非ずで----)」

「----あぁ、それはボクと弟の絵だね」


 わたくしが悩んでいる中、実にあっさりと。

 プラタナス先輩はそう言ったのであります。


「それは、幼い頃に、僕の父が画家に描かせた絵であるよ。

 ----【レイリオン・ザエ】、ボクの一歳下の弟だね。とても愛らしい、僕の自慢の弟だよ。今は王都にある名門校、王立オレオル学院という所で、勉学に励んでいるそうだよ」


 「まぁ、ボクの優秀さには遠く及ばないが」と、茶目っ気の冗談交じりで、弟さんの事を紹介する先輩。

 そりゃあまぁ、学生の身でありながら、既に爵位を授与されているプラタナス先輩と比べれば、ほとんどの人はその足元にも及ばぬでしょうよ。


「仲、良いんですか?」

「年頃の姉弟にしては、という冠がつくがそれなりには。互いの誕生日の際には、心ばかりではあるが、プレゼントを贈り合う程度には仲が良いと言えるだろう」


 それは、十分すぎるほど仲が良いと言えるでしょうよ。

 わたくしでも、家族にプレゼントを贈り合うだなんて、なかなかしないのに……。



「それに、ボクの弟は、"許嫁"だからね」



 ----え? 許嫁?




(※)王立オレオル学院

 王国にあるとされる、男女共学の学校。プラタナス・ザエの弟であるレイリオンだけでなく、アイリス第三王女の兄である【シャガ・J・ロイヤル第二王子】も通っている

 学院では男女共同の精神の元、性別に関係なく就業訓練などを行えるカリキュラムを行っている。ただし、社会勉強の一環のためと称して、家の爵位によって扱いに差が出るようにしているのが若干問題視されている

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