第19話 貴族ってチョロインです(2)

「『プラタナス・ザエ辺境伯を誘拐せよ。ただし、アイリス第三王女は怪我をさせるな』と、そういう命令をあの暗殺者は受けていたんじゃないかな?

 ----そうでしょ? あの暗殺者の雇い主である、アイリス・A・ロイヤルさん?」


 プラタナスはそう、アイリスに問いかけた。


 自分を誘拐させようとした、張本人。

 その人物こそ、アイリス第三王女その人である、と。


「カリカ男爵令嬢くん達を向かわせてから、あなたが来たのはその10日後。その10日間の間に、準備をしていたのでは? ----"暗殺者を雇う"という、準備を」

「…………」


 アイリス第三王女は、返答しない。


 肯定する事も。

 もちろん、否定する事・・・・・も。


「余裕でしょうね。暗殺者の魔法が、まさか『飴を武器状に変形させているだけの魔法』と知っていれば、そんなに慌てずに済みますし、暗殺者の方も依頼者が居れば少しくらいは話しますから。

 そしてあなたはボクを誘拐して、家族制度に残るように言いくるめるつもりだったとか?」

「へぇ……やっぱり凄いですね、プラタナスさん」


 と、アイリス第三王女はプラタナスを賞賛する。


「まさか、こんなに早く、"真実に・・・到達するとは・・・・・・"」

「それを、自白と受け取るボクだよ!」


 プラタナスはカッと目を開き、アイリス第三王女の首を絞めつける影達に魔力を注ぎ込む。

 それは瞬く間に影達に実体を与え、それはアイリスの首を確実に締め付ける縄となる。




「----良いっ・・・!!」



 

 と、そこで2人しか居ないはずのサロンの中に、第三者の声が響き渡る。


「えっ……?」


 プラタナスは、その人物の姿を見て、呆気に取られていた。


 第三者----それは、サロンの部屋の中に最初から居た、銀髪のメイド。

 その銀髪メイドは、鼻から赤い血を流していた。


「はぁはぁ……!! ナニコレ、ナニコレ、ナニコレぇぇ!! 幼く見える童女が、王族の姫様の首を絞めつけるぅ! その背徳的な行為の裏にあるのは、1人の少女への恩義から来る愛!

 ヤバい、これは1本の劇に出来る、素晴らしい代物ぉ!!」


 ----訂正。


 その銀髪メイドは、興奮して、気持ち悪く悶えていた。


「----子爵令嬢【ペリステリア・エラタ】。取引はこれで終了で良いかな?」

「えぇ、勿論! 120%の創作意欲を掻き立てられる代物を、ありがとうございます! 姫様! このぺリステリア、この熱くたぎる情欲を今すぐ書き記したいので、これにて失礼いたしますね! それではっ!!」


 まるで、風のごとく。

 自らの主が、下手人に首を絞められている状況を見捨てて、銀髪メイド----ぺリステリア・エラタ子爵令嬢は走り去っていく。

 「熱い情欲が、私を呼んでいるぅ!!」などと、意味の分からない言葉を残して。


「さて、さっきのメイドが、お探しの暗殺者だよ?」


 アイリス第三王女は、状況に付いて行けないプラタナスに、そう教えるのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 2年----ぺリステリア・エラタ子爵令嬢。


 良い風に言えば『特定の科目に情熱を注ぎ込む姿勢を持つ』、悪く言えば『興味がない物には一切関心を示さない』----つまりは、変わり者。


 彼女の目的はただ一つだけ、それはより良い文学を作り出す事。



「社交界で他家との交流のために、芸術鑑賞をしたりする貴族っているでしょう? 彼女、ぺリステリアちゃんにとっては、芸術鑑賞そのものが主目的で、他家との交流なんて二の次なんだよ」


 良い芸術を観賞するためだけに、他の家と交流するパーティーに参加する。

 アイリス第三王女に近付いたのも、王族しか招待されない音楽会への招待状を手にするため。


「だから、私は彼女に、『飴を武器の形に変形させる魔法』を持つ彼女と取引をしたんだよ。

 ----音楽会への招待と引き換えに、正体を隠してプラタナス・ザエ辺境伯を誘拐するフリをして、とね」

「それで、あの令嬢は実際に誘拐した、と」

「バレたら、勘当ものの事を平然とやってのける。それが、ぺリステリアちゃんの良い所だよ」


 「まさかそれを小説創作活動の取材と称するとは驚きだけど」と、笑顔で語るアイリス第三王女。

 それとは対照的に、話をきちんと聞くために黒い影を首から外させたプラタナスは頭が痛くなっていた。


「……つまり、何? あのアフロ暗殺者と、銀髪メイドが、同一人物?」

「アフロはただのカツラだし。さっきも言ったけど、そもそも彼女、自分で本を書きたいって言ってて、暗殺者やメイドの真似事も、彼女にとっては、単なる取材の一環だったと思うよ」


 辺境伯をさらう事が、彼女にとっては、単なる取材の一環。

 より良い作品を書くための、経験作り。


「……ダメだ。ボクには理解できない人間だ」



 小説の作品作りのためだけに、誘拐犯を装うぺリステリア子爵令嬢も。

 そして、誘拐犯を送れば幽霊がカリカ男爵令嬢を呼んできて、恩義を感じて家族制度に賛成してくれると考えての犯行を考えたであろう、このアイリス第三王女も。



「ボクも、幽霊達も君のことは苦手だよ。アイリス王女くん」

「ええ、私としては、カリカ男爵令嬢を父親と認めてくれれば、賭けとしては成立してるので。で、ご感想は?」

「……素直に否定できない自分が、もどかしい」


 既に、プラタナスの中では、カリカ男爵令嬢は「いい人」という扱いだ。

 正体は、ただの飴を武器にしてぶん回す令嬢にしても、誘拐犯に対して、戦ってくれた彼女の雄姿を忘れる事は出来ない。


 きっと、彼女を育てた親が、良い教育をしてくれたのだろう。

 『貴族の流儀ノブレス・オブリージュ』を、人助けする精神として教え込んだ親が。




 そして、帰っていくプラタナス辺境伯を見送って、アイリスは一人呟いた。


「----私も、出来たらカリカちゃんの活躍、見たかったんだけどなぁ」


 そう呟く彼女の顔は、友人の大活躍を見られなくてガックシしょぼくれてる、普通の少女の顔であった。




(※)誘拐犯バタワート/ぺリステリア・エラタ子爵令嬢

 プラタナス・ザエ辺境伯を誘拐しようとした犯人である誘拐犯バタワート、その正体は2年生のぺリステリア・エラタ子爵令嬢。アイリス王女から、王族しか見られないプレミアム音楽会への招待状を得るために、誘拐犯としてプラタナス・ザエ辺境伯を誘拐しようとした

 所有する魔法は『飴を自由な形に変形させる魔法』であり、今回は武器の形状にして戦っていた

 学院に通う事を、創作活動のさらなる発展のためと割り切っており、辺境伯を誘拐したのもその延長線上程度に考えている。また、自分でも本を書いてみたいらしく、今回の体験談をそのまま本にしようとしてアイリス王女から流石に止められた

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