第18話 貴族ってチョロインです(1)

 ----暗殺者がプラタナス・ザエ辺境伯を襲った、次の日。


 誘拐された当人たるプラタナス・ザエの姿は、いつもの自前研究棟ではなく、学院の校舎内にあった。

 いつもは学院にいない有名人の姿に、生徒達がどよめき出す。


 ----なんで学内に居るんだろう?

 ----目的はなんだ?

 ----いったい、何を?


 そんな生徒達の疑問は、当人が説明する間もなく、


「いらっしゃい、先輩?」


 アイリス・A・ロイヤル第三王女の姿が見えた事で、皆が納得したのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 プラタナスとアイリスは、人目を避けるように、サロンへ移動した。


 プラタナス辺境伯が自前の研究棟を持つように、王女であるアイリスもまた自前のサロンを所有していたのである。


 王族専用の、特製サロン。

 そこは王族専用とあって、普通のサロンよりも明らかに豪華そうであった。


 優美軽快で洗練された装飾の、豪華なサロン。

 壁と天井の境界が不明確となるほどたくさんの装飾が見られ、装飾として貝殻や小石、植物などがモチーフとなっており、とても豪華そうだ。

 さらには、「いらっしゃいませ」と、サロン専属のメイドさんまで居るくらいだ。


 そんな豪華なサロンに入る、アイリス王女とプラタナスの2人。 



 そして、サロンに入るなり、プラタナスは自身の魔法を発動した。


「----【謁見を・・・許す・・】」


 プラタナスがそう口にすると、彼女の後ろに黒い影が現れた。

 いや、現れたというよりも、いきなり見えるようになった、というのが正しいのかもしれない。


「相変わらず、不思議な魔法ですね」


 既に席に座っていたアイリスは、そう賞賛する。

 サロンの中に居た、側仕えの銀髪メイドから、紅茶入りのカップを受け取りつつ、だ。


「ボクの魔法自体は、大した魔法ではありませんよ」


 一方で、プラタナスもまた、アイリスと対面になるように席に着く。

 後ろの黒い影はゆらりゆらりと動くと、部屋の中からカップを取ってきて、紅茶を自分で淹れて、プラタナスに渡していた。


 「どうもありがとう」と、狐耳を揺らしながら、プラタナスは黒い影にそう伝えた。



 ----"幽霊と話す魔法"、またの名を"交霊魔法"。



 それこそが、ザエ公爵家が代々受け継いできた魔法である。


 プラタナスの狐耳のように、頭に獣の耳が出るのも、単純な話。

 自らに獣の霊を取り込んでいるからである。


 獣や人間などの幽霊と話し、協力して貰う魔法。

 それが世間一般に『モノを動かす魔法』と話している、ザエ公爵家の魔法。




「あの暗殺者の魔法も、大した魔法ではないのでしょう?」


 ギロッ、とプラタナスはアイリスに目線を移す。


「……と言うと?」

「あれ、収納魔法ではなく、変形魔法の一種だと、ボクは考えているんです」


 要は、雑な手品のようなモノ。

 あのめちゃんこ目立つアフロの中に、"何か"を入れておき、アフロの中で武器という形に作り直して、取り出す。


 その"何か"についても、プラタナスには調べがついていた。




 戦いの後、暗殺者が残して行ったライフルの弾、そしてカリカ男爵令嬢に殴られた際に壊れたであろう木刀の破片。

 その2つの成分が調査の結果、全て""である事が判明した。


 つまりプラタナスが考えるに、あの暗殺者の魔法は『飴を武器に変形させる魔法』。

 当然ながら、殺傷能力はほとんどない見せかけだけの魔法。


 アフロの中で飴を武器の形状に作りかけているだけなのに、事情を知らずに見れば、まるでアフロが収納魔法の入り口みたいになるという現象の出来上がり。

 アフロの中に無限の武器を貯蔵しているように見えて、実際はアフロで隠れる程度の飴しかないだろうから、武器の量なんて些細なモノ。


 恐らくはあの巨大ドリルを錬成した時点で、暗殺者の手品の種はゼロ。

 あのドリルさえ凌げば、暗殺者はカリカに殴られて飛ばされる間もなく、逃げた事だろう。


 実際、カリカ・パパヤ男爵令嬢に最後に吹っ飛ばされた暗殺者は、そのまま反撃する事もなく、逃走している。


「あぁ、そうだったんだ。じゃあ、私も抵抗してたら、割に合わないと逃げてたのかな?」


 「ごめんねぇ~」と、心にもない謝罪を口にするアイリス。



「……白々しい」



 プラタナスがそう口にすると、彼女の背後の黒い影達が一斉に、アイリスの周りを取り囲む。


「姫様っ!?」

「だいじょーぶだよ、メイドちゃん」


 駆け寄ろうとしたメイドを制止させ、アイリスはティーカップを机の上に置く。


「姫様、ボクの魔法は"幽霊と会話する魔法"というよりかは、"幽霊と交流する魔法"なんだよ。

 彼らに知識や記憶はない、ただし知恵や経験はある。生前にどういった生涯を送っていたかという記憶はないが、誰かに襲われてるときに助けを求める方が良いという経験はある」


 カリカ・パパヤ男爵令嬢が、偶然にも研究棟に来たのは、何を隠そう幽霊達の仕業だ。

 自分達と交流してくれているプラタナスの危険を察知し、幽霊達は大人の警備員とかではなく、カリカ・パパヤ男爵令嬢を選んで連れて来た。


 幽霊達は損得ではなく、善悪で判断した。


 いま助けを求める中で、誰が一番、信用できるか。

 幽霊達の助けを幻聴と信じきって却下するだろう大人ではなく、怪しみつつも来てくれるとカリカ・パパヤ男爵令嬢を選んだ。


「ボクと交流する幽霊達は、さして力はない」

「ドリルを止められるくらいの、力がありながら?」

「茶化さないでくれたまえ、アイリス第三王女。あれは魔法で何重にも支援してようやくといった所で、一月に一度使えるか否かといった具合だ。それでもまぁ----」


 ----ガシッ!!


「姫様っ?!」


「数を揃えれば、君の首を掴んだまま気絶させるくらいには、絞めつけられる」


 黒い影達は、アイリス第三王女の首をガシリッと掴んでいた。

 アイリスは跳ね除けようと触ろうとして、スルッと触れずにすり抜ける事に気付く。


「無駄だよ、姫様。見えてはいても、彼らの本質はこの世ならざる幽霊。こちらから触れる事は叶わない」

「……えぇ、首を絞められているはずなのに、全く苦しくもありませんね」

「ボクが彼らの手を見えるようにしただけで、触れるようにはしてないから。もっとも、ボクの質問に対する答え次第では、触れさせますが」


 狐耳と尻尾を大きく揺らしながら、プラタナスはアイリスに詰め寄る。


「貴族ってのは、だいたいがチョロインと呼ばれる、相手の些細な行動で惚れてしまう者達だ。基本的に言葉と感情を押し殺せと淑女教育を為される中で、カリカ・パパヤ----彼女のように、純真に人を救おうと考える人間は貴重だ。

 アイリス王女が『父親役』に選ぶ理由も、まぁ、分からなくはないくらいには、ボクは助けてくれた恩人である彼女に好意を寄せている」


 恐らくは、カモミーユもそうなのだろう、とプラタナスは告げる。

 自身の炎で焼き殺されるようになる中、助けに来てくれた彼女に、好意を抱いて、『父親役』として認めつつある、と。


「----逆に言えば、貴族ってのは恨み深い、ねちっこい。些細な思い違いや不快感を、恨みや妬みに変えて、時には自身の破滅すらも構わずに爆発するくらいに」


 ----最近、居たでしょう?

 ----父親の仇と称して、公爵令嬢に戦いを挑んだ哀れな、風魔法を操る男爵令嬢が。


 そして、プラタナスは本題を話し始めた。


「ボクなりに話を聞き集めたところ----あの暗殺者、一つ奇妙な事がありました。

 聞くところによるとカリカさんには躊躇ちゅうちょなくライフルをぶっ放したのに、あなたとは普通に仲良く会話して見逃している」


 王族に手を出したら、面倒になると思ったから?

 アイリス第三王女が、いっさいプラタナスを助けようとしなかったから?


 色々と理由が考えられるが、プラタナスは1つの仮説を、真実と思いつつ、アイリスへと投げかける。




「『プラタナス・ザエ辺境伯を誘拐せよ。ただし、アイリス第三王女は怪我をさせるな』と、そういう命令をあの暗殺者は受けていたんじゃないかな?

 ----そうでしょ? あの暗殺者の雇い主である、アイリス・A・ロイヤルさん?」




(※)交霊術魔法

 ザエ公爵家が受け継ぐ、幽霊と交流する魔法。主な使い方としては幽霊と交渉し、自分達の研究を手伝わせるなど

 幽霊達は記憶や知識などはないため、過去にどのような事が行われたかと言うのを聞き出す事は出来ない。しかし経験と知恵はあるため、紅茶を上手に淹れたり、頼んでおいた仕事をやってもらうなどは可能

 幽霊が動かせるのは1体につきカップ1杯分くらいだが、力を込める事によって強大な力を与える事も可能。ただし、自分の体力や腕力を分け与えてるため、使いすぎると筋肉痛になる

 頭の獣耳は自分に宿している獣幽霊の物であり、獣耳や尻尾などが損傷を受けると幽霊が驚いて、幽霊の性格が表に出てしまうなどの欠点もある。尻尾の毛を数本斬られた際に、幼児退行したように見えたのはそれが原因との事

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