第16話 プラタナス・ザエ(1)
「ふぇぇ! しにたくないの! たすけて、たすけてぇぇ!! ヘルプ、ヘルプぅ、ミィぃぃぃぃ!!」
プラタナスちゃん、絶叫である。
そりゃあもう、目から大粒の涙をボロボロ流しての、絶叫である。
「ままぁ、おっぱい! おっぱい!!」
それどころか、なんかおっぱいを求めて、ぶかぶかの袖を振っていた。
幼児プレイである、赤ちゃんプレイの駄々っ子である。
「……若干、引くじゃん」
一方で、この惨状を作り上げた当人たるバタワートは、引いていた。
手を斬られたとか、足に切り傷を付けられたとかでもなく、ただ尻尾の毛を数本ばかり斬られただけ。
バタワートの感覚で言えば、散髪……ただほんの少しばかり、毛を数本斬られただけなのに。
「(引くわぁー、めちゃんこ引くわぁー。理路整然と喋ってた
バタワートの任務は、プラタナス・ザエ辺境伯の確保。
王立エクラ女学院の在学生でありながら、辺境伯の爵位を与えられた才女----そんな才女がいま現在、取り組んでいる研究。
研究を行っている者ならば、誰もが欲しがる天才の論文。
バタワートはその論文、そして筆者であるプラタナス・ザエの誘拐という任務を受けて、ここに居る。
「----帰らないんですか?」
と、そこで黙って紅茶を飲んでいた、アイリス第三王女がバタワートに声をかける。
「冷静じゃん、あんた……。うちがお前の排除も言われてたら、どうするつもりなんじゃん?」
「その時は諦めて、辞世の句でも詠みましょう。私、諦めは良い方なので」
「ころさないでぇぇ!! ままぁ、なでなでしてぇぇ!!」
「……そっちの赤子とは違って」
「びぇぇぇん!!」と、盛大に泣き散らすプラタナスを尻目に、バタワートは「依頼内容には含まれていない」と応じる。
「うちの感情的にはこの
「----じゃんっ、けんっ、ぽんっ!! わぁい、グーがかったぁ!」
「しかし、うちにも【選民派閥】の者としての誇りがあるじゃん」
「ハサミごときがぁ、いしをきりさくなんて、ひゃくまんねん、はやいのだよ! アーハハハハッ!!」
「えぇい! やかましいじゃん!!」
いつの間にか泣き止み、じゃんけんを楽しむプラタナス。
それをバタワートは、アフロの中から木刀を取り出すと、その木刀でプラタナスの首を叩く。
「がくっ……」
「ふぅ、静かになったじゃん」
その様子を見て、アイリス第三王女は相手の魔法を理解した。
「(へぇ~、あの髪の中が亜空間にでもなってるのかしら? そこに武器を大量に入れているとか)」
かつて、勇者達の中では、収納魔法は常識的な魔法であった。
伝承によると『アイテムボックス』と呼ばれていたその魔法は、どんなモノでも重さや大きさを無視して保存でき、さらに収納されている間は劣化しないという、とんでも魔法である。
何故、勇者達がそんなとんでも魔法を、持っていて当たり前の魔法だと認識していたのかは未だに議論が耐えないが、かのアフロ女はその収納魔法を受け継ぐ貴族であることは分かった。
「では、うちはこの辺で失礼させてもらうじゃん」
と、目の前でバタワートは、丁寧に頭を下げる。
今から辺境伯を誘拐しようとは思えない、気軽さである。
「では、どうぞ。お出口はあちらです」
一方で、アイリス第三王女もまた、止める気配はなかった。
目の前の誘拐をただの一行事か何かと勘違いしている、気軽さである。
第三王女をどうにかして来いと言う依頼は受けてなかったバタワートは、そのまま荷物を肩に担ぐかのように乗せる。
米俵か何かを運ぶかのようにして、出て行こうとする彼女に、アイリス第三王女は声をかける。
「私は止めませんよ、私は。彼女、私との協力関係を無かったことにしたいと、彼女の方から言われましたし。
----では、私は賭けましょう。プラタナスちゃんの誘拐は、失敗する、と」
なんとも気になる予言ではあった。
しかし、アイリス第三王女はそう言うだけで何も妨害しようとしなかったため、バタワートはそのまま出口から出ていくのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『----では、私は賭けましょう。プラタナスちゃんの誘拐は、失敗する、と』
なんとも意味深な予言であった。
力ある者の言葉は、言うだけでも世界に作用して、本当にそうなるかもしれないという影響力がある。
そして、王族であるアイリス第三王女の言葉もまた、バタワートにとってはそれに近い作用があると心の中に刻み込まれていた。
しかし所詮は、それはただの言葉。
そう自分に暗示をかけたバタワートは、払しょくしようと、アフロの中に手を突っ込み、
「邪魔するというのならば、怪我では済ませないじゃん!」
そう言って、目の前のカリカ・パパヤ男爵令嬢に向けて、取り出したライフルを発射した。
(※)収納魔法
勇者達が必然とばかりに持っていた、道具を収納する箱。一説には『アイテムボックス』という名前で伝わっている
入る量、入れられる物の大きさなどが無制限であり、なおかつ収納されている間は劣化しないという特殊仕様が施されている魔法
勇者達にとっては、「異世界転生して勇者になるなら、当たり前」の代物だったらしく、あまり驚いた様子はなかったと記録されている
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