第15話 禁忌の学問

「プラタナスさんの研究----それって、確か【魔術】の再現、でしたっけ?」


 アイリス第三王女は、そうプラタナスに語り返す。




 【魔術】----それは、この国では禁忌とされている学問である。


 この国の貴族達が魔法を使えるのは、魔法を使えるヒノモトから来た勇者達の血を受け継いでいるから。

 そして、そんなヒノモトから来た勇者達を召喚したのが、プラタナス・ザエ辺境伯の祖先であり、その時に使ったのが『きちんとした知識さえあれば、魔法に等しい力を発揮する技術』、つまり【魔術】であった。


 ヒノモトから来た勇者達を呼び寄せた【魔術】が、何故、禁忌とされているかと言えば----それは、貴族の価値を落とすモノだからだ。


 きちんとした知識さえあれば、本来は魔法を使えないはずの平民でも使えるのが、【魔術】。

 勇者という尊い血を継ぐ魔法を使える貴族という、自分達の価値をおとしめるかもしれない学問こそが、【魔術】。

 故にだからこそ、【魔術】は禁忌とされている。




「表では【勇者がもたらした異世界知識の活用法】となっているんだから、ボクはそっちで言って欲しいのだよ。外で聞かれてたら、禁忌を探求する異端者として吊るしあげられますよ」


 プラタナスはそう言うが、否定はしなかった。

 彼女が学会や国に提出するのは【勇者がもたらした異世界知識の活用法】となっているが、彼女が本当に学問として研究しているのは、【魔術】なのだから。


「ボクは魔法が嫌いだからね。先日も、放火魔令嬢----もとい、カモミーユ公爵令嬢くんのような事件もあったしね。あんな不安定で、非効率で、不規則なモノに頼るくらいなら、しっかりとした知識さえあれば安定し、効率化でき、規則性のある【魔術】を使いたいと思うのは自然の話なのさ」

「この研究棟の中で言うのも、ちょっとマズいんじゃないかなーって、アイリスチャンは思ったりして?」

「アイリス第三王女くんがボクの研究をバラすような人間でないくらいには、ボクはあなたを信頼している。まぁ、せいぜい君から頬をぶたれるくらいのつもりで話しているさ」


 プラタナスは軽口を叩きながら、アイリス第三王女の助けは不要だとそう念押しする。


「先日、訪れたカリカ・パパヤ男爵令嬢の魔法を食べる蛇の髪----あれは実に良い素材だよ。あれ自体が他者の魔法を食べて、魔法を貯蓄している。勇者達の知識で例えるなら、魔法を蓄えた電池。

 この髪を媒介として、ボクが独自に作り出した【魔術】用の術式と合わせれば----」



 ----ふわっ。



 それは、淡い光であった。

 今にも消えてしまいそうな、か弱い光。


 しかしその光こそ、プラタナスが求めていた光である。


「そう! この光こそが、ボクの【魔術】研究の第一歩!

 ボクの偉大なこの研究によって、世界は新たな世界に変わるのだよ! 【魔術】を用いる平民達が些事を引き受け、貴族が用いる魔法は【魔術】よりも出力が高い手段の一つにしか過ぎない! 血ではなく、完全な知能などの実力が判断される社会! そしてボクの目的は達成され----」


 プラタナスがそれ以上、語る事は出来なかった。

 それを止めたのは、アイリス第三王女ではなかった。



「----その目的とやらを達成させないのが、我々の仕事じゃん」



 プラタナスが語る事を止めたのは、金色のアフロヘアーの女性である。

 黒い、まるで忍者のような装束に身を包むも、逆に金髪のアフロが目立つという、特徴的すぎる女性。


 その女性は長い鉤爪を武器として、その獲物を切り裂く刃をプラタナスへと向けていた。


「うちの名は【バタワート】。【選民派閥】と聞けば分かるじゃん?」

「……噂には聞いたことがありますよ。貴族は魔法を使う偉い人間だからもっと敬え、という派閥だと」


 つまりは、プラタナスの目指す、貴族以外でも【魔術】という、魔法に近いことを使えるようになる世界とは真逆。

 貴族が偉い、だからもっと敬えという、派閥組織。


「理解が速くて、助かるじゃん。でもって、そんな【選民派閥】の前で、不用意な発言をしたら----」


 ----シュッ!!


「----こうなるじゃんね」


 ぽろっと、バタワートの鉤爪によって、プラタナスの狐の尻尾の毛が数本、地面に落とされる。

 それは、彼女なりの警告であった。


「……え?」


 切り落とされた尻尾の毛を、見つめるプラタナス。

 そして、彼女は----


「………う、そ………」


 と、言った後、



「たすけてぇ、ままぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 まるで、子供のように泣きじゃくるのであった。




(※)魔術

 魔法以外で、正しい知識さえあればだれでも発動することが出来る魔法的技術

 魔法を持つ貴族こそが偉いと考えられている中、魔法に匹敵するモノを生み出そうとするため、魔術を学んだり、魔術を研究する事は禁忌とされている


(※)【選民派閥】

 魔法を使える貴族こそが、この世界で選ばれた存在であると考えている選民思考の貴族達の派閥組織。主な活動は、(彼ら曰く)貴族への謀反を考える連中への天誅……という名の虐殺行為

 子飼いの暗殺者を多数持っており、その暗殺者もまた元は貴族の次女や三男坊などである。そして、暗殺者は【選民派閥】を陥れようとする者を許さず、自らの魔法によって独自に処罰していく

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