第14話 密会

 ----ザエ公爵家専用の研究棟。またの名をプラタナス・ザエ辺境伯の居城。


 その居城に、アイリス・A・ロイヤル第三王女が訪れたのは、2人の令嬢----カリカ・パパヤ男爵令嬢と、カモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢----が訪れてから、およそ10日後の夜の事であった。




「やぁ、久しぶりだね。アイリス第三王女くん」

「そうですね。ようやく会いに来れましたよ」


 「いやぁ、大変だった! 大変だった!」と、アイリス第三王女は愚痴り始める。


「いやぁ~、自分で言うのもなんだけど、王族って、大人気だね! ここ数日、新入生から教職員まで、たくさんの人と友誼を結ぼうと言われたよ。大変だったね、私! 我ながら頑張ったよ、私!」

「自画自賛が止まらないね……まぁ、王女が忙しいのは当然だと思うけどね。ボクの予想ではもっと後に来ると思っていたから、案外速かったくらいの印象なんだけど」

「まぁ、『長女役』を降りたいと聞いたから、これでも急いで来たんだけど」


 アイリス第三王女はそう言って、プラタナスの顔をジッと見つめる。


「どういう事情で、『長女役』を降りたいと思ったのか。私に聞かせてくれるかな、この『母親役』の私に」

「子供を束縛するタイプだな、アイリス第三王女くんは」


 答えるつもりはなかったプラタナスは、そのまま口を閉ざす。

 しかし、アイリス第三王女は「答えなければ帰りませんよ?」と言った感じに、じとーっと、見つめていた。


「ささっ、教えて! 教えて!」

「……いや、ボクは」

「お・し・え・てっ♡」

「…………」


 これ以上問答を繰り返しても仕方がないと思ったプラタナスは、溜め息を吐き。



「----もうボクの出番はないからさ」



 プラタナスはそう、アイリス第三王女にそうはっきりと言いつけた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「え~、それってどういう意味?」

「言葉通りの意味ですよ、アイリス第三王女くん。そもそもボクが『父親役』だからこそ、この家族制度はなんとか機能していたのだから」


 家族制度の中で一番肝となるのは、『父親役』を誰がするか。

 同性である母親はまだしも、自分の家を大きくしようとしたり、維持するためには何をしているかだなんて、普通の令嬢に分かるはずもない。


 分かるとすれば、この学院で唯一、貴族の爵位を持つプラタナス・ザエ辺境伯だけ。


「爵位を持つボクが、爵位を維持するために税金など国から義務化されているモノ。そしてその義務化されているモノを返して行ったりする方法。領地経営がどういったモノなのか。

 本物の貴族として、爵位持ちであるボクという実体験者が、『父親役』を演じるからこそ、家族制度は成り立つのだよ」

「すっごい、ロリっ子みたいな身体してるのに」

「身体は関係ないだろうよ、身体は」


 そんなプラタナス・ザエ辺境伯を差し置いて、カリカ・パパヤ男爵令嬢が『父親役』をする。

 だとすれば、プラタナスは別に必要という訳ではない、だからこそ家族制度を辞めたいと、プラタナスは進言した訳だ。


「まぁ、それはあくまでもおまけのようなモノであり、本題はこっちさ」


 自身の魔法にて、本棚から1冊のファイルを抜き出して自分の手元にまで移動させたプラタナス。

 彼女はそのファイルを開いて、中にある1枚のメモを取り出し、そこに書いてある文章を読み始める。


「【私ことアイリス・A・ロイヤル第三王女は、プラタナス・ザエ辺境伯に協力を願う。協力をお願いしたい内容は、カリカ・パパヤ男爵令嬢を父親役にするための法案を可決する手伝いをする事。報酬として、プラタナス・ザエ辺境伯に対して、研究資金を援助する事とする】」

「それって、私が頼んだ時に書いた契約書、でしたっけ?」

「えぇ、君が恥知らずにもボクに頼みに来た時のね」


 その事を思い返すと、プラタナスは頭が痛くなる。


 

 ----およそ1年前。

 まだ新入生だったアイリス三王女は、プラタナスに会うために、王族権限で乗り込んできた。


 カリカ・パパヤ男爵令嬢と、カモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢には、そう説明していた。


 ただ、"アイリス第三王女が水着で訪問してきた"については、黙っておいた。


「あの時、ボクはこう思ったよ。君は非常識な令嬢だとね」

「いやぁ、辺境伯であるプラタナス先輩なら、水着のまま研究棟の外に放置しない。そう確信しての行為ですよ?」

「----それを聞いて、ボクはこう思い返したよ。君はギャンブル依存症の、精神疾患者とね」


 つまり、アイリス第三王女は、『この格好であれば断られないだろう』という根拠が何一つとしてないその自信だけで、水着で学内を歩いて、研究棟に向かったのである。

 度胸が凄いと言うべきか、ただのバカと罵るべきなのか。


 ともあれ、極めて常識的な知識を持っていたプラタナスは、自身が管理する研究棟の扉の前に居る不審者をそのままにしておくことは出来なかった。

 結果として、アイリス第三王女はプラタナスの研究棟に入ることができ、家族制度とやらの立案に強制参加させられた訳である。


 ----今度は、裸で帰ってやる。

 アイリス第三王女は、ごねるプラタナスにそう脅迫したのだ。


 水着でもヤバいのに、王女様を裸で帰したとしたら、プラタナスの首なんか一溜りもない。


「ほんと、君って度胸がヤバすぎだと思うよ」

「照れるなぁ」

「褒めてるけど、この場合は若干引き気味の褒め方だよ。アイリス第三王女くん」


 そして、その際に結んだのが、先の契約書。


 家族制度----もとい、カリカ・パパヤ男爵令嬢を父親役にするための、契約書。

 プラタナスは家族制度を他者から見ても不自然ではない、言うなれば納得できる内容を考えて、実行するための手助けをする。

 そして、アイリスは、プラタナスの研究に支援する支援者パトロンになる。


 今、ファイルから取り出したのは、そういった契約書なのである。


「ボクとアイリス第三王女くんとの関係は、この一枚の紙に書かれていた通り。

 ボク達には友情もなければ、愛情もなく、ただの金で繋がった薄っぺらな関係だよ。故に----」



 ----ビリリッ!!



「----こうして破いたら、もう関係は消えてなくなったのさ」


 プラタナスは破いた契約書を放り投げ、アイリス第三王女は何も言わず、ただプラタナスをジッと見つめる。


「ボクが欲しかったのは、研究のために必要なモノ! それは金であり、同時に研究を前に進めるモノでもある!

 そして、この間、君がボクの所に行かせた彼女----カリカ・パパヤ男爵令嬢によって、ボクの研究は形となったのさ! 故に、もうボクは君の研究資金を援助してもらわなくても良い、よってボクと君との関係は今の紙のようにバラバラに引き裂かれたという訳さ!」


 「分かったかな?」と、プラタナスは意気揚々とそう語るのであった。




(※)水着

 ヒノモトから来た勇者達が広めた服装。主に海や川などの水辺で使用し、泳いだりする時に使う

 断じて、学院内を堂々と歩くために着る服装ではないし、この格好を自分の家、もしくは職場などの前に放置してると差別的な目で見られる事間違いなしである

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