第13話 父・長女・次女(2)
雑談はここまで、という先輩の言葉を受けて、私も彼女のもふもふ尻尾から手を放す。
名残惜しいけど、流石に尻尾を掴んだまま、話を続ける訳にはいかないからね……。
「放してくれて、どうもありがとう。カリカ男爵令嬢。
流石にあのまま掴まれたままだと、ボクも格好がつかないから、このボクの魔法を披露する羽目になったさ」
「ありがとう」と礼するプラタナス先輩。
「先輩の魔法……」
「カリカさん、ザエ公爵家の魔法は『物質移動』ですわよ」
こそっと、むしろ相手に聞かせるように、カモミーユが私の耳元でそう教えてくれる。
「その通り」と、先輩の後ろでポットとカップが宙を舞っている。
「ボクの魔法については、本題とは無関係さ。
----という訳で、改めて本題に入ろう」
ごほんっ、と大きく咳をして、先輩は一言こう言った。
「----ボクを、『長女役』から下ろして欲しいのだよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そもそもの話、ボクとアイリス第三王女くんとの関係は、利害の一致。法案が軌道に乗るまでの、繋ぎに過ぎないのさ」
プラタナス先輩は、そう私とカモミーユに告げる。
自身と、『母親役』のアイリス第三王女との関係を。
「最初は、アイリス第三王女くんからの提案であった。彼女はいきなりボクの塔に王族権限とやらで乗り込んできて、家族制度の立案と提出の協力を願い出たのさ」
プラタナス先輩曰く、アイリス第三王女は姉妹制度に変わる新たな制度として、家族制度というモノを作りたかった。
しかし、それはプラタナス先輩の目から見ても、いや誰の目から見てもお粗末な代物であった。
----なにせ、『父親って、姉妹よりも尊いと思うの!』という、たった一文だけの代物だったからだ。
そこで、プラタナス先輩は、研究の資金援助と引き換えに、彼女の手伝いをする事にした。
「姉妹制度は、ボクにとっては利用する価値もない愚かな代物だったさ。なにせ、お題目からして『たとえ離れ離れになろうとも、繋いできた絆は永遠に失われないよ』的な、思い出を胸に頑張ろうだなんて、日夜成果を求めているボクからしたら、お粗末な代物だったよ。
----シンプルに言えば、『絆を結んだんだから、先に倒れるのとかは、なしよ』的な制度でしょ、姉妹制度って」
随分と辛辣な目で、姉妹制度を見ていた先輩。
「まぁ、そういう一面があるのは確かだと思いますわ。お互いに辛いときは支え合おうと言っても、手紙や通信魔法なんかでも時間がかかるでしょうし、なんなら閲覧されて助けを求められないかもしれないですし」
「あの制度って、基本的に互いに我が強い人には良いんだけど、言いたい事を言えない人達にはあまり効果がない制度なんだよ。……まっ、あくまでもボクはそう思ってるだけど」
そんな先輩は、アイリス第三王女のアイデア……とは呼べない代物を、それなりに見てられるモノにする事にした。
「家族制度とは、姉妹制度よりも実践的な代物。つまりは、将来的に家庭を持った際に役立つ制度である事を前提として、そういったのを積極的に取り入れる制度であることを強調したのさ」
この学校に通うお嬢様は、家で一通りの淑女教育を受けている。
お嬢様としてのマナー、音楽や絵画などの文化的教養、お化粧、料理家事、その他色々と。
お嬢様として淑女教育を受けてきた私達は、お嬢様としての生き方を知っている。
しかしながら、自分の家を守るために父親が何をしているのか、そして母親が何を考えて自分達に淑女教育を施しているのか----そういった、本来であれば家に入って初めて知る事、または知る由もない事。
家族制度では、そう言う事を重点的に体験させる制度として、プラタナス先輩は書き記した。
「家を支える大黒柱の役割を果たさなければならない父親が、どのようにして領地経営やら他家との付き合い方をしながら、家族を思っているのか。
そんな家に相応しい、家の名を汚さないようにする母親が、何を思って教育をするのか。
----それから、色々な属性のお嬢様を娘として受け入れる事で、どういう問題が発生して、どういう風に向き合って行けば良いか。
シンプルに言えば、良い家族とはどういうモノなのかを、先に知っておく。他の家族が、自分の知らない所で何をしているかを知って置く事。
妻に、親になって初めて知るだろう、そういった事を予め知っておくこと。
未知なのが一番怖いだけであって、事前にある程度、知っておけば怖くはないでしょう?
まぁ、あのアイリス第三王女くんの子供じみた一文から、よくぞここまで持って来たと自分でも褒めたいくらいだったさ。
去年はこの制度を学院に認可……いや、黙認してもらうために、5組のテストケースで実験して、ある程度の成果を得られたと、ボクとアイリス第三王女くんは納得している」
----故に、だからこそ。
「もうボクの出番はない。『長女役』も、家族制度自体もここまでお膳立てしたんだ。
後はボクとかかわりのない所で好きにしてくれ、とアイリス第三王女くんに伝えておいてくれないかな?」
プラタナス先輩はそう言って、私とカモミーユの2人は何も言えず、そのまま塔を後にしたのでした。
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