第12話 父・長女・次女(1)

 私達は、プラタナス・ザエ辺境伯に呆れ顔で、塔の中へと入れられた。


 そして通された部屋は、かなり豪華な客間であった。


 豪華なカーペット、煌びやかな装飾が施された燭台、それに美しい絵画。

 机の上には飲み物が入ったコップが3つ置かれており、コップとセットであるかのように椅子も3つ置かれている。

 

「君達が来ることは、アイリス第三王女くんから聞かされている。好きな椅子に腰かけたまえ。どのコップも、入っている飲み物は全て紅茶で、同一だから変わらんさ」


 そして、私とカモミーユの2人は、プラタナス・ザエ辺境伯と、何故かお茶会に誘われるのでした。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「----まったく、ドレス姿なんて目立つ姿。恥ずかしいとは思わないのかねぇ、ボクはそういう感想しか君達の恰好を見て思わないのだけど」


 辛辣に、自分の塔に私達を挙げた狐耳少女、プラタナス・ザエ辺境伯は叱っていた。

 頬を大きく膨らませて、さらには尻尾をびゅんびゅんと振る姿は、子供っぽいと思う。


「(でも、それを指摘しちゃダメだよね! だって、相手は辺境伯なんだから!)」


 私は、ようやくカモミーユが言っていた意味を理解した。


 ----教職員を除けば、この学校で一番偉い人。


 この学校には王女くん様やら公爵令嬢などの貴族のお嬢様は居ても、それはあくまでも自分が偉いのではなく、親や家が偉いのだ。

 そして、プラタナス・ザエは辺境伯----文字通り、爵位を王宮から賜った、本物の貴族。


「(そりゃ偉いのは当然だよね……)」

「----何をそんなにぷるぷると、震えてるんだい? カリカ男爵令嬢」


 と、私がどう話そうか、頭の中で悩んでいると、件のプラタナスさんは私の目の前まで歩いてきた。

 そして、すっと、まるで当然のように、自前の狐尻尾を私へと差し出す。


「緊張しているのなら、私のこの尻尾でも持って落ち着きたまえよ。それから安心したまえ、私は爵位を笠に着て、君達を精神的にほふる事を娯楽としていない、実に平和的な者だ。

 学院に居る間は、先輩、もしくは気軽にプラタナスさんとでも呼びたまえよ」

「えっと、それじゃあ……先輩で」


 「よろしい」と、私の頭を撫でようと……あっ、背が明らかに足りないからか、諦めてる。

 座っても、私の方が身長が高いからな。


 ……なんか、ごめんなさい。


「まぁ、良いだろう。それでも緊張が解れないようなら、私のこの柔らかそうな尻尾でも触りながら、手の運動でもしておくがよかろう。とある研究によれば、柔らかい物を触ると緊張が和らぎ、硬い物だと逆に緊張感が高まるというような事があるらしいからな。私の、このような尻尾でも君の一助になれば、幸いと言えよう」

「じゃ、じゃあ……」


 失礼して、っと。


「うわぁ!!」


 すっごい! すっごい柔らかい!

 なんだろう、綺麗に整えられてるからか、すっごい弾力感があって、手で触ると手全体を包み込むような、そんなすっごい抱擁感がある!


 癒される~!!

 お金払って良いレベルだよ、これ!!


「そこに居る放火魔令嬢くんも、よければ触ってくれて構わないさ」

「そうですの、では失礼して----って、誰が放火魔令嬢ですか!!」

「君以外に誰が居ると言うのかね、サロン崩壊の犯人くん」


 「やれやれ」と、私に尻尾を掴ませたまま、溜め息を吐くプラタナス先輩。


「君がサロンを、ご自慢の蒼炎魔法----青い高温の炎を生み出す、君独自のその魔法でサロンを燃やし尽くした際、学院は2つの派閥に分かれた。

 君という次にいつ爆発して第二第三の被害を発生させる爆弾を学院に留めるべきではないという追放派と、勇者様の血が新たな段階に進んだ事を誇らしげにすべきだという残留派の、2つの派閥だ。ボクはそのどちらでもない一学生に過ぎなかったのだが、アイリス第三王女くんが君を残留させるために手を貸せと申し出たせいで、君の爆発を遅らせるモノを作る羽目になった」


 「それが君の髪だよ、カリカ男爵令嬢」と、プラタナス先輩は私の髪をさらっと撫でる。


「私の、髪?」

「あぁ、魔法を無効化する魔法を持つ令嬢は数いれど、髪という体物質そのものがその効果を発揮する魔法を持つのは、この学院では君だけしかいない。故にカリカ男爵令嬢の髪を少し拝借させていただき、放火魔令嬢くんの暴走する危険性がある魔法を、少しずつ吸収して、爆発の危険性を失くすという事が出来た訳だ。

 さりとて放火魔令嬢くんは依然として、爆発の危険性があると断言する追放派を、ボクの信頼と実績によって封じたんだよ」


 つまり、プラタナス先輩が居なければ、カモミーユは実家に帰らされていました、って事?

 

「感謝こそされても、怒られる筋合いはボクにはないと思うのだがね? その辺りをどう思ってるのかね、放火魔令嬢くんは」

「私が感謝するのは、私をあの炎の暴走から救ってくださり、さらにはこの学院に留める一因となりました、おと……」

「おと? なにかね、言葉を続けたまえ」


 「ささっ、早く」と急かすように言うプラタナス先輩。

 そんな先輩に対し、カモミーユの顔は怒りからか真っ赤に染まっていき……あっ、髪の毛が青くなって、メラメラと逆立ってる。


「行って、私の蛇!」


 私は慌てて、会話の中心となっている蛇の黒髪が、カモミーユへと向かっていく。

 そして、パクパクムシャムシャと、彼女の逆立つ髪の、青い炎の部分だけを食べていく。


 1分もしないうちに、カモミーユの髪は元に戻り、私の髪は食べた分だけ、あからさまに増量していた。

 ……あぁ、またカットしないといけないなぁ。


「……ありがとうございます、カリカさん」

「良いって、良いって! 前にも言ったでしょ、助けられるならするのが当たり前、てね!」


 そうそう、自分にする事ならする!

 確かこう言うのを、『貴族の流儀ノブレス・オブリージュ』っていうんじゃなかったけ?


 貴族は、平民の模範となるべき……つまりは、どんな人からも尊敬されるべき貴族の生き方をせよ、的な?

 お父さんやお母さんも、自分の魔法でなんとかなるなら普通に使うし、私もそう思ってやってるだけだから!


「貴族って面倒だよね~。目の前で困っている人が居て、自分が助けられるなら助けなければいけないって。『貴族の流儀ノブレス・オブリージュ』の精神って、貴族だから大事にしないと!」

「……いや、それは若干ズレズレだとは思うのだけれども。まぁ、見て見ぬふりをするよりかは、何百倍もマシだから、カリカ男爵令嬢くんはそのままで居たまえ」


 「次は暴走するなよ、放火魔令嬢くん?」と、平坦な口調で再びカモミーユの神経を逆撫でするプラタナス先輩。


「ぐぐぐっ……!!」

「……まぁ、これ以上は君を怒らせるのは止めよう。今のは単なるアイリス第三王女くんへの八つ当たりの産物と思ってくれたまえ」


 「怒らせて、すまない」と謝るプラタナス先輩。

 歯と拳に力を入れて、怒りを露わにしていたカモミーユも、ようやく落ち着いてくれたみたい。


「----まぁ、雑談はこの辺にして本題に入ろうじゃないか。

 『父親役』のカリカ・パパヤ男爵令嬢くん、そして『次女役』のカモミーユ・アドバーシティー公爵令嬢くん」




(※)『貴族の流儀ノブレス・オブリージュ

 ヒノモトから来た勇者によって、広まった言葉の1つ。貴族という尊い者には、それだけの責任があるということ

 カリカ男爵令嬢は『貴族とは力を持つ者であるからこそ、助けられるなら助けるべき』であると誤認しているようだが、多くの貴族にとっては『貴族とは力を持つ選ばれたものであるからこそ、平民などを支配して管理するべき』という選民思想を意味する言葉となっている

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