第9.5話 9歳の第三王女様

 王族の1人、アイリス・A・ロイヤル第三王女。

 これは、そんな彼女が、まだ9歳の、ただの子供だった頃のお話。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 その日、王都から少しばかり離れた、とある侯爵家の家でデビュタントが行われていた。


 デビュタントとは、貴族達のお披露目会。

 ただの貴族の家の少女でしかない子供達が、貴族として、正式に社交界デビューするための祝いの席である。


 そんな祝いの席に、デビュタント前のアイリスが参加していた。

 勿論、アイリス自身はデビュタントを済ませていないため、本来であれば入れる会合ではない。

 王族の権限を用い、デビュタントとはどういうモノなのかを知るために、アイリスは参加していた。


 しかし、それもすぐに飽きてしまった。


 元々、この場はとある令嬢の社交界デビューを祝う会合。

 その令嬢以外は、このパーティーにおいては全て裏方、脇役でしかない。

 

 話している内容も、アイリスには興味がない、分からない事ばかりであったため、彼女は1人静かに、バルコニーに料理を持って避難していた。


「はぁ……退屈ひまね」


 夜風に当たりながら、「いっそのこと、隕石でも落ちてこないかな?」と不穏な考えを巡らせるアイリス。

 「なにか面白い事でもないかしら」とアイリスは、バルコニーの下を覗き込む。



「……ん? 誰かいる?」



 そして、バルコニーの下に令嬢が数人ばかり居る事に気付いた。

 どう見てもアイリスよりも年下、つまりは8歳以下の子供達。


 すぐさま、会場に来ている令嬢の家族である事は、アイリスの脳は叩きだしていた。

 問題はそんな事ではなく、"なにをしているか"、だ。


「面白そう!」


 そして、アイリスはバルコニーからこっそりと出て、外で遊んでいる令嬢達と合流する。




「やぁ、何をしてるの?!」


 アイリスが声をかけると、子供達は一瞬振りむきこそしたが、すぐさま興味を失くしたのか、遊びに戻ってしまう。

 そんな中、ニカッと1人の令嬢が笑いながら答える。


「おままごと、してるんだよ!」


 随分幼稚な遊びをしてるんだな、とアイリスは思ったが、口にはしない。

 なにせ、これから一緒に仲間に入れてもらうんだから。


「そうなんだ……ねぇ、私も仲間に入れてくれない?」

「えー、でもシャイニーカイザーとグレイトフルバンパーは、もう取られてるよ?」

「えっと、逆に何なら取られていないの?」


 シャイニーカイザーも、グレイトフルバンパーとやらも、アイリスには聞き覚えがない単語であった。

 恐らく、子供達の中で流行っている英雄ヒーローかなにかなのだろう。


「んーっと、母親?」

「無難なところが、なんで残るのかな? オーケー、じゃあ私がそれを引き受けようじゃない」

「母親役やってくれるの?! シャイニーカイザーにやられてくれるんだね!」

「えっ?! 母親役の役割、ひどくない?!」


 ----それじゃあ、君は何の役をやっているんだい?


 アイリスは話の流れで、そう尋ねる。



「私はね、父親役だよ!

 『男なら、背中で語れ』ってね! みーんな、私についてこーい!!」



 ニカッと笑ったその令嬢が、大きく叫ぶと、周りに居た子供達が彼女に付いて行く。


「(凄い、皆が彼女を中心に1つにまとまってる)」


 その光景を、アイリスは不思議に思った。


 いつも彼女が見ているのは、打算と計略に満ちた、王族の歪んだ議会。

 対して、今見ているのは、その令嬢を信頼した子供達の集まり。


 どちらが良いのかは、アイリスにはすぐに分かった。

 なにせ、アイリス自身もまた、楽しそうに笑う彼女の背中を見て、付いて行きたいと思ったから。


 そして、そんな楽しそうに笑う彼女の髪は、ゆらゆらと楽しそうに揺れていた。

 まるで、"黒い蛇"のように。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「(まっ、覚えてないでしょうけど)」


 と、アイリスは笑っていた。


「(彼女にとって、あれはただのいつもの遊びの1つ。皆の退屈を紛らわすためにやっていた遊びの1つにしか過ぎないんでしょう)」


 その理由として、自分の顔を見ても、未だに何一つ思い出そうとしない彼女を見れば、それも分かるというモノだ。


「----さぁ、あの日の続きをしましょう?

 あなたが父親役で、私が母親役で」


 アイリスは嬉しそうに、笑うのであった。




(※)デビュタント

 貴族の令嬢が社交界デビューするための、発表の場。このデビュタントで披露という機会を得て、初めて社交界デビューとなる

 デビュタントは主にその主役の家が取り仕切り、招待する人達、会場の規模、食事や装飾の豪華さなどによって、今後の地位が決まるとも言われており、デビュタントの成功は、今後の社交界での地位に関わるため、どの家も真剣に行っている

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