046:バレた大聖女



 ◇◇◇



 ――アネモネたちが準備を終え、ほんのひと時の平和を噛みしめ眠りについてしばらくたった頃、鏡の沼へと続く山道を正確に迂回・・・・・する一団がいた。


 護衛が六名に荷馬車が三両。うち、一両は白いほろがある馬車で、中にこの輸送隊の責任者が乗っている。

 そこへ護衛の男が入ってくると、いぶかしげに話す。


「隊長、やはり大岩の迂回ルートへも車輪の跡が続いています」

「……前回、俺たちが来たものとは違うのか?」

「確かに車輪の幅が同じですが、あれから雨もふりましたし、俺には判断がむずかしいです」


 隊長と呼ばれた男は、「そうか」と数瞬考えるが、その答えはすぐに明らかになる。

 ランド・リザードの群生地を抜ける隠し通路の入り口に、車輪が故障した馬車が動けずに居たからだ。


「ん? 馬車が乗り捨ててられているのか。いや、男女の商人か? おい、見てこい」


 部下は静かに「了解」とうなずくと、若い夫婦らしき商人へと向かいながら片手を上げる。


「よぅ、アンタら。こんな所で何をしているんだ?」

「た、助かりました! 実は道に迷ってしまって、気がつけばランド・リザードに追われて馬車が壊れたところ、たまたま逃げ込んだここが安全で、どうしようかと悩んでました」


 ダンナがそう説明し、嫁が「どうかお助けください」と頭を下げる。

 それを見た部下の男は、隊長を一瞥しながら「いいでしょう」とほほえむ。


「あなた、よかったわね」

「あぁ、これで助かった――え?」


 ダンナが驚く間もなく、凶暴な刃が彼の胸をつらぬく。

 驚いて逃げる女も、後ろから斬りさかれ草むらの中へと転がり消えた。


「よくやった。ここの場所は知られてはならんからな」

「はい。すると、ここまでの謎の車輪の跡はコイツラで決まりですね」

「だろうな。よし、先を急ぐ! 全隊出発!!」


 残された馬車を端に寄せ、謎の一団は鏡の沼へと急ぐ。

 隠し通路の奥へとその姿が消え去った頃、草むらがかすかに動き、斬られた女が動き出す。


「……ふぅ。背後から斬られるのって大変なんだから、アンタは楽に死ねてよかったじゃない」


 すると胸を突き刺されたはずの男までも動き出し、懐から真っ赤な袋を取り出すと草むらへと捨てた。


「そうは言っても刃を胸から生やすのも大変なんだぞ?」

「ま、そのかいがあって、どうやら誤解してくれたみたいだから警戒心も無いでしょう」


 男は「ちがいない」と言うと、衣服を勢いよく脱ぎ捨てた。

 と、同時に女も同じように脱ぎ捨てると、鼻まで隠した牛の仮面を被った白装束の二人が居た。

 

 その姿は一見ファンシーな牛に見えるが、どう見ても異質な存在。

 と、そんな異質な二人ですら、背後から声をかけられ驚く。


「ふぉふぉふぉ。まだちぃと甘いが、二人共上達したのじゃな」


 見ればオウレンジ村の村長――いや、オールレンジ衆の頭領が石の上に座り、杖をついて笑っていた。


「「頭領!?」」

「いつこちらへ?」

「うむ。牛聖女様の事を調べておったのだが、どうやら想像以上に根が深そうじゃ」


 頭領は牛聖女の情報を精査すると、どうやら最初に確認されたのは大聖女アネモネの天幕だった事が確認された。

 その後、各地を転々としながら、オウレンジ村へとやってきたという。


「なるほど……それで納得がいきました。そこで報告したい事があります」


 二人は昨晩見た事を話す。

 それはとても信じられない事であったが、牛聖女が人となって話した事。

 さらにまた牛に戻った事で、今はまた牛聖女としてこれから覚悟を決めて戦うという。


「それは誠か?」

「はい。実は私たちも今だに信じられませんが、それが全てです。と、すると……本当に牛聖女様は……」

「……じゃろうな。あの聖牛様こそが神の愛子たる、大聖女アネモネ様とみて間違いあるまい」


 二人は黙ってうなずくと、頭領の言葉を待つ。


「理由は分からぬが、アネモネ様……いや、牛聖女様のあのお姿・・・・に意味があるのじゃろう。今後も影となり、あの方をお守りするのじゃ」


 二人はアゴを引き頭を下げると同時に、森の奥へと飛び退き消える。

 

「どれ、ワシもいくかのぅ。七賢人会の動きも匂うでな」


 手に持つ杖をカツンと打ち付けた音がした瞬間、頭領の姿もまたどこかへと消え去っていた。

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