047:霧の男と大聖女

 ◇◇◇



 ――霧も深い早朝の鏡の沼へ馬車が到着したのは、アレからさほど時間もかからずだった。

 まさか待ち伏せされているとも思わず、特に用心もせずに沼まで到着。

 隊長は周囲を見渡し、そのままいつもの場所――沼の中央へと続く道へと足を踏み入れようとして気がつく。


「……ん? 霧の中にもっと白いのがいる……のか?」


 よく見るとそれは動物であり、それが水辺で寝そべっている。

 まだ濃い霧の中、その正体を探ろうと部下へと声をかけて調べさせた。


「おい、あの白い塊を見てこい」

「了解。いくぞお前ら」


 五人全員で白い塊へと歩く。

 すると部下が驚きながら隊長へと報告する。


「隊長、こいつぁたまげましたぜ。白い牛が寝ています」

「白い牛? そんな物がいるだなんて、聞いたこともないが……よし、数日間のメシの事もある。シメとけ」


 部下は「了解」とうなずくと、腰の剣を抜刀し白い牛へと迫る。

 どうやらまだ寝ているらしく、まったく動こうとしない。

 そこへ何の躊躇ちゅうちょもなく、凶刃を振り下ろした瞬間、男は驚きの叫びを上げる。


「今夜は牛のステーキかぁ? こいつぁたまらねぇ――ッ、なに?!」

誰がステーキになんてムモオオオオオなるもんですかオオオオオ!!」


 突如起き上がった白い牛は、刃を振り下ろした男へ思い切り頭突きを食らわせ、沼の中へと放り込む。

 あまりの状況に、護衛たちは一瞬思考に空白が出来た次の瞬間、護衛の一人が苦しげに叫び倒れる。


「ッ、なんだ? って一人やられてグアアア!?」

「お、おい! 一体何――ガアアアッ」


 三人が倒れ、混乱していると離れた場所にいた隊長が叫ぶ。


「馬鹿野郎ども! 敵襲だ! 霧の中から攻撃されている、さっさと迎撃しねぇか!!」

「チッ、どこにいる……そこかクソヤロウ!」


 霧の中から再び男が出たのが見えた残りの護衛は、一斉に斬りかかる。

 が、二人の護衛が斬りかかるも、霧の男は一人をあっという間に斬り捨ててしまう。


 焦った一人も霧の男が体制をこちらへと向ける前に、斬りかかったが、剣を斜めしたから打ち上げられて、そのまま断末魔の叫びと共に地面へと転がった。


「ふぅ、アネモネ大丈夫だったかい?」

遅いよむもう! もうすぐステーキにむもおおおおになる所だったじゃないおおおおおおん!」

「ごめんごめん。っと、まだボスがいたね」

「くッ、何者だテメェ……」


 悔しげに言いながら、最後に残った隊長が剣を握りしめて近づいてきたと同時に、森の中から声がする。

 見れば隊長もよく知る顔であり、行方をくらませていたマリーナであった。


「ジル……やはりアナタだったのね?」

「マ、マリーナ……様。生きてたのですか」

「その口調なら私は死んだと思っていたみたいね。残念ながら生きています。それでお父様はどこ?」


 マリーナがそう言うと、ジルと呼ばれた男は「はっ」と笑うと、「いませんよ」と言う。


「そんな訳がないです! ここは私とお父様しか泉にできない。ならば必ずここへおいでのはず」

「どう思おうが居ないものは居ないのです。なぜなら……」


 ジルは懐から箱を取り出すと、中から何かを取り出す。

 それを見たマリーナの表情は青ざめ、「まさか……」と言いながらそれが何かがわかった。


「おや、勘がいいですね。そう、これは貴女のお父上の指ですよ。これで沼の中央にある宝石を使い、泉へと変えればいい」

「ジル! あなたなんて事を!?」


 そう言った瞬間、霧の男――ランスロットはジルへと走り出し殴り倒す。

 そのあまりの速さにジルも反応が出来ず、「ぐへ」とマヌケな声を上げたまま転がった。

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