008:オウレンジと大聖女

「これは……なるほど、甘野草かんやそうというのか。薬効は〝オウレンジ病〟の特効薬であり――ッ!? まさかアネモネ、キミはこれを知っていたのかい?!」


 あたりまえじゃない。

 こんなほぼ誰も知らない病でも、大聖女たる私の知識に入ってるのは当然だよ。

 最初、村の外から見たときは、まさかこんな冗談みたいな病が発症しているとは思わなかったけどね。


 このオウレンジ病ってのは、一部の山奥でのみ流行る致死性の高い病なんだけど、その原因は〝ただの食べ過ぎ〟だってのは、あまり知られてはいない。


 でもただの食べ過ぎだけじゃこうはならないのよねぇ。

 まず、オウレンジの実は単体では毒性は無く、酸味が強く子供には不人気なんだけど、なれるととても美味しく感じる・・・・・・・・・・のが曲者くせものなの。


 もっと言えば中毒と言ってもいいほどクセになる。

 この果実の用途は料理・ドリンク・お酒・食後のフルーツやオヤツと言った感じで、あらゆる事に使われるから困ったものだよね。


 まぁ、あれだけ鮮烈な爽やかな酸味と、上品すぎないほのかな甘味。

 それが料理の味を数段あげてしまう魅惑の食材となれば、使うのもわかる悪魔の実って感じかな。


 ただ問題はオウレンジの実だけが原因じゃないって事。

 それは初夏に生えだす〝ジロウ茸〟がこの病を引き起こす。


 具体的に言えば、オウレンジの実を三個に対し、ジロウ茸を六百グラムほど食べると病が発症する。


 初期なら痒い程度のアレルギーでおさまるけど、人間一度おいしい食事をしたら忘れられないのよねぇ。


 なにせジロウ茸とオウレンジの実の相性が抜群によく、この時期はオウレンジの実をソースにして、ジロウ茸にかけて食べるのが山奥の愚民の楽しみだからしかたない。


 ただ今回不幸なのは、数十年に一度の周期でジロウ茸が大発生したのがこの騒ぎの始まりかな。

 普段はそこまで生えないから問題ない摂取量だったんだろうけど、それを知らずに大量摂取したのが今回の病の正体ってわけ。


 で、大量に食べるのを五回ほど繰り返すと、一気に致死性のアレルギー反応が出ちゃう。


 症状は呼吸困難からはじまり、めまい・吐き気・腹痛ときて、最終的にオレンジ色のアザが体に浮かぶ頃には、ジロウ茸の胞子がなぜか皮膚から飛ぶようになる。まぁ人間キノコってところかしらね?


 それが村中に拡散し、胞子を吸い込んだオウレンジ病予備群が一気に発病して大惨事ってのが、この病の最悪なところなんだよ。

 

 ま、それも甘野草があれば一時的・・・にはしのげるけれどね。

 ふふん。ここまで知っているのは聖女の中でも私とマリエッタ様くらいなもの。

 大聖女様をナメないでいただきたいですわね。


 ちなみに子供が無事だったのは、甘野草をかみながら遊んでいるから。

 あれが免疫を強化し、オウレンジ病の発症を防いでいると、二百三十五年前の大聖女・イヴァンカが突き止めたんだ。イヴァンカ様尊敬しちゃう。


 そんな事を一気に思い出しながら、優男の言葉に得意げに「もおお」とうなずいてみたんだけど、優男が興奮して抱きついてきた。や、やめなさいよ変態!


「野生の動物の本能ってすごいなぁ。アネモネ大手柄だよ」


 誰が野生よ。野生の大聖女ってなんか怖いですけど?

 そう言いながら、私の頭を優しく撫でてくれる。

 でもまぁ、ちょっとうれしいかも……って、愚民に撫でられてニヤけるな私!


「だけど……甘野草だけではダメなのか」


 そう、この病はそれだけじゃ完治しない。

 だから優男が急いで向かった、村長への次の言葉の予想がつく。


「うん、治るのが分かった以上こうしちゃいられないね。村長さん、治療法がわかりました」

「ほ、本当ですか!? まさか……助かるかもしれないと?」

「はい、ですが必要な材料がまだあります。近くの森にピンテールだけという、紫色のキノコが生えていますか?」


 それを聞いた村長と娘は顔を見合わせて、同時に「それは猛毒のキノコです」と口を開く。

 そう、ピンテール茸は猛毒のキノコ。

 

 味は天にものぼるほど最高に美味しいけれど、普通に食べたら最後、天国の門まで開いちゃうほどだ。

 だけど、特効薬を作るにその毒が必要なのだけれど……この優男に完璧な抽出が出来るのかしら?

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