002:見捨てられた大聖女

貴女様は慈愛の女神様ムモ~オオオオムッ!?」


 驚く私をとても冷たく、残念そうに見つめながら静かに口を開く。


傲慢ごうまんにして他者を思いやる気持ちもなく、ただ力に溺れ、優しさを忘れた哀れな娘アネモネ。よく聞きなさい」

? どういう事ですかムモモモモォォ~?」


 私の問に慈愛の女神様は呆れながら、「本当にダメな娘を選んだものね」と言う。なぜ? どこがダメなのよ!?


「慈愛の女神たる私の力を、そこまで行使できる逸材だからこそ、私も今まであなたを庇ってきました。が、もう庇いきれません」


 え!? ちょっと待って。私ちゃんと魔物も悪魔も払ってきたし、慈愛の女神様の事を尊敬しているよ!?


「それはありがたいのですが、あなた……昨日ジハードに何をしました?」


 そ、それは……って、あいつ、ジハードが悪いのに……えっと、なんて言おうかな。

 うん、素直にジハードが悪いってちゃんと言おう。


「いいえ、あなたが悪いのですよアネモネ。なんでも言うことを聞くジハードに、あなたはこれまで何をしてきましたか? いいえ、ジハードだけじゃない。あなたは大聖女の力を背景に、どれだけその力を使ったワガママをしてきたかと言うことです」


 ちょ、ちょっと待ってください慈愛の女神様!

 たしかにちょっと牛のマネはやりすぎたけれど、ワガママなんて言ってないよ!?


「ハァ~。本当に大聖女としての覚悟も優しさもない。あなたが先日助けた村は魔物に襲われて食料危機でしたのに、あなたはお腹が減ったと言って無理を言ったでしょう?」


 無理? えっと……助けた村で私を歓待するのは当然だし、感謝の気持だからって言われたら、色々もらうのも普通だし……んん? 何が悪いのかな? って心の中まで聞こえているのですか?!


「本当にもう言葉がでません……他にも色々言いたいことがありましたが、もういいでしょう」


 そう言うと慈愛の女神様の表情がキっと引き締まり、私へと強く宣告した。


「大聖女アネモネ。神の力を行使できる事をいいことに、やりたい放題だったあなたから力を奪い、純白の雌牛として生きることを天意として命じます」

そんなプモッ!?」


「これより先、あなたは地を這い、草をみ、川の水の飲み、夜露とともに朝を迎えるのです」

待ってくださいムモオオオオン!?」

「残りの人生。牛としてこれまでの行いを反省し、天が迎えに来るまで必死に生きなさい」


 だめ!? 全然聞いてくれない!!

 どうしよう、どうしよう、待ってよ慈愛の女神様!? お願い、嫌、消えちゃやだああああ!!


「さらばです、元・大聖女アネモネ。せめてその角に・・・・光あらんことを……」


 固まっていた波が崩れ去った瞬間、慈愛の女神様は光となり消えた。

 そして高波が押し寄せ、私を涙ごと流してしまう。


 しかも後ろを流れる大河川にまで流され、必死に泳ごうとするけれど牛の体ではうまく泳げない。

 私、このまま死んじゃうの? いやだ、まだ一杯やりたい事あるのに、せっかく十八歳になって成人になれたのに……このまま……ごぽぽぽ…………。




 ◇◇◇




 ――んんん。何かお腹が苦しい。

 やだ、誰よ私の胸を押す変態は……って、苦し!?


「ごヴぁ! ヴォモッフ!!」

「ふぅ~よかったぁ。このまま死んじゃうかと思ったけど、何とか水を吐いてくれたから、もう大丈夫かな」


 口から人が飲める量を遥かに超える水を吐き出すと、やっと息ができる事で生きているのだと実感できて驚く。

 でもそれ以上に驚いたのが、目のまえに居た優男やさおとこだった。


 黄金の髪をさらりとなびかせ、白い肌に深いエメラルドの瞳。

 どこか頼りなさげな顔つきだが、優しさがにじみ出ている。

 

 身なりは旅でもしているのか知らないけれど、それなりに整ってはいる感じ。

 そんな風体の男が、私のお腹を撫でながらニコリと微笑む……変態か!?


なによ変態モヴォーモモモ!?」

「あぁ落ち着いて落ち着いて。そんなに暴れなくてもキミを食べたりしないから、ね?」


 何よコイツ!? いきなりうら若き乙女のお腹を撫でるとか、絶対に変質者だよね。


「それにしても……キミ変わっているね? 牛なのに大聖女の被り物をしているとか、飼い主は誰なんだい?」


 そんなの居ないわよ! て言うか、私がその大聖女様なの! 


ひれ伏せ下民めモ~オオオオオ!!」

「あはは。そうかそうか、そんなに嬉しいのかい? 助けて本当によかったよ」


 ちっがーう! いやでも、助けてくれてありがとう……と、言ってやってもいいかも。うん。


「ふふ。面白い子だなぁキミは。それに色も変わっているね。普通牛といえば、黒か茶色だというのに純白なんだから……」


 そう優男は言うと、太陽のほほえみは消え去りさみしげに話す。


「そんな色じゃ、色々な敵に襲われそうだね。まるで……僕といっしょだね」


 そう言うと優男は私のほほを手を添え、さみしげに微笑む。

 一瞬、不潔な手で触らないでと思ったけれど、なぜか素直に受け入れてしまう。

 

 自分でも分からないほど、優男の行動を素直に受けれてしまった事に赤面し、「モオオオ~」と言いながら、その手に噛み付いてやった。


「あいたた。ごめんごめん、いきなりだったかな? つい寂しくなって、キミに甘えてしまったのかもしれないね。なんとなく、キミと僕は似た者同士だなって思っちゃってさ。ゆるしてよ、この通り!」


 はぁ? 何を言っているのよ、この勘違い野郎は。

 両手をあわせて両目をキツく閉じ、直後に左目をあけて様子をうかがってくる。


あざといヤツ~ブモオオゥ~

「よかった。機嫌をなおしてくれたんだね? ありがとう白ちゃん」


 べ、べつに機嫌なおってないし。て、ちょっと待って……白ちゃん? やめてよ! そんな白い犬を拾ったら付けるみたいなダサい呼び名は!!


私はアネモネって素敵な名前がブモオオオオンモオオオ……」


 そう……だった。言葉も奪われてしまい、話す事もできなかったんだ……。

 どうしよう。名前すら誰にも伝えられないよぅ。

 そう思うと大きな瞳から、ぽろぽろと悲しみがこぼれ落ちる。


「そ、そんなに泣くほど嫌だったのかい?」


 そうだけど、そうじゃない。けれど……もぅ嫌。こんな悪夢は。

 夢なら覚めてよ。お願い、私何も悪いことしてないのに……。


 そう思うとますます悲しくなり、しまいに大声で泣き出してしまう。

 ふと気がつけば優男が居なくなっていて、どうやら呆れられて逃げたみたい。


 それがとても惨めな気持ちになり、子供みたいに泣きじゃくる。

 やがて悲しみが頂点にたっした瞬間、目の前の光が遮られた。


 まぶたを開けてよくみると、真っ白な花が目の前にあり思わず泣き止む。だってそれは――。


アネモネ・・・・――と、いうのはどうかな?」

「…………」

「ちょうどそこに咲いていたんだけれどね。キミと同じ純白の花で、ココにこうすると……」


 そう言いながら、優男は私の耳の上にアネモネの花をはさんでくれた。


「うん、やっぱり似合うね。知っているかい? アネモネは希望って意味があるんだ。だからそんなに泣かないでおくれ。キミの姿は、まるで希望の光のように輝いているのだから」


 周囲の木漏れ日が、私だけを囲む。

 キラキラと私の悲しみが光と共に消え失せ、優男の言うように希望が少し見えた気がしたのだから。

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