003:優男と大聖女

「ん。泣き止んでくれてよかった。じゃあキミは今日からアネモネだね。あ、飼い主さんには内緒だよ? 僕とキミの秘密だから、ね?」


 な……なんなの……。

 そんな雑草みたいな花の名前と一緒にしないでよね! そりゃぁ、生まれながらに修道院の前に捨てられていたから、名前の由来は知らないけれどさ。


 でも……うん。ちょっとうれしいかも。

 花の名前かぁ。なんだかいい響きっ……て!? ちょっとまて。騙されるな私! 雑草だよ、雑草。そんなのと、私の名前が同じはずないよ。


「あ、そうそう。僕の名前はランスロットって言うんだ。よろしくねアネモネ。じゃあ僕は行くね。またどこかで出会えたら、一緒にランチでも食べよう。約束だよアネモネ?」


 そう言うと優男は私の頭を優しく撫でながら、三度振り向き手をふる。

 やがて森の影に隠れたところで、とてつもなく恥ずかしさに似た感情が吹き上がり、思わず「何なのよ!?ブモオオ」と吠えた。


 いいようのない不思議な感覚に戸惑いながら、優男に一言いってやろうと言う気になり駆け出す。

 

ちょモ゛ちょっと待ちなさいよムモオオオオオン!!」


 あいも変わらず猛々しく牛語(?)しかでないけれど、今は悲しくない。

 それよりも早く優男の元へと行かなくてはと思い、大地を強く蹴り走るのだった。




 ◇◇◇

  ◇




 ――アネモネが白牛になって七時間後。王都・ファルメル。聖女の館・白亜宮――


 アネモネが失踪したとの報告が、聖騎士団長であるジハードにより、筆頭聖女たる〝マリエッタ・フォン・ドーズ〟の元へと届く。


「お待ちくださいジハード団長! ここより先は男子禁制の奥の院でございます! ただいまお取次ぎをいたしますので、なにとぞお待ちを!!」

「すまない、緊急の所用なのだ。おお! マリエッタ様、こちらへおいででしたか!?」


 侍女二人の静止を押しのけ、白い鎧のヒゲずらの男が、大声でマリエッタを見つけ叫ぶ。

 それを見たマリエッタは、左手を軽く上げて侍女を下がらせた。


「あらあら、ジハード聖騎士団長。そんなに慌ててどうかなさって?」


 庭の白いバラの世話をやめ、しずかに立ち上がりながらジハードへとたずねると、彼は「じつは……」ときりだす。

 震える声でやっと続きを話すが、内容が内容だけに信憑性にかけていた。


 そう、仕組んだ・・・・マリエッタ以外には。


「――と言うわけで、アネモネ様の天幕をたずねると、そこには白い牛がいたのです」

「白い牛ねぇ……なぜそのようなケモノがいたのかしら? それでその白牛はどうなりましたの?」


 そうたずねると、ジハードは目を見開き「こ、この話を信じていただけると!?」と小さく叫ぶ。


「あたりまえですわ。ジハードがウソをつくなどと、ワタクシが思うはずがありません」

「マリエッタ様……」


 感じ入るジハードへ優しくほほえみながら、「ワタクシは貴方を信じています」と言いながら優しく両手を胸の前で組む。


 彼は小さく震えながら「ありがとうございます」と、勢いよく頭をさげる。


「それでどうなりました?」

「はい。御存知の通り、アネモネ様の天幕の周囲には護衛を配置しています。しかし中にいたのは牛です。しかも見たこともない、純白のメス牛であった事で、魔物だと思い斬りかかりました」


「さもありましょう。純白の牛だなどと、そんなモノはこの世にいませんからね」

「はい。ですので斬りかかりましたが、牛とは思えぬ身のこなしで天幕を破り、逃げ出してしまいました。あの時、捕獲出来なかった事を後悔しております」


 うつむきながら、力を込めて両手を握りしめるジハード。


「その様子だと、すでに国王陛下へ報告済みですか。それでどうなりました?」


 ジハードはこくりと頷くと、予想通りの返事をする。


「はい。この報告をした直後、陛下はまったく信じようとはしませんでした。いえ、それどころかアネモネ様を連れてこいの一点張りでして……」

「なるほど。それでワタクシの元へと来た、と?」


「はい、そのとおりです。マリエッタ様であれば、アネモネ様の行方もお分かりかと思い、禁則を破り白亜宮の奥へと参上いたしました」

「それほどの緊急事。神も癒やしの館へ立ち入ることを許されましょう。では今すぐ陛下の元へと向かいましょう」


 そういうとジハードは姿勢を正すと、「感謝いたします!」と頭をさげる。

 彼の後頭部を見ながら、マリエッタはほくそ笑みながら思う。


(この男は今後の手駒に使えますわね。ならば特別扱いの証として……)


「ジハード。今回の任務は、馬車で一日の遠征地でありましたが、よくこの短時間で知らせに戻ってきてくれました。今後はいつでも、白亜宮の奥の院まで来れるようにしておきますわ」


「な、なんと恐れ多い。身に余る光栄でございます」

「いいのです。貴方はあの自己中心的・・・・・ワガママ・・・・で、他者を見下す・・・・・・事しかできない、大聖女の御守りをしてきた苦労人です。このくらい当然の事ですわ」

「いえ……その……」


 言葉に詰まるジハードにクスリとわらい、「さぁ陛下がお待ちです」と言いながら白亜のバラ園を後にする。

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