001:牛になった大聖女

「モ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛~!? ブフゥ~モフゥ~!!」


 落ち着いて、落ち着くのよアネモネ!

 これは何か悪い夢だよ! だってそうでしょ、だって、だって、だってええええ?! 体が重くて、四足獣で、見たことあるしっぽ……て? 誰よあんた達!?

 農民? ちょ、農民風情が私に近寄らないでよ、牛糞くさくなったらどうするの!?


「んんん~? めずらすぅ白い牛がおるべ。おい弟よ、捕まえて食ったるべさ」

「いんや兄ちゃん。めずらすぅからよ、売ったら儲かるべさ。みたどころ若けぇ雌みてぇだす、高くうれっど」

「天・才・か!? わが弟ながら、その天才ぶりに畏怖しちまってよ、夜しか寝れねぇべさ」

「兄ちゃん、そらおめぇちゃんと寝てるだべよ」

「違いねぇずら! はっはっは……? あんれまぁ、白い牛っこが逃げたっぺ」

「あんれまぁ、逃げ足のはぇえこった」


 馬鹿な兄弟で助かったぁ~。って、やっぱり私は牛? 牛なの? 雌牛なの? メスブタじゃなくてよかった……って違う! そうじゃない!!


 嘘だと言ってよ女神様、嘘だと言ってよ小鳥さん。あらモグラさん、今日もいい天気ねごきんげんよう……って、だ・か・ら、そうじゃないの!!


私、大聖女なんだってばあああブモオオオオオオオオ!!」


 ちょ、嘘でしょ!? なんで追いかけてくるのあの兄弟!

 ま、まさか本当に私を捕まえて、あんな事やこんな事を……嫌ッ!? ケダモノ! って私がケダモノ??? もうどうなっているの!? 助けなさいよ! 女神様あああああ?!


「もふぅ~もふぅ~もふぅ~」


 い、息が苦しい……。四つん這いで走るって、こんなにも大変なものだったの?

 うぅ、昨日の夜に聖騎士団長に宴会芸だと言って、牛のマネをやらせたばかりだと言うのに……。

 まさか私が同じ目にあうなんて理不尽だよ! こんなのは理不尽すぎるよ!?


「ぷもおおおお~ん!?」

「弟よ。牛っこがま~た逃げ足が早くなったべ」

「あんらぁ~? ありゃぁ追いつけねぇべよぉ~」


 二人は遠ざかる白い雌牛を苦々しく見つめながら、二人共同じことを思う。


「しっかし変わった牛っこだっぺなぁ」

「兄ちゃんもそう思うだか?」

「んだ。だってあの牛っこ、聖女様がかぶる……なんだっけ、あの頭のかぶりもの?」

「セイント・ウィンプルだっぺよ兄ちゃん。すかもありゃぁ、大聖女様専用のものだっぺさ」

「天・才・か!? わが弟ながら、その天才ぶりにブルっちまってよ、昼も寝ちまうべさ」

「しっかり昼寝も出来たようでなによりだべ。しかすまぁ……」

「「変わった牛っ子だっぺなぁ~」」


 遠ざかる純白の牛をみながら、兄弟は指をくわえてそうつぶやくのだった。



 ◇◇◇

  


 ――太った兄と、痩せた弟の農民兄弟から何とか逃げおおせたアネモネは、とある湖のほとりに居た。

 風もなく凪いだ水面に映る現実。それに打ちひしがれて涙を流す。


なぜこんな姿にもぉぉぉぉぅ……」


 どうしてこんな事になったのよ……昨日寝る前までは普通だったのに、目覚めたら牛になっているだなんて……。

 あれだよ。食べてすぐ寝たから牛になった。うん! そうだよ、そうにちがいない!!


なんて思った時期もありましたもぉぉぉおうぅぅぅん


 そんなんで牛になるかあああ!!

 ハァ~、一体何が……。

 まずはよく思い出すのよアネモネ。昨日なにがあったのかを……あ! そういえば、聖騎士団長のジハードを教育してあげた・・・・・・・後に、アイツ何か言ってたよね?



 たしか――。



 ――――「まったく、あんたたち聖騎士団は烏合の衆なの? たかが悪魔の一匹や二匹すら倒せないだなんて、呆れてもの言えないわ。特にジハード! 貴方、騎士団長として不甲斐なさ過ぎだよね?」

「くっ、申し訳ございませんアネモネ様。しかし今回の悪魔は上級の個体で、我らの力ではあれが限界でして……」


「上級? 限界? 何を言っているのかな? このファルメル王国……いえ、歴史上最強にして慈愛の女神最愛である、稀代きだいの大聖女。アネモネ様の言葉を否定するのかな? かなぁ?」

「ッ!? そ、それは……」


「だいたいあんな雑魚ざこにどうして苦戦するの? 私が来て五秒で終わったじゃない。ほんと、ジハードは弱すぎて話にならないわね」

「申し訳……ありません……」


 そこでパンと手を一つ叩き、ナイスアイデアを思いついたんだっけ。


「そうだ! あんたさっき、悪魔に押し負けてたでしょ?」

「はい……」

「つまり、腕と足の力が弱いのよ。だから一気に解決する方法があるわ」


 そう言いながら、私は右人差し指で乳牛を指差すと、ジハードは不思議そうにたずねる。


「あの、アネモネ様。あの牛がどうしたと?」

「ハァ~これだから使えない男はだめねぇ。今日、私は十八歳になったのね」

「はい存じておりますが、それとあの牛がなにか?」


「いいことジハード。私を祝う誕生会の会場から、あんた達が使えないからと呼ばれたの。つ・ま・り・ご立腹なわけ」

「申し訳ございません」

「申し訳ないと思うのなら、その貧弱な体を鍛え直しなさいよ。ほら、いい先生がいるじゃない。あの牛と同じように、私が食事が終わるまでジハード。あんたは牛と同じように歩き、四肢の筋肉をきたえあげなさいよね!!」


 その言葉を聞いた使えない部下たちが、私へと生意気に非難をしてきたっけ。


「ア、アネモネ様! いくら何でもそれは酷すぎます! 隊長があまりにも可哀想すぎます!!」

「はぁ? なぁにぃ? 国王様がいらした席を抜け出てきた私は、ジハードよりも、もっと、ずっと、可愛そうですけど? 大体副隊長のあんたもねぇ――」


 そう言ったら、生意気にもジハードが言葉を被せてきたんだったっけ。


「――アネモネ様! 申し訳ございませんでした! 部下の分も自分が筋トレをおこないますので、お許しください!!」

「……ふぅ~ん。じゃあいいよそれで。ハイ! じゃあ早速開始!!」

「くッ、わかり……まし……た」


 そう言うとジハードは四つん這いになり、牛のマネをして歩いた時……そうそう。こう呟いたんだった。



「……牛になる天罰を受けてしまえ」



 ――――そうよ、そうだよ! あの時はジハードが、自分の不甲斐なさを呪う言葉かと思って聞いていたけど、あれは私への呪いの言葉だったんじゃないの!?


 だから私が今こんな目にあっているんだよ、きっとそう! 全てジハードが悪いんだ……なんて酷い男なの!?


 黒髪黒目で陰険そうな細マッチョのくせに、部下思いで人柄もよく、私の言う事は何でも聞いてくれたくせに……あれ、意外といいやつかしらん?

 って違うの! あいつが私を呪ったのよ。自分に出来ない力を持つ、大聖女に嫉妬したんだよ絶対にッ!!


 だから目覚めたと同時に、いきなり剣で襲いかかってきたんだ。

 私に嫉妬で呪いをかけたばかりか、殺そうとするなんて……酷いよジハード……。


 思わず悔しくて涙があふれでちゃった。

 それが湖へ落ちた瞬間、波紋が広がり始め終いには大きな波がおこる。


 何がおきたのかも分からず、呆然と見つめていると、突如波が固まりその中央から薄いピンクの衣を着た、美しい慈愛の女神様が出てきた。


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