ハメられた大聖女は女神の天罰で牛になる……けど、楽しく生きてます♪

竹本蘭乃

000:騙された大聖女

「はい! わかりましたマリエッタ様。愚な民とは接してはいけないのですね!!」


 そう言うと筆頭聖女であるマリエッタ様は、やわらかく微えみながら、私を優しく抱きしめてくれた。


「ふふ……そうですよアネモネ。貴女は慈愛の女神様より、神託を得た数百年に一度の稀代きだい大聖女・・・なのです。これまで通りに愚民と言葉をかわすことも、慈悲をあたえるのもいけません」


 話の途中でマリエッタ様は、私のほほを優しく撫でながら続ける。


「白くうつくしい粉雪が肌になり、天の光が髪となり、澄んだ泉の青が瞳になった、絶世の美貌を持つのが貴女なのですわ。それがなぜ愚民と同等の目線でいる必要があるのかしら? いえ、あってはならないのです」


「で、ですが慈愛の女神様は慈悲をもって、人々に安寧あんねいをとおっしゃってましたが?」


 そうマリエッタ様へとたずねると、「だからこその白亜の別館なのです」と言いながら、私から離れて室内を見渡す。


 すべてが純白の神殿である白亜宮。

 ここは慈愛の女神である、イストメール様へ祈りを捧げる場所であり、聖女のみが立ち入る事を許された場所。


 その一角に異質な建物がある。

 強固な封印術で固定された、黒く小さな建物が別館だ。


 別館の使用目的は女神様の慈悲に頼らず、自分の愚かさを悔い改める場所として作られた〝神との交信が出来ない場所〟で、マリエッタ様が許可した人物しか利用できない。


 そんな漆黒の室内でゆらめく、青白いロウソクの光に飛び込む羽虫を優しい瞳で見つめながら、マリエッタ様は口を開く。


「ここは神への甘えを断ち切り、自分で聖女として考える場所だという事を思い出しなさい。今後、世界で一人だけ選ばれた大聖女として、何を優先するべきかを」


 その言葉で「優先……」とつぶやきながら、これまで教えてもらった事を思い出す。

 

 あれは……そう、しがない村娘だった私の元へマリエッタ様がやってきて、無表情で私の服を切り裂いた十年前の七歳の夜。

 そこからすべてが始まった――




 ―― 十年前・今は捨てた・・・古ぼけた村 ――


 故郷の村で私はみんなに愛されていた。

 その原因は、マリエッタ様が教えてくれるまで分からなかったけど、どうやら良いように村人に利用されていたみたい。


 あの時も遊んでた私のところへ、近所のおばあさんが来てこう言ったんだよね。


「アネモネちゃん。すまねぇけんど、またその不思議な力で癒やすてくんねぇが?」

「うん、いいよ! えっと、痛いの痛いの飛んでいけ~えいッ!! どうかな?」

「おお~腰の痛みが飛んでいっだよ。ありがたいねぇ、アネモネちゃんありがどう」

「どーいたしまして! えへへ」


 おばあさんは苦痛の表情を浮かべていたけれど、私が光る手でさするとみるみる良くなった。

 それが嬉しくて、よく村人を光る手――今はわかるけど聖術で癒やしてたんだ。


 みんなが喜ぶ顔が好きだったから、それが当然だと思っていたし、温かい手で頭をなでられる感覚が好きだった。

 

 家に帰ると、育てのお父さんとお母さんが、抱きしめてくれて褒めてもらえるのも好きだったなぁ。


 だから寝る前に必ず、お星さまへ「みんなの笑顔がいつまでも続きますように……」と願いを込めて、寝るのが日課だったっけ。


 そんなある日、村へと魔物が襲いかかって来たと、猟師のおじさんが血相を変えてやってきたんだ。


「アネモネちゃん、早く家の中へと入りなさい! 魔物が襲ってきたんだ!!」

「え? 魔物ってイノシシの大きいやつ?」


「違う! そうじゃない! ソイツらを喰らう見たこともないデカイ狼みたいなのだ! 悔しいが俺たちじゃあんなのに勝てないッ――って、アネモネちゃんそっちは家じゃないぞ!? まさか……やめろ! いつもの雑魚魔物ざこまものとは違うんだ! 戻れッ!!」


 おじさんはそう心配するけど、聖神術でいつものように気絶させるだけでいいのだから。「大丈夫! 私に任せて!!」と言いながら、おじさんが来た方向へと走り出す。

 

 でも――村を出てすぐに後悔した。


 大イノシシをみながら魂まで凍りつくほどの、低い唸り声を私に向けて来たバケモノと出会ったのだから。


 そのバケモノは純白に限りなく近い白銀の体毛で覆われた、十メートルはある巨大な狼だった。

 巨狼は大イノシシを吐き捨てると、恐怖で動けなくなった私の顔先五センチへと鼻を近づける。


「……ほぉう。妙な気配を感じて来てみれば、女神の加護持ちか? ここは貴様の村か?」

「ひゃぃ!? そ、そうですって、しゃべった?!」

「カカカ! 話もしようぞ。そのあたりの獣といっしょにするでないわ」


「ご、ごめんなさい狼さん!!」

「狼? あぁこの姿・・・ではそう見えるか、まぁよい。ふむ、悪しきモノなら喰ろうてやろうかと思ったが、この心地よい香り……貴様は優しさと愛に満ちておるな」


「ほぇ? あ、ありがとうございます? えっと、私は優しいのかな?」

「カカカ! 無自覚で聖神術をまとえはしまい。女神の絶大な加護があればこそよ」


 そういうと巨狼は背中を向けて去っていく。

 ところが七歩進んだ所で止まると、首だけ振り向きながら「貴様の名は?」と尋ねられた。


「アネモネ……ただのアネモネです!」

「そうか、良き名だ。また会うこともあるだろう、それまでその慈愛に満ちた心を育てよ。よいな?」


 そう言うと、巨狼は森の奥へと消えていく。

 へたりと座り込みながら、今あった事が幻じゃないかと思ったっけ……。


 その後、村の人たちが来てくれて、村を守った英雄って言われて恥ずかしかったなぁ。

 でもその噂が大聖女としての始まりだったんだと、今ならよく分かる。

 

 噂が町へと届き、巨狼を狩ろうと冒険者が来たり、村へ来た商人が私を珍しげに見に来たりと、村はちょっとしたお祭り騒ぎだったな。


 そんな時、突然聖騎士団がマリエッタ様と共にやってきて、私の顔を見るなり胸元へ両手をかけて衣服を引き裂く。

 

「きゃああ!? な、なにをするんですかお姉さん!!」

「……やはり本物なの? クッ、こんな娘が……そんな……」


 そう絶句するマリエッタ様は、さらに色の抜け落ちた表情となり、いきなり私の前へとひざまずく。


「お迎えにあがりましたアネモネ……様」


 その言葉と同時に、聖騎士団もひざまずく。

 あまりの事に混乱し、「はぇ? え? 何が? えええ!?」と軽くパニックになるが、マリエッタ様がそのまま言葉を被せた。


「貴女様は聖女の中でも慈愛の女神様が直接選び、天啓を与えた特別な存在なのです」

「え? 特別って……私はただの村娘ですよ?」


 そう言うと、マリエッタ様ははだけた私の胸へと指を指し、ベルの形をしたアザを指差しながら静かに話す。


「その聖印がなによりの証です。ですので、貴女様はこれより王都へおもむき、大聖女としての修行をいたします」

「そ、そんな……」


 それからは何もかもが早かったっけ。

 拾ってくれた育ての親に大金を渡し、挨拶もそこそこに馬車へと詰め込まれ、王都へと連れて行かれた。


 そして十年間、私の間違った価値観・・・・・・・を徹底的に修正していただき、今は女神様の目の届かない場所で、私の考えで話し行動できるようにしていただいた。


 だからマリエッタ様が言う〝優先〟という言葉の意味が、今なら迷いなく答えることが出来る。


 そう、胸を張って堂々と――




「――愚かな民草よりも、大聖女として誰よりも気高く、うつくしく、自分のためだけに・・・・・・・・生きましょう。それが慈愛の女神・イストメール様が望む事なのですから」


 それを聞いたマリエッタ様は、大輪の真っ赤なバラが咲き誇る笑顔で嬉しげに話す。


「満点です。これからも自分のために遠慮なく生きなさい。他者は貴女の頼みを聞けば聞くほど、天に愛されるのです」


「私の言うことを聞けば天に愛されるのですか?」

「ええそうです。貴女は神の愛子いとしご。その願いを叶える事は、愚民は人生のよろこびとなりましょう」


 細く、ゆみなりなった優しげな瞳で、愚かな私へとまた新しい女神様がよろこぶ事を教えていただいた。

 その事に感動で震えていると、さらに話がつづく。


「いいですかアネモネ。それが天に愛された貴女の役目でもあり、慈愛の女神様の望む事なのですから」


 だから「はい!」と元気よく答え、これからの未来が女神様の祝福で満ちあふれていると思うと、心があたたかくなり幸福につつまれた。






 そう、あの時は本気でそう思っていた。あんな事になる前までは――。




 ◇◇◇

  ◇




 ――白亜の別館での最終教育から一年後。私は純白の【牛】になっていた。

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