第3話 婚活のルール

 国王夫妻唯一の子であるルドルフが十歳の誕生日に正式に『王太子』になると、彼を“一人前”と見なした貴族たちは一切の遠慮がなくなった。


「陛下、そろそろ殿下の婚約者を決めませんか?」 


 御前会議という公式の場での進言に国王は顔を引きつらせ、貴族たちは「ようやく」と顔を喜色に染めたが、彼らは忘れていた。

 御前会議には国王よりも厄介なレーベン公爵が同席しているのである。


「陛下、私から提案があるのですが」

「聞こう!」


 被せるような国王の言葉に公爵は同席している貴族たちを見回し、公爵の濃い茶色の瞳の圧に貴族たちは目を伏せる。

 勘のよい者は「国王一人相手のほうがよかった」と、公的記録を残したほうがよいと意気込んだ過去の自分を蹴飛ばしたい思いだったらしい。


「私は『王家主催の茶会』を提案します。我が国の情勢を鑑みると、ルドルフ王太子が政略結婚をする必要性はありません。殿下にも好みや理想がございましょう。ぜひご自分の目で選んだご令嬢を妃として迎えていただき、末永く協力し合える夫婦関係を築いていただきたいと思いますよ」


 王太子の婚約に対して積極的とも言える回答に、その場にいた貴族たちの三割ほどは受け入れる所存だったが、五割ほどは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 彼らの娘はすでに成人していたからだ。


「しかし……いまさら出会いからなど……女性には結婚適齢期もありますし」


 公爵の言葉にゴニョゴニョと返した貴族の男性は、十歳の王太子の妃に自分の二十歳になる娘を推している男だった。


「我が娘は王太子の目に留まらんと日々弛まぬ努力を続けておりました。それなのに、たかが年齢という点において娘を王子妃候補から外すという決定に賛同することは父親として不甲斐なく……」

「貴殿の娘の“努力”というのは、王宮の侍女を買収して殿下の寝所に忍び込むことか?まあ、それはさておき、年齢というのも一つの恋愛要素だ。人は誰しも“許容範囲”というものがある。殿下にだってあるだろう。貴殿の娘が殿下の許容範囲外、好みではなかったのはただ運が悪かっただけ。それとも、貴殿は一貴族のために殿下に『我慢しろ』とおっしゃるのか?」


 王家の懐刀は容赦がない。

 『運が悪かった』と一刀両断する切れ味に、一人の犠牲者をだした五割の貴族派黙り込んだ。


 会議場が静まり返ったとき、傍観していた残り二割のうち、レーベン公爵と友好的な関係を築いている、いわば彼の『線引き』を知っている貴族が口を開いた。


「その茶会は未成年のご令息・ご令嬢の出会いの場になりましょう。同じような機会を、ぜひ公平を期するために、成人した者たちにも与えてくださいませんか?」

「……確かに不公平でしたね。私が浅慮でした、申しわけない。では、成人した者たちの婚活を支援するためにも茶会と同等の夜会を開き、お詫びをかねて私も夜会に協力しましょう」


 平等や公平を重んじるレーベン公爵の同意により、レーベン公爵家の人脈と資金が加わった王家主催の会の定期的な開催が決定した。


 ***


 茶会に『極上の獲物』として登場することが決まっているルドルフは、御前会議のの決定を心底嫌がったが、公的な決定なので個人の所存で覆すことはできないとも分かっているので不貞腐れる日々が続いた。


 こういうときの行き先はレーベン公爵の執務室みんなの駆け込み寺

 業務時間外に来ると追い出されるのは分かっていたので、朝一番にきた彼は温かな日差しが差し込む窓辺で不貞腐れていた。


「殿下、ご不満があるなら口に出してくださいね。言わなくても分かるというのは家族であっても通用しませんよ?」

「俺は茶会に参加したくない!……って、大きな声で叫べればいいのに」


 ルドルフだってわかっていた。


 レーベン公爵は『狩り場』を限定することで、それ以外の場での狩りを禁止したのだ。

 レーベン公爵がルール違反に対して超がつくほどの厳罰を科す人間だということは貴族界で周知されているため、実際にその決定以降はご令嬢による、時には非常識極まりないアプローチはなくなった。


「公爵も結婚は義務だと思っているのか?」

「殿下が公爵家うちの子ならば『好きにしなさい』と言えますね。ただ王族としてこの国の民たちが治めている税金で生きている以上、国民のために何かをする義務はあります。殿下は我が家の家訓をご存知ですよね?」

「もちろん。自由、自主、自律であろう?」

「そうです。そしてその自由は義務を果たしてこそ得られるものだと思っておりますよ」


 ***


「あの子を説得してくれてありがとう。まあ、多少は渋い顔をしていたけれど茶会の参加に多少前向きになったみたいだ」

「よいことです。出会いがなければ、恋はできませんからね。殿下もまだ十歳、二十年くらいはお相手探しができるでしょう。分かっていますね、殿下の結婚が決まるまでは健康第一ですよ」


「そなたではあるまいし、そんな自信はないぞ」

「日々の努力が健康的な体を作る。厨房に行って塩分控えめの健康食を用意させましょう。酒の量も減らすように、侍従長にいって秘匿しているものも含めて全て管理させてもらいます」


「……そんな」

「側室を断って後継ぎが一人だけという状況を作ったのは陛下の我がままでもあります。息子のために気張ってください、それが親の義務ですよ」


 公爵の言葉に国王は『降参』というように両手を掲げた。

 彼自身も、息子に自分の我がままの結果を押しつけたという自覚があったのだった。


「茶会と夜会の準備はどうだ?」

「どちらも王妃様が主催となりますが、シーラとマリーが茶会の補佐を、我が妻が夜会の補佐をします」

「シーラもマリーも妊娠中だろう、体は大丈夫か?」

「……うちの末っ子が初めて参加する茶会だから万全にしなくてはと張り切っていますよ。先日もあの子のドレスを作るために追加予算をもぎ取っていきましたし」


「五歳……可愛い盛りだよな」

「あの子は産まれた瞬間からいまのいままで、一切変わることなく『可愛い盛り』ですので……あの子を殿下の婚約者にする話を蒸し返したら黙っていませんよ?」

「分かっている。公爵も怖いが……シーラとマリー、特にマリーに怒られるとある方を思い出して肝がキュッと冷える」


 二人同時に黒バラのような女性を思い出して、同時にふるりと震える。


「我が身で経験した教育的指導というのは、この年になってもなかなか……」

「陛下も容赦なくゲンコツを落とされ、尻をひっぱたかれましたものね」

「彼の国の国王陛下にも驚いたが、シーラとマリーを娶った男たちには称賛の拍手を贈るよ」


 ***


 レーベン公爵家は初代の父親からずっと政略結婚の『せ』の字もない恋愛結婚を貫いており、金も地位も過分なほどになるいまのレーベン公爵も子どもたちに政略的な結婚をさせることなど微塵も考えていなかった。

 正直いって身分など適当な貴族の養女にすれば解決できる些末な問題であるため、「好いた相手ならば誰でもいい」と子どもたちは伝え、それが口だけの方便でないことは娘二人が証明した。


 シーラはテクノス王国へ留学したあと、学生時代にバイトしていたバルトコ工房に就職、そして工房長のティアンと結婚した。


 バルトコ工房はティアンの祖父が立ち上げた工房で、幼い頃に両親を亡くしたティアンは祖父母に育てられ、工房は彼の遊び場だった。

 彼は遊びながら技術を学び、働きながら技術を磨き、年齢を理由に祖父が引退してあとを継ぐとその存在を国内外に示し始めた。


 シーラと再会したときにはまだ小さな工房の工房長でしかなかったが、彼は公爵家の力を借りることなく妻となったシーラと二人三脚で工房を国一番の魔道具工房に育てあげ、シーラの懐妊が分かるころにその功績から自力で男爵位を叙爵した。


 こうして、のちに貴族にはなったものの、シーラとの婚約が決まったときのティアンは庶民。

 ガチガチに緊張して立つ青年を父公爵は「ようこそ」と、ティアンが夢に違いないと頬を強くつねるほど歓迎に近い形で受け入れたが、由緒ある貴族家の長子が庶民と結婚することを他の貴族が騒ぎ立てた。


 まあ、それについては父公爵が騒ぎ立てる貴族らを前に首を傾げ、「父である私が賛成しているのに、なぜ公爵家と何の関わりもないあなたたちが騒ぐのだ?」と不思議そうに発言したことで一気に収束した。

 収束せざるをえなかったとも言う。


 シーラの結婚を聞いた貴族、それも爵位を継げない次男坊や三男坊は公爵家の次女マリーに狙いを定めた。

 公爵家には使われていない爵位が腐るほどあったので(その経緯については考えない)、マリーを娶れば「貴族であり続けることができる」という打算まみれの考えだった。


 そんな貴族男の透けた考えを鼻で笑い飛ばしたマリーは音楽の国ミュゼから帰国したあとも、恋愛そっちのけで音楽の世界にどっぷりつかり、声楽の技術にさらに磨きをかけ、ブランシア王国の音楽界の階段を駆け足で登り、あっという間に人気の歌い手の一人になった。


 声楽の道での成功を得たマリーは、ここでようやく『結婚』について前向きになり、「恋しようかしら」という歌姫の独り言はあっという間に拡散されて多くの男性がマリーに群がった。


 マリーへの求婚者は貴族はもちろん裕福な資産家など、他の女性たちが「とりあえずマリー様の結婚が決まるまでは婚活中止」と匙をなげるほど有力な結婚相手が名乗りを上げた。

 しかしマリーはそんな求婚に一切目もくれず、小さな楽団でバイオリニストをしていたケニーヒ子爵令息であるトロイと恋仲になり、あっという間に二人は婚約した。


 「姉に続き妹も逃した」と貴族令息たちは憤り、未だ婚約段階だからとマリーの婚約者であるトロイへの攻撃を企てた。

ケニーヒ子爵領は王国の端っこの辺境の小さな田舎の領であり、トロイ本人もボサボサの髪を無造作にまとめただけのあか抜けない青年だったので「余裕」だと彼らは嘲笑っていたが、それも婚約した二人が初めて夜会に顔を出すまでの自信だった。

 

 ボサボサの髪から現れたトロイは顔面偏差値がめちゃくちゃ高い男性で、略奪を夢見ていた男たちはすぐさま諦め、トロイはマリーの友人や親族の女性、さらには社交界の黒薔薇と白百合のファンまで集まってチヤホヤされて終わった。

 後日、公爵家のサロンで披露した彼の奏でるバイオリンの音色は天上の調べのようで、貴族夫人たちの人気を集めるようにもなったのだった。

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