第2話 十人十色
公爵が部屋に入ると自動で魔導照明の灯りがつき、いつもと違うことに気づいたフランクは後ろをついてきた執事長を振り返って訊ねる。
「シーラの新作かい?」
「はい。お嬢様がいうには、旦那様の魔力を自動で感知して照明がつく様になっているそうです。旦那様以外はスイッチを押さなければいけないので、そこのところを改良したいとおっしゃっていました」
レーベン公爵家の長子であるシーラは、ブランシア魔導技術専門学校に在学している十六歳。
ちなみにブランシア王国内の貴族子女のほとんどはブランシア王立学院に通っているため、魔導技術専門学校に通っている貴族令嬢であるシーラは珍しい。
本来ならば社交界で嘲笑の的になってもおかしくないのだが、「シーラが望んだのですが、何か?」という父公爵の
さらにシーラは王都の職人街にある魔道具工房でアルバイトもしている。
魔道具開発の最先端を行く隣国に留学するためだったが、それを知った貴族たちが仰天したことは言うまでもない。
もちろんレーベン公爵家の財政が娘の留学費用などで揺らぐことはないが、シーラ自身が「自分で貯める」と言ったこと、学校での成績がよく図面の作成や魔法付与など実務的なことが得意なシーラは工房でも戦力になっているらしいと知った父公爵は「他人様に迷惑をかけていないなら」と好きにさせていた。
「シーラの顔の造形は妻に似ているのに公爵家の色をもつせいか、年々姉上に似ていく気がするなあ」
「『ブランシアの黒薔薇』と呼ばれるユピテル様はいまもご令嬢や御夫人に人気ですからね。奥様もファン倶楽部に入っていたそうですし」
「脅威の一桁番号、プレミア級の称号をもっているんだとさ……私と結婚したのも姉上と義姉妹になりたかったからではと疑っているんだ」
「旦那さまとユピテル様は瓜二つなのでご安心ください」
どこに安心できる要素があるのか分からなかったが、夫の意地でフランクは黙っていた。
***
マントを留めていたピンを外し、マントを執務机の脇のポールにかけたフランクは机の上の封筒に気づく。
ブランシア王立学院からの『寄附のお願い』だった。
「いまは四人がお世話になっているから、うちの年間収益の二パーセントくらい寄附しておくか、手配を頼む」
レーベン公爵家では、十四歳のクラウス、十一歳のラルフ、九歳のマリー、七歳のヴェルナーはブランシア王立学院に通っている。
クラウスは中等部、他の三人は初等部である。
長男クラウスの興味関心は経済。
中等部に進学したのを機に公爵家が運営している商会で働きたいとに頼みこみ、「何があっても自分で責任をとること」を約束させた父公爵はクラウスが商会で働くことを認めた。
次男ラルフは将来冒険者になりたいという夢をもっており、学校では魔法を中心に学び、公爵家の私設魔法師団の遠征にくっついていって実戦経験を積んでいる。
遠征への同行についてはクラウスのとき同様、父公爵は「何があっても自分で責任をとること」を約束させている。
公爵家の先祖には何人も芸術の道に進んだ者がおり、音楽の道もそれなりの人数がいたため「せっかくだから皆で演奏したいね」というノリで数代前に私設の楽団が作られた。
そんな先祖の血の影響か、次女マリーは音楽に興味を持ち、有名な音楽学校のある国に留学するため、学校では語学と政治の勉強に力を入れていた。
学院に入学したばかりの三男ヴェルナーは武術が大好きで、学院から戻ると五歳の誕生日にフランクが贈った木刀をもって公爵家の私設騎士団の演習場に出入りしている。
まだ幼いため彼らの演習に入ることはできないが、演習場を走り込んだり素振りをしたり、地味な訓練を一切嫌がらずに頑張る姿に騎士たちは期待の目を向けている。
「マリーは完全に俺似だからなあ」
「小さなご令嬢たちが集まる小社交界では『黒い小薔薇』と呼ばれているそうですしね」
「うちの奥さん、姉上が大好きだなあ」
「おかげで貴族男性に絶大な人気を誇った『ブランシアの白百合』を射止めたのではありませんか」
***
妻のいる温室で読む本を探すために本棚の前に立ったフランクは、下の方の棚にいくつか隙間があることに気づいた。
「あそこにあった本はライナーが持って行ったのか?」
末っ子のライナーはまだ四歳で学院に行く年齢ではなく、公爵家の方針で礼法以外の家庭教師をつけていないため、家族の中でもっとも自由な時間が多い。
そんな自由時間のほとんどを図書室で過ごすライナーは小さな本の虫で、絵本を読み飽きた彼はいまは図鑑に夢中である。
「奥様がライナー様の部屋に本棚を増やすべきか、ライナー様の部屋を図書室の隣に移動させるか真剣に悩んでいらっしゃいました」
「ライナーに任せよう……と言いたいが、メイドたちが本の片づけに苦労しそうだから図書室の隣に移動させよう」
「畏まりました。あと、こちらの手紙はお嬢様お二人から、『お父様のほうからお断りしてください』と伝言を承っています」
「はいはい」
そういって受け取った手紙の束はシーラとマリーに宛てて婚約を打診するもの。
公爵家は創設以来ずっと政略結婚の『せ』の字がない家門として有名なため、普通は父親宛ての婚約を打診する手紙は令嬢宛てに送られるようになっている。
「みなさま『面白味がない』だそうです。レーベン公爵家の方以上に面白味のある方なんているわけないではありませんか。ご令嬢は十歳ほどで婚約を決まるのが常。それなのにお二人はまだ婚約者がおらず、シーラ様などは『わけあり』と言われているのですよ?」
「まあまあ、結婚こそが幸せというわけではないし、政略結婚はうちの流儀じゃないしね」
「……王家から婚約の打診があったりしませんか?」
「ルドルフ殿下は今年生まれたばかりの赤子だからな、マリーとだって九歳も離れているんだ」
***
(この国の貴族の頭は大丈夫か?)
ブランシア国王の第一子、それも王子の誕生に国内がわいてから半年後、王宮では王子のお披露目会が開催された。
新たな王族のお披露目なので国内外の有力貴族が招かれ、国王夫妻に第一子の誕生を言祝ぐ……まではよかったが、それから流れるように「うちには殿下と年齢の合う娘がいまして、ぜひ一度」と婚約を打診していた。
(生後半年の殿下にあう年齢の娘といったら一歳か二歳の幼女だろうに)
生後半年の赤子と二歳の幼女の婚約など正気の沙汰ではないが、そう思うレーベン公爵は少数派で、娘や孫娘を紹介する貴族の言葉がしばらく続いた。
(時間のムダだった……帰ろう)
宴が始まってキッチリ二時間。
義務は果たしたと公爵が退城しようと思った瞬間、国王の侍従がスススッと寄ってきて「レーベン公爵閣下、陛下がお呼びです」と言われた。
面倒だなあと思いながら王族の控室に行くと、ガシィッと音がしそうな力強さで肩を掴まれ、ぶんぶんと前後にゆすられた。
「あいつら、頭おかしいんじゃないか!?うちの子はまだ生後半年の赤ん坊だぞ!?」
幼馴染である国王は公爵に思いきり愚痴った。
***
(
王子のお披露目から五年後、公爵家に新たな末っ子が生まれた。
最愛の妻の造形と色を持つ三女『フランシーヌ』。念願の妻に瓜二つの娘の誕生である。
「レーベン公爵夫人の懐妊を知って以来、一日も欠かさず女児であることを願った甲斐があったというのも。私の願い叶って女児誕生を聞いたときは万歳三唱をして王妃に叱られたよ」
「ああ、そうですか」
国王は五年近く続く息子への婚約打診に疲れていた。
その状況に同情はするが、
「お前のところの末っ子を、うちの息子の嫁にくれ」
「お前、頭がおかしいんじゃないか?うちの子、お披露目も未だの生後二カ月の赤子だぞ?」
五年前に国王が愚痴った台詞で返り討ちにしたのだが、国王は諦めなかった。
妻である王妃には口が裂けても言えなかったが、息子の嫁の実家に気を使いたくなかった。
そういう意味では出世欲なく独立独歩なレーベン公爵家は理想的な婚家だった。
そんな王の本音を王妃は当然知らず、諦めの悪い王に心底呆れた。
「国王の無理強いで心身不調に陥ったので当分出仕できません」と公爵が宣言し、国の政治と経済が大パニックを起こしたときは「国政に私情を挟むな」と往復ビンタで夫を諫めたのだった。
こうしてようやく国王が息子と末っ子公女の婚約を諦めた。
筆頭貴族である公爵家が怖く、不興をかわないようにと息をひそめていた他の貴族家は「婚約不成立」を聞いてわきたった。
再開した王子の婚約者争いは、沈静化する前よりも激化した。
このとき王太子ことルドルフ王子は七歳(国王は二年も粘った)、幼いながらも美形を約束するような整った容姿に明晰な頭脳と抜群の運動神経。
「政略結婚、ばっちこーい」とご令嬢たちの垂涎の的になった。
幼いルドルフ王子は来る日も来る日も、『御令嬢』とは名前だけの猛獣たちに追い回された。
身近にいる使用人は彼女たちに買収されて裏切り、友人たちも買収や恐喝など理由はいろいろあれど結局はルドルフを裏切った。
その結果、ルドルフが十歳になるころ彼は『氷の王太子』と呼ばれ、表情筋を滅多に動かさない怜悧な美貌の少年になっていた。
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