【火・土更新】名も顔も知らない貴女へ ―笑わない王太子とマイペースな末っ子公女―

酔夫人

第1話 公爵家の不文律

 ここはブランシア王国の王都。

 この王都の中心にあり、高い壁と深い堀に囲まれた白亜の宮殿はブランシア城である。


 夕方、一台の馬車が宮殿の門をくぐり、堀にかけられたつり橋を渡る。

 その馬車は立派な宮殿に似合いの風貌で、真っ黒に塗装された馬車を防具をつけた四人の騎士が囲んで走っていく。


「レーベン公爵家の馬車だわ、夕飯を作り始めなきゃ」


 馬車の扉につくのは厳つい龍の紋章。

 見た目は威圧感満載だが街の人は道をあけるが畏まることはなく平然としていて、子どもたちは馬車を囲う護衛騎士たちに手を振っては「手を振り返してくれた♪」とキャッキャッ喜ぶ始末だった。


 これが初代国王を傍で支えたその弟の血筋、王弟レーベンの名をとったレーベン公爵家の毎日だった。


 ***


 さて、そんな厳つい見た目だけれどのほほんとしている馬車の中には三人の男性がいた。


「閣下、本日もお疲れ様でした」


 三人ほど並んで座れる長いベンチに一人で座るのが、閣下と呼ばれた現レーベン公爵その人。


 本来ならば初代公爵となるべきだった初代国王の弟レーベンは「いまさら自分の家門を持つのもなあ」と言って公爵位に就くことを辞退したため、代わりに王は甥っ子に半ば強制的に与え、結果レーベンの長男マクシミリアンが初代レーベン公爵になった。


 レーベンはとにかく自由を大事にする人物で、他人に強要されることを心の底から嫌っていた。

 そんなレーベンはマクシミリアンを始めとする五人の子どもたちに「自分の責任のとれる範囲で好きにしなさい」と言い続けた。


 そうして育ったマクシミリアンは父の言葉を座右の銘にし、子爵家の三女と政略結婚の『せ』の字もない恋愛結婚をし、父から譲り受けた財産を適切な投資で倍増させ続けて巨万の富を得た。

 投資しては成功し続けるマクシミリアンに彼の友人たちは『成功の秘訣』を問うた、『勘、なんとなくここかなって』と言われて諦めた。


 王家の血が濃いマクシミリアンを次期国王に推す声もあったが、王座に微塵も興味がない彼はそんな提案を鼻で笑い飛ばし、逆にそんな進言をする者を不穏分子の卵としてことごとく王国から排除していった。

 しかしマクシミリアンの予想以上に不穏分子の卵が多く、「マックスの所為で人手不足なんだけど」と国王年下の従兄弟に泣きつかれ、彼は王都に居を構えて国王の相談役になり彼のガス抜きに付き合った。


 マクシミリアンと最愛の妻の間には八人の子どもが生まれ、彼は自分の父親がそうしてくれたように「自分の責任のとれる範囲で好きにしなさい」といって子どもたちを育てた。

 そんな彼に「結婚は家の強化に有効な手段」という輩もいたが、「公爵という地位にあり、十回死んでも使いきれないほどの財産があるから」といって一切相手にしなかった。


 マクシミリアンの八人の子どもたちはそれぞれ「好きなこと」を見つけ出し、公爵家の力やお金には一切頼らず好きな道に進み、それぞれの道で大成した。


 結婚も全員、政略結婚の『せ』の字もない恋愛結婚だった。


 こんなふうに代々自由に好きな道を進み、その道なり脇道なりで成功してきた結果、誰一人として望まなかったが公爵家は果てなき人脈と莫大な資産を持つブランシア王国の筆頭貴族になっていた。


 現レーベン公爵であるフランクも先祖の例に漏れず、政略結婚の『せ』の字もない恋愛結婚をした妻と過ごす時間をこよなく愛していたため、この国で一番時間の自由がある王宮官吏の職に就き、定時退城を徹底していた。

 その徹底ぶりは公爵家の馬車が城下町で時計代わりになるほどだった。


「職場は目と鼻の先、毎日決まった時間に帰れる仕事内容。妻との時間を確保できるから『まあいいか』で引き受けた官吏の仕事だけれど、それなりにやりがいはあるし悪くないな」


 これが王宮官吏の仕事に対するフランクの感想。


 社会的地位も財産も並ぶ者がいない最強のレーベン公爵家。

 その当主である彼に「働く必要はあるのか?」と聞いた者がいたが、彼の回答は簡潔で「勤労の義務は法律で決まっているし」というものだった。


 義務を果たしてこそ真の自由を得る。

 それが初代公爵が座右の銘にした「自分の責任のとれる範囲で好きにしなさい」の言葉の意味であり、レーベン公爵家の揺るぎない家訓「自由・自主・自律」に込められた真意だった。



((“官吏の仕事”と思っているのは公爵閣下だけなんだよな))


 フランクの感想めいた呟きに、同乗していた従者たちは苦笑した。

 確かに若かりしフランクが王宮に出仕した当初は確かに『王宮官吏』だったが、いまでは国王の執務室の隣に専用の部屋が与えられ、宰相を始めとする王宮で働く者たちが部門関係なく訪れては「私たちには無理です」といって仕事の相談をし泣きつき、ときには国王が部屋にきて羽を伸ばしていく存分に愚痴っていく駆け込み部屋となっていた。


(俺だったら書類の山脈に毎朝出迎えられたらうつになる)


 定時に出仕したフランクを出迎えるのは、机の上にそびえたつ書類の山脈。

 それをフランクはすさまじい勢いで裁き、定時十分前には全て片付ける。

 事務官や補佐官が絶え間なく部屋を出入りするため、部屋の出入り口を守る扉が壊れること五回。

 「修理の音がうるさいからそのままでいい」という公爵部屋の主の言葉により、いまの部屋の入口には扉はなく、とても風通しがよい。


 いまの王宮では「若くて足腰に自信のある新人」は全てレーベン公爵の補佐官に任命される。この補佐官の職を一年やり切ったものは『猛者』と認められ、どこの部署からも引っ張りだこになるという新人向けの試金石だった。


 ***


「お帰りなさいませ、旦那様」


 玄関で出迎えた執事長にフランクは持っていた杖を渡し、マントを翻しながら階段を上りながら妻マリアンヌの所在を問う。


「領地の大奥様からバラの苗が送られてきましたので、奥様は温室にいらっしゃいます。大旦那様からも野菜がたくさん届いておりますよ」

「あとでお礼状を書かなくてはな」


 ガーデニングと家庭菜園に目覚めたフランクの両親、前レーベン公爵夫人は早々に公爵位を息子夫婦に譲り、領地に引っ込んで花の栽培と野菜作りに精を出している。


 公爵位の譲渡については早いという意見もあったが、当の息子夫婦が拒否しなかったこともあって前侯爵はそんな意見を「農家は忙しい」と一蹴。

 領地内で暮らす前公爵夫婦は、レーベン領の民としてきちんと納税する立派な農家になっていた。


「子どもたちは?」


 フランクには四人の息子と二人の娘がいる。

 六人の子持ちというと多くの者が「公爵には何人も妾がいる」と思うのだが、六人とも最愛の妻が腹を痛めて産んだ同母の兄弟である。

 二~三年に一回の間隔で、女・男・男・女・男・男とよいリズムで子どもが誕生していた。


「皆様、屋敷内にはいらっしゃいます」


 他家ならば「〇〇をしている」と具体的な回答を望まれるが、レーベン公爵家ではこれで回答としては十分だった。

 何しろ六人の子どもの趣味や好きなことは様々であり、屋敷内で何をやっているかなど執事長には把握できなかった。


 当代のレーベン公爵も、過去の公爵たちと同様に「自由・自主・自律」が守るべき絶対のものだった。

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