5-10 報道
──── T山山中に身元不明の遺体発見(XX通信)
9月26日午後2時半ごろ、X県境のT山の林道脇で、T山の森林を管理している男性が遺体を発見し110番通報した。
そんなニュースが携帯のニュースサイトに出ていた。端的で、情報も多くない。他の新聞社の記事なら詳細が出ているんだろうけど、俺は、この端的な記事で現実を重く受け止めた。
あの夜から仕事の量を減らした母さんは、それまでと違って普通の母親らしく振る舞う。
それがなかなか慣れない。
ご飯は、惣菜や冷食を使わなくなってきた。冷蔵庫にはボトルに麦茶を作り置きしている。
朝キッチンへ行くと、今までの癖で冷蔵庫を開けてしまう。そこにはペットボトルはない。
「どうしたの? ご飯できてるわよ」
穏やかな口調だけど、どことなくぎこちない。
俺は椅子に座り、携帯をいじる。母さんと話さなくてもいいように。
もくもくと食事をしていると、
「T山の身元不明の遺体、まさか、あれは慎二くん?」と、話しかけてきた。
「だから何?」
恐る恐る話しかけてきた母さんは、口調の割には冷静だった。腹をくくっているということなんだろう。
この事件に関しては、俺が犯人だということは覆せない。だったら、本人から詳細を聞いたほうがいいと思っているのだろう。
「刑事が俺を疑ってるみたいだよ。俺だけじゃない。上野たちもね」
「上野さんまで?」
「噂になってるだろ。上野が慎二を消したんじゃないかって」
「でも、それはただの噂でしょう?」
「母さんは、俺だけが疑われてもいいわけ?」
「でも、だって、慎二君を殺したのは……」
「そうだよ、殺したのは俺だね。でも、物的証拠は出ない。状況証拠だけでは何もできないはずだよ」
俺が冷たく言うと母さんは、「良太は今まで通りしていなさいね」と、穏やかに言い返す。
どうしてそんなに落ち着いていられるんだ。
俺が捕まらないと確信しているんだろうか。もっとも捕まるつもりはないんだけど……。
「証拠って、この家の中と車でしょ? 家宅捜索されなければいいのよね」
母さんは、自分に言い聞かせるように言った。
「無理やり踏み込んで来たらどうする?」
低い声でぼそっと言った。それから俺は、井原刑事の突っ走った雰囲気を思い出し、あの人ならやりかねないと思った。
「良太は捕まりたくないのよね、大丈夫よ。刑事がきてもこの家には入らせないから」
母さんの穏やかな笑顔が怖かった。
「明日カウンセリングある。夜、ちょっと遅くなるよ」
「わかったわ、ご飯作っておく」
それから俺は、部屋に戻りハムスターのマサキと遊んだ。
マサキは元気だ。
俺が餌をあげるのを待ってくれている。その目がとても可愛い。一時間くらいマサキと遊んでから、俺はシャワーを浴びて寝ることにした。
朝、ご飯を食べ終わり、学校へ行こうとしたとき、母さんに引き止められた。
「ちょっと今日、遅くなるかもしれないの。もし、お金が必要だったら、私の部屋に封筒に入ってるお金、使っていいからね」
「今はいらない」
「わかったわ。でも一応、部屋に置いておくから」
と言って、出かけてしまった。
学校へ行くと、身元不明の遺体が慎二だと発表されてないのに、なぜかあれは慎二だと噂されていた。
みやびの虐待死の話とは別で、上野が身元不明の事件の話も任意で取り調べを受けている、ということらしい。
俺はいろんな奴から、警察から何か聞いていないかを問われた。でも、知らないフリをする。
慎二は、上野夫婦と言い争ってた。かなり険悪な関係だったようだ。
誰かが言っていた。
「いつか殺されるんじゃない?」
そして、その予想通り慎二は殺された、というのが大筋の噂。
慎二は、上野たちから異常なくらい恨まれていたらしい。
このままいくと、俺の疑いは晴れていきそうだ。
放課後、カウンセラーの予約時間に遅れそうになったので急いで病院へ向かった。
病院の入口に着いた。
タクシー乗り場には珍しく二台しか停まっていなかった。
救急の入り口に、救急車が停まっていた。俺はそれを特に気に留めることなく、ロビーを通り過ぎた。
診察室へ向かう途中、井原刑事が俺の目の前に立つ。
その後ろに野口刑事が青ざめた顔で立ち尽くしている。
「なんですか?」
「高瀬君……。お母さんが」
野口刑事がそこまで言うと、井原刑事がそれを制する。
「君のお母さんが事故に遭った。今、治療を受けている」
「事故?」
「車で谷から転落して」と、野口刑事がぼそぼそと話す。
俺はまどろっこしくなり、集中治療室へ向かう。その後ろから井原刑事と野口刑事がついてくる。
「お母さんは、ブレーキを踏んでいない。崖から谷底に転落して車は炎上した。車のナンバーと、判別できそうな
所持品で、高瀬君のお母さんだとわかったばかりだ」
「どういうことだよ、ブレーキ踏んでない? それは事故じゃなくてまるで自殺じゃないか」
「高瀬君、落ち着いて……」
野口刑事が宥めるように言う。
「高瀬君が学校へ行ったあと、高瀬君の家に行きました。お母さんと少し話したんですよ。君の様子でおかしいところはないか、と質問しました」
井原刑事が淡々と話す。
「母さんはそれで何を?」
「いや、」
野口刑事は、首を横に振る。
井原刑事を見ると、目をそらした。
「井原さん、母を追い詰めるようなことを言ったんじゃないですか?」
井原刑事はきまずそうに、俺の方を見ようとしない。
「母さんいなくなったら、俺はどうすんだよ! あんたが何言ったかわからないけど、母さんがこうなったのがあんたのせいだったら、俺はあんたを許さない」
そう言ったあと、看護師に俺は呼ばれた。
俺は足元をふらつかせながら、母さんがいる病室に入っていく。
包帯で覆われた母さんを凝視できない。ベッドの横で俯いたまま、母さんの手に触れようとした。
すると、
「こんなことしかできなくて……、ごめんね」
ゆっくりと絞り出す声。
包帯の隙間から見える母さんの目はうつろだ。でも感じたことのないような優しい目で、俺を見ている。
包帯だらけの手を握ろうとしたそのとき、触れる寸前で母さんが力尽きてしまう。
「そんな……」
俺は、最後の、母さんの優しい瞳から溢れていた涙を見逃してない。
どうして、死ぬなんて。
自殺なんて。
そんな馬鹿なことを。
証拠を消すために?
俺のために?
こんなことしかできなくて?
もしかして、車を消すことで俺を守ろうとしたんだろうか……。
そんな方法じゃなくても、他に何かあったんじゃないか?
俺は病室を飛び出し、廊下で声を押し殺して泣いた。廊下で泣いていると、じいちゃんとばあちゃんが青ざめた顔をしてやってきた。
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