4-7 昏倒

 校長室に着いて、担任はドアをノックした。校長の声が聞こえて担任に続いて俺も中に入る。

 中には校長と教頭、井原刑事、野口刑事がいた。

 座るように促され、そこに腰掛ける。

「君は松原君について、何も知らないと周りに思わせてもらいたい」

 野口刑事が言う。

「でも、噂は広がってますよ」

 俺は野口刑事の方を見た。

 隣の井原刑事は相変わらず嫌な雰囲気を醸し出している。

「松原君の安否がわかってない以上、事実関係は曖昧にしかできない。マスコミには報道規制をかければいいけどね」

と、教頭先生が言う。

「何を聞かれても余計な事を言わないでいてほしいだけだよ」

 野口刑事は柔らかな口調で言った。

「わかってます。……ところでまさきの具合は?」

「今朝、意識が戻ったらしい。でもまだ危険な状態ではあるよ。お見舞いに行きたいのかな?」

「一目見るだけでいいんです」

 俺の一言に野口刑事は井原刑事をちらっと見る。井原刑事は「ちょっと失礼」と一言呟き、校長室から出ていった。

「学校側もあまり事を大袈裟にしたくはない、ということですよね。ここは休学届が提示されている……というのでどうでしょう?」

と野口刑事が言う。

 野口刑事と教頭は、校長の言動を注意深く伺う。校長が話し始める。

「休学届ということにしましょう。それで高瀬君は何を聞かれても答えないということでよろしくお願いします。松原君のお父さんのご実家が県外らしいから、そこに暫くいるということにしておいてもらえますか?」

「はい。大丈夫です」

「何事もなく戻ってきてほしいのが学校側の意見なんだ。寂しがる生徒もいるだろう。も高瀬君にこんなことを頼むのは、申し訳なく思ってる」

 教頭は学校の体裁しか頭にないだろう。校長の顔色しか見てない。

 再び井原刑事が校長室に戻ってくる。

「夕方五時半に五分だけ病室に入ってもいいと許可が出たよ。病院は松原君のお母さんが入院してるところだ」

 いつもの淡々とした井原刑事の口調ではなく、今日は穏やかで耳障りがよく温かさを感じた。

「じゃ、放課後学校の前で待っているから、車で一緒に行くことにしよう。この前一緒にいた女の子も同行していいからね。放課後の迎えの時間を忘れないで」

 話が終わって、教室に戻る。

 教室では俺が何を言われたか、質問攻めになった。端的に「慎二は休学願いを出した」と答えておいた。

 授業は上の空だった。

 動かない時計を見つめる。初めて腕につけてみたのに、不思議なくらい違和感がない。俺の手に馴染みすぎてせつなくなる。

 放課後、俺と香奈は二人で靴箱まで小走りに、校門からゆっくりと歩く。  

 正門には一台の車が停まっていて、運転席には井原刑事、助手席に野口刑事がいた。

 後部座席に香奈を先に乗ってもらう。香奈は申し訳なさそうに座った。

「意識は戻ったけど、頭を強く打ったから障害が残るかもしれないらしい」

「そうですか……。俺が慎二や香奈に助けられたように、できるなら俺がまさきを救いたいです」

「それは自己満足じゃないのか?」と、井原刑事はいじわるな言い方をする。そのあと、車内は沈黙が続いていた。

 病院に着いた。

「顔を少し見るだけだからね」

 野口刑事の話に俺は頷き、病室に入る。病室に入ると、まさきの青白い顔にどきっとした。

 ベッドの周りにあう沢山の無機質な機械がまさきの生を知らせている。いたたまれなくなって、病室を出た。

 病室を出てすぐの所に、慎二が腕を組んで俺を見据えていた。俺にしか見えない幻覚。ものすごい形相で慎二が俺を睨む。

 足が竦んでくる。

「良太。罪を償え」

 慎二の形相が崩れ、俺に覆いかぶさってきた。

「来るな! おまえに何がわかる! 恵まれてたお前に!」

 俺は慎二を振り払う。

 それでも慎二は俺にしがみつく。

「罪を認めろ。まさきとお前の時間はもう交わらない。どういう意味かわかるか?」

 俺は首を横に振る。

 すると慎二が、俺の首を締めようと首に手をかけてきた。その手を乱暴に振り払い逃げた。

 病院の廊下をひたすら走る。

「いやだ、いやだ!」

 俺は足がもつれ、滑って転んだ。

 暴れる俺を、誰かが押さえ込む。

 身体ががくがくと震えている。目の前が歪んで見えてきた。

 押さえつけられた俺を見て、慎二は「逃げるなよ、償え」と言って姿を消した。

「うわあああああああ!」

 俺の叫び声で、周りに人が集まり始めた。誰かが耳元で何か問いかけてくるけど、俺は動転していて聞き取れなかった。

 誰かが俺を拘束し、どこかへ連れていこうとする。俺は暴れながら抵抗する。

 慎二の声が頭の中で繰り返し再生される。押さえ付けられた後、次第に意識が遠ざかっていくのを感じた。

 そういえば、まともに寝ていなかったような気がする。

 そこで医師が俺に何かを問いかけてくる。でも俺はそれどころじゃなかった。周りの声が届かないくらいに俺は動揺していた。

 そこで刑事達が俺の両脇に立ち、引きずるようにどこかへ運ぼうとした。

 看護師達も俺に何か問いかけている。

「逃げるな」という慎二の声ばかりが頭の中で繰り返し響き何も聞こえない。

 病室のベッドに寝かされた。暴れる俺を何人かが押さえつけてきて、俺の意識は遠のいていった。

俺はこれからどうなるんだろう……。




(第四章 おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る