4-4 衝撃
教室に戻ると、香奈が言いたげな表情で俺を見ていた。香奈のところに行こうとすると、そこでチャイムが鳴ってしまう。
話したかった。落ち着きたかった。香奈と話せば不安なこともなくなる。
早く放課後になればいいのに。香奈は俺に何を言おうとしているのか。そんなことを、考えていた。
「なあ高瀬、夏休みに慎二の家に何度か行ったんだけど留守だったんだ。お前なら慎二の家の事情に詳しいと思うんだけど何か知ってるか?」
「慎二って携帯持ってても、メールしないだろ。いろいろ心配だし、おばさんの具合次第ではお見舞いに行きたいんだ。高瀬の方から慎二に声かけておいてくれないかな?」
「慎二にはいろいろ相談に乗ってもらってばかりだから、俺らも何かできることないか知りたいんだよ」
クラスメート達が教室に戻ってきた俺を囲む。
一斉にいろんな質問をなげかけてきて、俺は戸惑いながらも答えた。
「おばさん、確かによくないみたいだよ。でも、慎二は弱ってる自分を見られたくないと思うんだ。俺からみんなが心配していることを伝えておくよ。それでいいだろ?」
こんな理由で大丈夫かと思ったけど、それで納得したようだった。
「そうだよな。慎二は俺らに気を遣わせたくないよな」
「高瀬から俺らが心配してること、話しておいてくれ」
彼らは口ぐちにそう言って、それぞれの席に戻っていった。
学校の奴らはこれで誤魔化せただろう。
警察は俺以外にも疑っている奴がいる。ということは、近所の聞き込みから判断したんだろう。聞き込みされた近所の誰かから、生徒に漏れる可能性があるんじゃないか?
授業は上の空だった。
これから何があっても動じないようにしないといけないというのに、不安が押し寄せてくる。
慎二は、恨まれるようなことをしていたのか? そうは思えない……。
ぼんやりと廊下側の俺の席から教室の外の廊下を眺めた。
……また慎二の姿が見えた。
今度は何も言わず、俺をじっと見ているだけ。俺は頭を抱えて、それを見ないようにした。
そうすると慎二は、俺の隣に立ち無言で俺を追い詰めようとする。
「消えろよ!」と、俺は思わず大きな声を出してしまった。
授業中だと言うことを忘れていた。
周りが俺に視線を集中する。
俺は立ち上がり、「気分悪いんで保健室行きます」と言い、教室を出た。
慎二は俺の背後についてきている。
保健室には誰もいなかった。仕方がないので勝手にベッドに潜り込んだ。
『どうして逃げる? 自分のことだけじゃなくて周りのことも考えてくれよ』
慎二が言う。
これが、幻覚なのか現実なのかもう区別はつかなくなってきた。
「うるさい。おまえはすぐには見つからない」
そして目を瞑り耳を塞いだ。
どれくらいそうしていたかわからないけど、薄目で辺りを見回すともうそこには慎二はいなかった。
「なんなんだよ」
俺はおかしくなっているんだろうか。
罪の意識で俺の心が壊れ始めたんだろうか。
俺にとっては慎二が「悪」でしかない。俺は自首なんてしないし、捕まったりもしない。
保健室の入り口のドアが開いた。
足音はベッドの周りを囲むカーテンの向こうで止まる。
俺は起き上がりベッドから降りて、カーテンを少し開けてみた。
カーテンの向こう側には母さんが立っている。
「学校から連絡があったの。様子がおかしいとか言われたんだけど、大丈夫なの?」
「別に」
「そう。鞄は後でクラスの誰かが届けてくれるらしいから、家に帰りましょう」
「今日、仕事は?」
「昼からよ。時間はあるから」
淡々とした口調に、心配の色は見えない。
「じゃ、帰ろうかな」
と言った俺の言葉に、母さんは少し眉間にしわを寄せる。
俺がその様子をじっと見ていたからか、俺に背を向け保健室から出ていった。
車に乗るまで母さんは俺を見ようとしない。
家に着いて、母さんはレトルトカレーを取り出してきて「これを食べて」と言い、すぐに出かけた。
こういうのは慣れている。
でも、ちょっと弱ってるときはこんな母親でも優しくしてもらいたい、そう思うのは我儘なんだろうか。
誰にも言えないことばかりが増えていく。今までのことはとにかくなかったことのように振る舞うだけでいいというのに。
小さめの鍋にお湯を沸かしレトルトパックを入れる。ご飯は冷凍庫にあるのを解凍した。それらを皿に盛りつけながら、俺は溜息をつく。
父さんはもしかしたら他に女をみつけて逃げたのではないか。そんなことを考えてみる。
それで今、父さんが幸せなら俺はそれでいいと思う。俺はもう、父さんの知っている良太じゃない。
もう戻れない。父さんがもしも帰ってきたとしても、今まで通りにいかない。
カレーを食べ終わって片付けていると、インターホンが鳴った。
刑事達が玄関先に立っている。俺はとりあえず玄関で会話をすることにした。
「この近所で松原君と仲良くしていたという子供たちがいると聞いたが、君は何か知っているか?」
井原刑事が聞いた。
俺はまさきとみやびのことだとすぐに察した。
「その様子は、知っているようだね。その子供たち、今朝、病院に運ばれたんだよ」
野口刑事が悲しそうな表情をして俺を見る。
あの二人に何があった?
「上野正樹君は重体、雅ちゃんは残念ながら」
「みやびがどうしたんですか?」
俺は野口刑事の言葉を邪魔するように声を張り上げた。
「アパートの階段から落ちたんです。二人は、今朝、父親に突き落とされた、という証言があります」
「みやびは死んだんですか?」
俺はその場にうずくまった。俺の肩にそっと野口刑事の手が触れる。優しくて温かい手だった。
「階段の下で倒れていた正樹君の手のひらには、十円玉が握りしめられていた。携帯番号の書いてあるレシートと一緒にね。この二人は松原君とも仲良くしていた。そのことは君も知っていたのかな?」
俺は体中を震わせながら頷いた。
「二人から慎二と仲良くしていると聞きました。だから、慎二がいなくなったから俺がかわりに……」
こんなことなら、もっと関わっていればよかった。鳥もみせてあげたらよかった。
二人の知らない温かい料理をもっと食べさせてあげたらよかった。
「父親は突き落とした事実を否認している。虐待の事実関係を証言してくれる人が欲しい。こうなってますます上野たちが松原君を監禁もしくは殺害しているという説が浮上してきているんだ」
……え?
俺は、野口刑事を見つめた。
井原刑事はこの件についてはあまり関心がないように見えた。
「どうして?」
「上野たちは、虐待について松原君から何度も注意されていたと近所の聞き込みで明らかになっているんだよ。険悪な状態だったらしい」
「虐待を咎められたことで慎二がまさきたちの父親に殺されてるかもってことですか?」
二人を思うと複雑な心境になったけれど、俺には有利な状況には間違いない。
「極秘だけどね。いろいろ不愉快な思いをさせたから、一応耳にいれておきたくて。井原はこの通り嫌がってるけど」
野口刑事はさわやかに笑う。
こんな悲しい話に笑顔というのに違和感を覚えながらも、俺自身もほっとしていた。
「こんな笑顔で話す内容じゃないんだけどね。あとは、松原君の安否が問題になるだろう」
上野たちが、慎二を殺害もしくは監禁しているかもしれない、ということか。あの夫婦は遊び歩いたり、夜中に二人を公園に放置したりしていた。
あの夫婦にとっては不利な状況だ。証拠は出ることはない。
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