4-3 刑事
駅を出てすぐ、井原刑事と野口刑事が俺の前に立ちはだかる。
「なんですか?」
俺は冷静に言ってみた。
「さっき取り乱していたけど、どうかしたのか?」
井原刑事のきつい口調が、突き刺さる。
「どうしていつもすぐ威嚇するんですか。相手は未成年ですよ。未成年には慎重にと、上から言われてるでしょう。もういいじゃないですか」
野口刑事が空気を変えようと横やりをいれる。
「父親と親友の失踪で情緒不安定になってるだけですよ。動揺するなという方が無理です。松原君失踪については、他にも怪しい人いるんですから」
野口刑事の『他にも怪しい人はいる』という言葉が気になる。
井原刑事はそこで野口刑事の頭をパシっと叩く。
「野口……。おまえはそんなんだからデカイ事件から外されるんだ。自覚ないのか」
「自覚?」
井原刑事は、野口刑事の無自覚な天然に振り回され、野口刑事は井原刑事の無鉄砲さに振り回されている。だから二人はコンビを組まされ、上から適当な事件を担当させられてる。そういうことなんだと、俺は察した。
井原刑事は大きな溜息をついて、「もういい、今日は帰るぞ」と言い去っていった。
野口刑事はきょとんとしたまま、俺を見る。
「怪しい人がいるっていうの、聞かなかったことにしておいて。井原には、高瀬君につきまとわないように言っておくからね。高瀬君は詮索しないようにね!」
野口刑事はそう言い放ち、井原刑事の後を追って走り去った。
慎二失踪で疑われているのは俺だけじゃない。それを知っただけでも収穫だ。
でも誰なんだ?
慎二は恨みを買うような奴じゃない。同級生に聞き込みしていないというのは、学校での様子でわかる。
どういう流れで別の誰かが疑われているのか、まったくわからない。
詮索するなと言われたら気になってしまうものだ。
野口刑事は人が良すぎる。刑事には不向きの性格のようだ。
駅から離れ、家までゆっくりと歩く。
俺だけが疑われているのではないのなら、思い悩むことはない。俺は堂々としていればいいんだ。
家の近くの公園まで戻ってきたとき、子供の泣き声がした。男の怒
鳴り声も聞こえる。
まさきとみやびを思い出した。
声の聞こえるところまでこっそりと足を進める。公園の隅のベンチのそばで、みやびが座り込んで泣いていた。
マサキは俯いたままだ。そのそばで怒鳴っているのが、二人の父親なんだろう。
「いいと言うまで帰ってくるなと言っただろ! 折り紙がなくなったくらいで戻ってくるな!」
一方的に怒鳴られている二人を、俺はどうすることもできない。
「いいか。迎えに来るまでおとなしくここにいろよ!」と言い、父親は帰っていった。
みやびの頭を撫でているまさき。
まさきは泣くのを我慢しているのか、撫でていない方の手に力を込めているように見えた。
俺は二人に何を言えばいいのかわからず、そのまま家に戻った。
部屋に戻りマサキとシンジに餌をあげた。二人に声をかけられなかった自分にもやもやしていた。
この町に引っ越してきたとき、慎二に声をかけられなかったら俺はずっと一人だった。慎二だったら、二人を励ますために声をかけたに違いない。
そして慎二の幻覚を思い出す。胃がぎゅうっと締め付けられるようにな
り、俺はその場で吐いてしまった。
藍色の空間は、神聖な場所。
そこを嘔吐物で汚してしまった。俺はTシャツを脱いで、嘔吐物を拭きとろうとした。
これは、慎二の幻覚をみたせいだ。あいつが俺を責めるからだ。あいつが全部悪い。
Tシャツですべては拭き取れず、洗面所でタオルをいくつか用意した。拭き取った後に、消臭スプレーを振りかける。嘔吐したあとの臭いを消すためだ。
胃の中が空っぽになって、喉が渇いてきた。俺は、マサキとシンジの水を用意するついでに、キッチンでスポーツ飲料を飲むことにした。
冷たい飲み物が胃に染みる。部屋に戻り、二匹のケージにセットする。
シンジはすぐに水を飲もうとせず、止まり木で俺を見ながら首をかしげる仕草をしている。
マサキは、水がケージにセットされたとたん、隅っこの新聞紙の穴の中から顔を出し、勢いよくごくごくと飲み始めた。マサキのしぐさがかわいらし
くて、思わずふっと笑みがこみあげてくる。
ペットショップではおとなしそうにしていたけれど、このケージの中だと自分だけだからか、とてものびのびと過ごしているようだ。自分の居場所であることがわかったんだろう。
まさきとみやびには、そういう風に安心できる自分の居場所があるのだろうか。
二人の父親は、子供に暴力を振るわないと聞いていた。でも、二人は父親の威圧的な態度で苦しんでいる。
あの時、何もしようとしなかった自分に少し苛立ちを感じた。
翌日、学校から帰ってからパソコンを初期化した。オークションに出品するためだった。
このパソコンにはいろんなものが詰まっている。それらを全部削除することで、俺は全てをリセットをしようと思った。
パソコンは、この空間にいらないものだと思う。携帯があれば、ネットショッピングはできる。香奈と繋がる携帯さえあればいい。香奈との未来が重要なんだ。
高スペックのパソコンなので、良い値段で入札して貰えると思う。手に入ったお金は、いつか役に立つだろう。
布団に入ったら、今日は珍しくすぐに眠れた。パソコンの作業で疲れたからかもしれない。
九月中旬が過ぎた。
慎二のいない教室は、他の奴らにとって落ち着かないようだった。慎二の周りにはいつも人が集まっていた。目立つ人間がいないと、こういう感じになるんだと思った。
俺は、担任から生活指導室に呼び出された。
「もしかしたら慎二君のことかも」
香奈は不安そうにしている。
「大丈夫だよ」
俺は平静を装い教室を出た。
それから生活指導室へ足を運ぶ。
「失礼します」と言い、部屋に入ると担任と生活指導担当の先生、教頭まで待ち構えていた。
「座りなさい」と、教頭が促す。
俺は、緊張しながら座り俯いておいた。
「松原慎二君の失踪の件、高瀬君は知っているんだよね。くれぐれも口外しないでもらいたい。家出じゃないかもしれない。推測だが、警察からいろいろ聞かれているからね。ところで、高瀬君。君は何も知らないということでいいのかな?」
教頭がそこまで話した後、生活指導の先生が険しい顔をした。
「警察が君を疑っているように感じている。二人は仲が良かったと聞いていたから、なぜそうなるのかわからない。それについてどう思う?」
「俺は、失踪した最後の日にあいつと喋ったようですね。でも、そのあとのことは何も知らないんですよ。警察の口ぶりでは、重要参考人はちゃんといるらしいです。俺は、慎二……松原君に何度も助けられてきたんです。父がいなくなったときも、彼は一番励ましてくれました。彼の両親にも実の子のように接してもらってます。そんな俺があいつに何をするというんですか?」
俺は慎二を心配しているということを訴えるように話してみた。
「松原君も高瀬君も優秀な成績で、学校の誇りだと思っているよ。疑うなんてとんでもない。中学時代に不登校の時期があったとはいえ、高瀬君の成績では申し分ない。松原君の捜索願のことを隠しておいてもらいたいというだけなんだ。知っていることがあるなら聞いておこうとも思ったが、知らないようだから」
「俺は口外しません。慎二の母親の体調不調で、つきそいのため欠席ということで俺は対応します」
「うん、そうしてくれると助かるんだよ。私たちは高瀬君を疑ってなんかいない。真面目な生徒だと思っている。生徒に動揺を与えないようにしてくれればいいんだよ」
学校も世間体を気にしている。
母さんと同じだ。そっちの方が俺には都合がいい。
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