第四章 曇天

4-1 アキ

 家に入ると、母さんが慌てた顔で出てきた。

「松原さんから連絡あって、それで聞いたんだけど、病院で倒れたんでしょ。大丈夫なの?」

 心配している言葉でも、表情はそうは見えなかった。慌てて玄関に来たのもだと思う。

 俺は母さんの質問に答えずに、二階の自室に行こうとした。

「良太がいないとき、刑事さんが来たのよ。慎二君が行方不明なのね。どうして教えてくれなかったの?」

「母さんに話しても一緒に心配してくれるわけじゃないだろ。ワイドショー見て下世話な噂話しかできないんだからさ」

 今は母さんと話す気分じゃない。

「慎二君、夏休みに何度もうちに来てたでしょ。夏休みの半ばくらいから帰ってないって。良太は何も知らないの?」

 俺が犯罪者だと知ったら、この人はどうするんだろうか。

 旦那に逃げられた挙句、子供は犯罪者。『私ってかわいそう』としか思わないように感じる。加害者の親というのに耐えられないようにも思う。

「知ってたら刑事にちゃんと話すに決まってるだろ。知らないから俺も困ってんだよ。刑事が来たならついでに父さんの捜索願も出したら良かったのに」

 あまり話したくないからそう言って部屋に戻りベッドに横になる。

 暫くすると玄関のドアを苛々しながら閉めた音が響き、車で出かける音が聞こえた。

 子供みたいな人だな……。

 横になって、いらいらがおさまらなくなり、お香を焚くことにした。

 お香立てを部屋の隅の三段ボックスに置いた。白い煙が薄暗い藍色の空間に漂うと、ざわついている気持ちが落ち着いてきた。

 白い煙は俺の中にある香奈への気持ちに繋がっているように思えた。



 放課後、いつものようにアキさんの店に行った。俺は香奈よりも先に着いていた。カウンター席に座り、アイスコーヒーをオーダーしたらアキさんが言った。

「慎二君だっけ? 良太にもらった画像を知り合いに見てもらったけど、この辺りじゃ見たことないって言われたよ。力になれなくて悪いな。一応、他も当たってみる」

「ありがとう。今度、ゲーセン探してみるつもりなんだけど、アキさんの知り合いが知らないんだったら無駄足になるかな」

「俺の知り合いがわからないなら、警察はもっとわからないと思うんだよな。警察が役に立たな

いことってあるんだよね」

「アキさんって昔、どんな悪さしてたの?」

 何も考えずふいに口に出ていた言葉に、アキさんは苦笑いしていた。

「思春期の、行き過ぎた非行ってとこかな。今はそういうのには興味な

いよ」

「行き過ぎた非行ってどんなことなんだろ。どういう悪さしてたのか想像できないな」

「こんな外見なのに、今は真面目に見える? それは嬉しいね」

 そこで香奈が店内に入ってきた。

「いつもの席空いてるよ」

と言って、アキさんはカウンターを片付けた。

「アイスコーヒーを二つお願いします」と言ってから、俺は奥の席に移動する。

 いつもの席に座るとアキさんがおしぼりとお冷やを持ってきた。

 香奈がバッグから出した宿題のプリントを見て、

「俺にはさっぱり解らないな」

と、アキさんはぼやいていた。

「まともに学校行ってなかったからなあ」

 そし言ったあと、苦笑いをしながら厨房に戻っていった。

「良太君、この問題わかる?」

「どれ? ああ、これは……」

 俺は勉強が嫌いというわけでも、意欲的に取り組んでるわけでもな

い。でも、わからなくて困ったことはなかった。

「良太君ってパソコンも詳しいよね。授業で先生を困らせたことあったもん。すごいな」

 香奈は一学期の授業のことを持ち出して、くすくすと笑った。俺は覚え

てなかった。

「父さんが何でも出来たから、いろいろ教わってただけだよ。慎二と比べたら、俺なんかダメだ」

 はっとした。俺はいつも、慎二と自分を比べてどこかで卑下していたんだと気付く。

「慎二君は、そつなくなんでもこなすタイプでしょう。良太君は好きなことを突き詰めるタイプ。比べなくていいと思う」

 香奈のフォローに俺はほっとした。香奈はやっぱり俺のことをわかってくれている。

 香奈の宿題の行き詰っていたところも解決した頃には、外が薄暗くなっていた。

 カフェを出て、昔よく行っていたゲーセンに立ち寄る。

 慎二の画像をゲーセン仲間だった奴らに見せてみようと思ったからだ。あくまでも俺が心配してることを周りに知ってもらうために。

 店内は相変わらず騒然としている。

 奴らはたいてい競馬ゲームかカーレースの辺りで遊んでいるはずだ。きょろきょろしながら奥の方へ足を進める。香奈が後ろにいるのを確認しながら。

 競馬ゲームに奴らは陣取っていた。

 そこで不良グループのリーダー格の男が近づいてくる。

「久しぶりじゃねえか。今日は女連れか」

 にやにやしながら言い放つ。店内にいる奴らの視線を感じた。

「俺がここで遊んでた頃に呼び戻しに来た奴を覚えてるか。こいつなんだけど、見覚えないかな?」

 俺は携帯に慎二の画像を出した。そいつはじっと見て暫く考えていた。

 いろんなゲームの音が耳にきんきんと響く。久しぶりのゲーセンは騒音で耳が痛い。

「おまえを呼び戻しに来てたうざい奴だろ。ここらじゃ見たことないな。何かあったのか?」

「家出ではないと思うけど、ずっと家に帰ってないらしいんだ。ここらで見かけたなら、教えてほしい」

「あるわけないだろ。こういうところに来るような奴じゃないのはおまえの方がよく知ってるんじゃないのか?」

 それはそうなんだけど、探してるフリをしないといけないから聞いてるんだよ。

「知らないならいい」

「人に質問しておいてなんの見返りもないのか? 情報がないにしても誠意

は見せたつもりだぞ」

 俺の金をまた狙ってるようだ。これが最後だと思い、俺は財布から金を出そうとした。

「だめだよ、渡す必要ないよ」

と、香奈が言った。

「なんだよ、こいつは元々仲間だったんだよ。おまえがでしゃばるとこじゃねえんだよ」

 香奈に詰め寄っていくそいつの腕を、俺は引っ張る。

「やめろよ。香奈は関係ないだろ」

 そいつは、俺の方に目線を変えて睨みつけてきた。

 空気が張り詰める。

「それくらいにしろ。素人が探偵ごっこなんかするんじゃない」

 俺を制止したその声は、井原刑事だった。その後ろには野口刑事もいた。

 やっぱり見張られていたのか。

「野口はこの子を駅まで送れ。俺は高瀬君に話がある」

 井原刑事がそう言うと、香奈はそっと俺の方をみてから俯いて野口刑事についていってしまった。

 不良グループは井原刑事を見て、まずいという表情をしている。他のゲームをしている奴らも井原刑事と面識があるのか、顔を隠すようにしながら外に出ていった。

「恐喝で捕まえられたくなかったら、とっとと帰れ」

 井原刑事が言うと、香奈に詰め寄った男は足早に去っていった。

 ガラの悪い連中がいなくなるだけで、空気が変わる。

「元少年課の刑事というのは本当なんですね。あいつらのこと知ってるんですか?」

「昔のことだ」

 井原刑事はそう言った後、「探偵ごっこをして疑われないようにしているのか?」と俺を見た。

 俺は目をそらさないようにして「いいえ、俺は慎二が心配なだけです」と言い返した。

「普段から悪さするような奴よりも、高瀬君のような真面目そうな子の方が実は厄介なんだよ。何をしでかすか予想できない。高瀬君のようなタイプが一番怖いんだということを身に染みてわかってるんだ」

「言いたいことはそれだけですか? 俺は慎二を純粋に心配してるだけですよ」

「そういう態度で野口は騙せるだろうけど」

と、井原刑事は不敵に笑いゲーセンから去っていった。

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