3-5 名前
ホームセンターに向かった。ペットを買うためだった。小動物がいいと思う。
気のせいかもしれないけど、腐敗臭が残っているように感じる。消臭スプレーをかけるよりも、まだ小動物の臭いで誤魔化しした方がいいのかもと思った。
藍色の部屋には青い薔薇がある。そこに青い鳥がいれば、幸運がより訪れそうだと思う。
薄い水色のインコを見ながら、辺りを見回すと、ハムスターコーナーを見つけた。ケージの中で動き回るハムスターがたくさんいる中で、丸くなって眠っているハムスターがいた。
ブルーサファイアというらしい。臆病そうなそのハムスターに妙に惹きつけられ、インコだけでなくそのハムスターも買うことにした。
インコとハムスターそれぞれのケージ、ケージの中の遊び道具、エサ、いろいろ買い込んでいるとものすごい荷物になってしまった。
「配達しましょうか?」と、店員に声をかけられた。インコとそのケージ関係を配達してもらうように頼んだ。
臆病そうなハムスターは自分で持って帰ってやりたかった。
俺は、九月中旬の暑さをなめていたかもしれない。ケージなどの荷物を持ち歩いていると、汗が流れてくる。こっちも配達してもらえばよかったかもしれない。
そんなことを考えながら、公園の近くまで戻ってきたとき、ふとこの前の子どもたちのことを思い出した。
こんな暑い時間からあの子達いるんだろうか?
ちょっとだけ気になって、公園の中に入っていく。
昼の公園には、人がほとんどいない。熱中症になったら大変だから、さすがにいないかな。
「おにいちゃん」
男の子の声が聞こえたので、俺は辺りを見回してみる。すると公園の日陰にあるベンチに二人は座って手を振っていた。
関わりたくなかったはずなのに。
無視する理由もないので、荷物を持ったまま二人に近づく。
ハムスターを早く部屋にいれてあげたいけど、大丈夫だろうか。
二人のそばに行くと、男の子が笑顔で俺に青色の折り紙を差し出した。
「これはお母さんから?」と、俺が訊ねると、男の子は大きくうなずいた。
「これであそんでいいっていわれたんだよ」
女の子が満面の笑みを浮かべてそう言った。追い出す理由にされているなんて解ってないんだろう。
やりきれない気持ちになって、俺は
苦笑いをした。
「それなあに?」
男の子は俺が持っている袋を指さした。
「ハムスターを飼うんだ。ここにいるよ」
ケージとは別の小さな箱をスーパーの袋から取り出す。箱には呼吸をするための穴がいくつか開けられている。
二人は顔を見合わせ、興味深そうにその箱を見ている。
「見たいのか?」と、俺は面倒臭そうに言ってみる。二人は大きくうなずく。
「ちょっとだけだぞ」
面倒だと思いながら、箱からハムスターをそっと出してみる。彼はひどくおびえていた。
「かわいい!」と、みやびが言った。
「なまえはなんていうの?」と、男の子が言った。
二人は、俺の手のひらで怯えているハムスターをじっと見ている。
「名前はまだ決めてない。そういや、君たちの名前はなんだっけ?」
このハムスターは雄だったので、男の子の名前から付けようかと思った。名前を考えるのが面倒だったから。
「ぼくは、まさき。いもうとはみやびだよ」
「このハムスターは男の子なんだ。名前をまさきにしようと思うけど、どうかな?」
「ぼくとおなじなまえ?」
きょとんとした顔をして、まさきはすぐに満面の笑みを浮かべた。
俺はどう反応していいのかわからず、戸惑ってしまう。
「今日は、お腹すいてないか?」
戸惑いを隠すように言った。
「きょうはね、おかあさんがここあをつくってくれたんだよ」
みやびが言った。ココアぐらいでとても嬉しそうにしている。でも二人にとっては、うれしいことなんだろう。
「これでね、ぴあのをつくってくれたんだよ!」
みやびがポケットから、折り紙で作られたピアノを差し出す。
折るのが難しい鶴じゃなくて、簡単なピアノ。女の子が喜ぶのはピアノかもしれないけど、深読みしてしまう。簡単だから、ピアノにしたんじゃないか、って。
小二の頃に、おばさんがいろんな折り方を教えてくれたことを思い出した。
最初に鶴を教えてくれた。いろんなのを教えてくれた後、そのときついていたテレビドラマで、ピアノが出てきたんだった。
そこでおばさんは、『ほら、ちょっと形が違うけど、ピアノも作れるのよ』と言って、ゆっくり俺たちに教えながら折ってくれた。
この子たちの親は、ピアノを作るだけで教えようともしなかった。
出来上がったものを渡すだけ。暑い中、子供だましのようにこれだけ渡して外に追い出したんだろうと思う。
二人はまだ、親を疑うなんて知らない。
人を疑うことを知らないまま、大人になるなんて無理だと思う。
俺はいたたまれなくなって、ハムスターのまさきを箱に戻した。
「俺は帰るけど、二人でだいじょうぶか?」
「だいじょうぶ!」と、まさきが言った。
いつか、二人は俺のように現実を知るんだろうか。俺は一人っ子だったから、母さんの俺への気持ちを気付くのがたまたま早かっただけ。
俺に兄弟がいれば違っていたのかもしれない。それを思うと、慎二との出会いは俺にはラッキーな事件だったんだ。
でも、慎二は
あんなにいい両親に恵まれているのに。
二人を見ていると、俺はまだ幸せなのだと思えた。俺は二人を憐れんでいるのだろうか。俺にも人を憐れむ気持ちがあるんだな。
「暑いからここにいる方がいいぞ。熱中症でぶっ倒れるからな」
慎二は、俺を憐れんでいたのかもしれない。俺がこの二人に抱いている感情は、きっと慎二が俺に抱いていたものと同じ。
俺は、それに気が付くと少し心が軽くなった。そして、財布の中から十円玉を十枚取り出す。
「もし何かあったら、あそこにある公衆電話から電話してこいよ」
そう言ってみたものの、まさきくらいの年齢の子どもが理解できるのかと疑問に思った。
「みやび、ここで待ってろよ」
俺は、まさきを連れて公園の入り口にある電話ボックスに行った。
「まさきは何歳?」
「五歳だよ」
ちゃんとまさきの手は五を表している。
「数字はわかるんだな。じゃあ、これに俺の電話番号をかいておくから。何かあったらここにお金を入れて、この番号を押せば俺の携帯につながる。わかるか?」
俺は財布の中にあったホームセンターのレシートの裏に携帯番号をメモしてお金と一緒に手渡す。
「五歳ってことは来年、小学生だ。まさきはみやびを守りたいよな?」
意味が通じているのかわからなかった。同情や憐みかもしれなくても、二人を放っておけない気持ちが、俺を動かした。
「ぼく、みやびをまもれる?」
まさきの表情が曇っていた。ずっと不安だったのだろうか。兄として妹を守りたい気持ちがあるのか。
「のどがかわいたら、あそこのおみずをのんだらいいっておかあさんにいわれてるんだよ。おかあさんやおにいちゃんのいうとおりにしていればだいじょうぶだよね」
電話ボックスから出て、みやびの元へ戻る。
「そのメモとお金、なくさないようにしろよ。またな」と言って、俺は家に帰った。
関わりたくないという気持ちがあるのに、お金を渡したり携帯番号を教えたり、「またな」なんて言ったりしている。
こういうとき、児童相談所に通報するのが正しいのかもしれない。それが
一番面倒くさいことにはならないはずなんだ。
家に着いてしばらくすると、ホームセンターから、ケージとエサ、それからケージの中の小物などが届いた。
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