3-3 こども
途中で公園のそばを通ると、六時を過ぎているのに、小さな子ども二人が砂場で遊んでいるのを見つけた。
こんな時間に、親の姿がないことに疑問を抱いて公園の中に入っていく。公園の中で辺りを見回してみるけど、親の姿は見当たらなかった。
子どもたちに近づいてみる。かなり幼いように感じた。二人とも身体はかなり細く頬はこけている。
「家に帰らなくていいのか?」
俺は気になって声を掛けた。
子どもたちは、怯えながら俺を見る。大人が怖いのかもしれない。このくらい幼いと、高校生も大人に見えるはず。見慣れていなければ。
「ここであそんでてっていわれてるの」
男の子が力のない声で言った。
あまり
「ご飯はまだなのか?」
「しらないひとと、おはなししちゃいけないって、おにいちゃんにいわれてる」
「お兄ちゃん? 君たちにはお兄さんがいるのか?」
この二人の兄が、ここに置き去りにしているのだろうか。
「ううん。ちがう」
男の子は、かなり怯えているように見える。
「しんじおにいちゃんは、ここにいたらあそんでくれる」
「しんじおにいちゃん? もしかして、慎二と知り合いなのか。慎二といつから知り合いなんだ?」
俺がそう聞くと、きょとんとして顔を見合わせている。意味がわからないのかもしれない。
子どもは苦手だ。どう話していいのかわからない。
「俺、慎二とは友達なんだ」
とりあえずこう言えば、二人が怯えないだろうと思った。
「しんじおにいちゃん、おおきなこえださない。こわくない」
慎二は、幼い子が遅くまで遊んでいるのを見過ごせなかったんだろう。慎二なら二人を放っておかない。
「ぎゅうにゅうとかりんごもくれるよ」
女の子が言った。
「みやび、それはないしょだってば」
男の子が女の子の方にそう言った。女の子の名前はみやびというらしい。
みやびがシュンとしていると、どちらかわからないけど、お腹の音が聞こえた。みやびがお腹を押さえている。
「
俺の質問に二人は答えない。
二人の怯えた様子は、ただごとではないと感じる。親から、しばらく外にいろと言われているんだろう。ネグレクトだ。
慎二はその事がわかっていて、腹の足しになるものを二人に食べさせていたんだろう。
「肉まんとピザ、どっちがいい? 飲み物はカルピスでいいか?」
これくらいの子どもがどんなものを好むか、よくわからない。冷食なら冷凍庫にたくさんあるし、ペットボトルのジュースが冷蔵庫には必ずある。今、飲み物は、カルピスとコーラと麦茶があったはずだ。
二人はきょとんとしている。
もしかして、ピザや肉まん、カルピスを知らないのか?
二人を見ていると、それが食べ物や飲み物だとはわかってないようだった。
「肉まんやピザを知らないのか……」
かなり痩せていて小さいから、三歳くらいにしか見えないけれど、実際はもう少し大きいのかもしれない。
言葉はたどたどしい。でも意味が通じないわけではない。幼稚園に通ってないのかも。もしネグレクトなら、二
人の状態は納得できる。
「肉まんとピザは食べ物だ。カルピスはジュース。お腹すいてんだろ?」
俺の言葉に、みやびの表情がぱあっと明るくなる。
「みやび、おなかすいてる!」
無邪気に笑うみやびとは裏腹に、男の子の方は元気がない。
「それはおにいちゃんのごはんじゃないの?」
男の子は不安げに俺を見る。
「食べ物なら冷蔵庫にいくらでもあるんだよ。気にするな」
と、あまり自慢にならないようなことを自慢げに言ってみた。
二人は嬉しそうに顔を見合わせている。
俺は家に戻り、カルピスのペットボトルを冷蔵庫から取り出す。ピザは熱くなりすぎて食べにくいかもしれないと思い、肉まんを電子レンジにセットした。
「とりあえず、飲み物だけ渡しておこう」なんて独り言を言いながら、公園に戻った。
二人は砂場に座りこんで待っていた。カルピスの蓋を開け、持ってきたコップに注いで手渡すと、恐る恐る口に含んでいる。
「おいしい!」と、女の子は目をきらきらさせた。
「今、肉まん温めているから。これ飲んで待ってろよ。お父さんかお母さんは、いつ、迎えに来るかわかるか?」
そこで二人はしょぼんとした顔になる。
「わかんない」と、みやびが言った。
俺は面倒臭いことに関わってしまったような気がして、ため息をついた。
「二人で怖くないのか?」と、俺が聞くと、男の子の方が首を横に振った。
「みやびがいるからだいじょうぶ。それと、おにいちゃんがこわくならないおまじないもおしえてくれた」
子供だましだな。
慎二らしいと思った。
「どんなおまじない?」
「ふたりでわらっていたら、いいことがたくさんになるっていってたよ」
「ふうん……」
思わず冷めた反応をしてしまった。俺はそういう偽善っぽい話が好きじゃない。笑顔でいたらいいことがやってくるなんて、慎二らしいけど。
「肉まん持ってくるから、それ飲んでろよ」
温めた肉まんを皿に入れて、公園に持っていく。やけどさせたらまずいと思い、一つの肉まんを半分に割ってみた。こうすれば中のあんが冷めやすくなる。
「まだ少し熱いからもうちょっと待ってろよ」
二人は生唾をごくんと飲んでいた。
お腹のすき具合がひどいのだと思った。お腹の鳴る音もよく聞こえる。
しばらくして半分に割った肉まん半分をそれぞれに渡した。
「おいしい!」
「ありがとう、おにいちゃん!」
二人が、嬉しそうに言った。
誰かから感謝されるなんて、初めてだと思う。だから、どういう反応していいかわからない。俺は慎二のように気の利いた言葉をかけてあげられない。
ふだんこの二人は何を食べさせてもらっているのだろう。この痩せ具合だと、ろくに食べていないはず。
二人が食べ終わった後、手洗い場で口を綺麗にふいてあげた。
「俺は帰るけど、二人で平気?」
「だいじょうぶだよ」と、また笑顔を向ける。
なんだかやるせなくなって、俺は手を振りながら駆け足で家に戻った。
この子供たちが俺のこれからを左右することになるとは、この時には知る由もなかった。
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