3-2 冷静
野口刑事は、温厚な口調で人柄がそのままあらわれているような気がした。
それに対して井原刑事は、いちいち意地悪い。こちらも性格がそのまま出てるんだろう。
「冷静なんじゃないですよ。俺は小さい頃から、喜怒哀楽を出すのが苦手なだけです」
俺がそう言うと、「良太君は冷たくなんかないです」と、香奈が言った。
香奈のその言葉で、俺が香奈に視線を移すと、香奈は照れくさそうにうつむいた。
「父親も失踪してるんでしたね。だから親友の失踪にも動じることがないということか……。なくはないですね」
この人は俺の神経を逆なでしたいのだろうか。俺をわざと怒らせているとしたら、俺は動じないようにしなきゃいけない。疑われているだろうから。
「おじさんとおばさんが、慎二がいなくなったことを黙ってたのは、余計な心配させたくなかったのかと思います。すぐに相談してくれたら、探したのに……」
井原刑事は俺の言葉を聞いて、ふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべる。そして俺にそっと近づいて耳元でこうささやいた。
「ただの家出人探しではないような気がしてきました」
粘着質という言葉が似合うような口調。俺の目を見ているようだけど、目が細くてどこを見ているのかわからないだけに、気味が悪い。
「ごめんね。井原は疑い深くて。こんな感じだから、重要な捜査から外されたりするんだよ。親友が大変なときに嫌な思いさせちゃって……ほんとに、ごめんね」
野口刑事は、深々と頭を下げた。この人は俺に対して何も感じていないようだ。どことなく鈍感そうにも見える。人を疑うことを知らなさそうな人のいい雰囲気。
刑事には向いてなさそうで、井原刑事とは真逆だと思った。
「井原さん、子ども相手なんだからもっと優しく喋りましょうよ」
野口さんの言葉に、「ちっ」と舌打ちをした井原刑事はふと、香奈の方を見た。
「君、どこかで会ったことあるような?」
井原さんは香奈をじっと見ている。
香奈は、俺の後ろに隠れる。怖いんだろう。
「そんなふうに威嚇したらだめですよ。女子高生を口説くならもうちょっと優しい言葉じゃないと」
野口刑事の言葉に、井原刑事は深くため息をついた。
「私にはそういう趣味はない。昔どこかで見たことあるように感じただけだ」
「こんな大人しそうな女子高生と井原さんが会ったことあるわけないじゃないですか。昔、少年課にいたときに似ている子を見ただけでしょう」
井原刑事は、少年課にいたことがあったのか。だから、少年犯罪に鼻が利くのかもしれない。気を付けた方がよさそうだ。
「とりあえず質問を戻そう。高瀬君は松原君とドア越しで少し話しただけということでいいんですね。その後、誰かと会う約束があるとは言ってませんでしたか?」
井原刑事は俺の目をじっと見ている。目の表情がわからない。この人に見られたら心の奥底まで見抜かれそうで怖い。
「慎二は遊び歩くような奴じゃないから、帰り道に何かの犯罪に巻き込まれたとかそういうのではないでしょうか? 正義感のある奴だから」
目を合わさないように話す。この人の鼻はききそうだ。
「なるほど。喧嘩を止めようとして巻き込まれて拉致されたとか、体調崩してどこかで倒れてるとか、高瀬君は考えているんですね」
「中学生の頃、学校に行かずゲーセンで遊んでたら連れ戻しに来てくれことがあったんですよ。親思いで、誰からも好かれてる。ほんとうに、いい奴なんですよ。だから家出ではないと思います」
ちょっと淡々と言い過ぎたかな。
俺はそこで俯いて表情を隠した。
「親友だったら辛いね。事件性があるかどうか調べてみるから、君たちは勝手な行動しないようにね」
野口刑事が明るい声で言った。
井原刑事は空を仰いで何かを考えて
いるようだった。
「そういえば、慎二君の携帯は見つかってないんですか?」
香奈がぼそっと呟いた。
そういえば、慎二は携帯を持っていなかった。近所だから、持ってこなかったのかもしれない。
「松原君は、携帯を家に置いたまま外出してるんだよ。今は警察で預かって、いろいろ調べてるところではあるんだよ」
野口刑事は口が軽いのか、事件性がないと思っているからなのか、重要そうなことを簡単に口にしている。
「慎二の携帯の履歴で怪しいのはなかったんですか?」
俺は、誰でも思いつくような質問をしてみた。
「アドレス帳に登録されてる人数は多かったんだけどね、頻繁にやりとりしてるのは親御さんと高瀬君だけだったね。故意に削除していたとしても調べたらわかるからね」
故意に削除していたら表向きはわからない。野口刑事の口ぶりだと、香奈との履歴は残ってないということになる。
残っていたら香奈にもこの二人は何か聞き出そうとするだろう。それがないということは、慎二はこそこそ香奈と会っていたのにその履歴を故意に削除していたことになる。
「もういいですか? 香奈を送っていかないといけないんで」
俺はこれ以上話すことはないと思い、二人の刑事にそう言った。
「そうだね。今日はこれくらいかな。何か思い出したら井原と僕の携帯番号、これに書いてあるから電話して」
野口刑事に二人の名刺を渡される。
俺はそれをポケットにしまい、香奈の手を引いた。二人に軽くお辞儀をした後、駅に向かう。
「慎二君、事件に巻き込まれていなければいいよね」
香奈は不安げな顔をして俺を見る。
「あいつ、実はすごく強いんだよ。父さんに護身術とか習ってたくらいだからね。自分からは手を出すような奴じゃないけど」
「良太君は、慎二君のことすごく理解してるんだね。慎二君は誰からも好かれるタイプかもしれないけど、私は良太君の方が頼りになると思ってるよ」
香奈が、俺の手を引っ張り急に立ち止まった後、そう言った。目を合わせてすぐに照れくさそうに目をそらす。
こういう照れ屋なところがすごくかわいい。
「えっと、電車の時間に間に合わなくなっちゃう……」
照れているのを誤魔化すように香奈が歩きはじめる。
俺の手を軽く引っ張っていこうとして、手が離れそうになった。俺は離したくなくて、思わずぐいっと引っ張ってしまう。
「良太君……」
香奈がびっくりしている。
俺がそんな風にするとは思ってなかったんだろう。
自分でも驚いている。それを悟られたくなくて、俺は手をぎゅっと握ったまま駅に向かった。
駅に着いて、改札口の手前で香奈は心配そうに俺を見ている。
「だいじょうぶ?」
「え?」
「思いつめたりしないでね。心配になるのは当然だと思うけど、無茶しないでね」
「俺より、おじさんとおばさんが心配なんだ」
「そうだよね。良太君は、慎二君と家族ぐるみで仲が良かったんだったものね」
「うん、ころあいを見て、二人に会いにいこうと思う。おばさんの体調が悪くなってなければいいけど……」
これは、本心から出てきた言葉だった。おばさんは俺の中で理想の母親像になっている。
「電車、もうすぐ来ると思う。おじさんたちに会いたいんでしょ」
香奈は、俺の気持ちを察してくれたのか、あっという間に改札をくぐっていた。
「またあしたね」と言いながら、小さく手を振る香奈を、抱きしめたいと思うくらいかわいいと思った。
改札を通り過ぎて見えなくなるまで、香奈の背中を見送った。香奈が見えなくなって、俺は来た道を戻り、慎二の家に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます