第三章 動転
3-1 行方
二学期の始業式が終わり、俺は担任に呼ばれた。
「松原が家に帰ってないらしい。高瀬は松原と親しいだろう。何か聞いていないか?」
「いいえ、何も。慎二がどうかしたんですか。夏休みに一回、うちに来てますけど、いつからなんだろう……」
少し動揺しているように装ってみる。
「捜索願を出したことを聞いたんだが……。八月の中旬くらいから戻ってないようだ」
「八月の中旬……」
「高瀬は、松原のご両親から何も聞いてないのか?」
担任は、申し訳なさそうに言った。
「はい。夏休みは体調悪くてほとんど外出できなくて」
「このことは誰にも言わないように。生徒が動揺したらいけないからな」
「わかりました。誰にも言いません」
それ以前に、クラスメートと話すこともない。香奈には言うかもしれないけど。
俺は、鞄を取り教室を出た。
久しぶりにアキさんのカフェで、香奈とランチをすることになっている。
香奈を待たせているから走ってカフェに向かった。入り口のドアを開けると、アキさんが「いらっしゃい」と言って出迎えてくれた。
「香奈ちゃん、いつもの席で待ってるよ」
アキさんが店内の一番奥の席を指差した。
「香奈、ごめん。遅くなった」
香奈は、俺の声で読みかけの本を閉じて顔を上げた。
「先生に呼び止められてたよね。どうかしたの?」
「うん。誰にも言うなって言われたんだけど」
俺は、そこで声のトーンを落とす。
「慎二が行方不明らしいんだ」
俺は、香奈と目を合わさないように俯く。今、香奈の目を見たら、動揺してしまいそうだったから。
「慎二君が、行方不明……?」
香奈は、手にしていた本を床に落とした。香奈は動揺しているようだった。
俺は、あの日の二人を思い浮かべる。
「良太君、だいじょうぶ? 私よりずっと付き合いが長いから、心配だよね」
香奈は、気遣うように言葉を選びながら言った。
「おじさんたちから話を聞いてないから、どういう状況なのかわかってないんだ。学校からも口止めされた。夏休みに、慎二から何度か電話あったときに、ちゃんと話しておけばよかった」
こんなセリフがすらすら出てくる自分に驚いた。気持ち悪いくらい、嘘が出てくる。
「良太君、体調悪かったもんね。なんとなく思ったんだけど……」
香奈は言いにくそうにしている。
「何?」と、香奈の方を見ると、香奈は目をそらし、床に落とした本を拾う。
「夏休み、だったんだよね。良太君のお父さんがいなくなったの……。良太君が、夏休みに体調崩したのは、そういうのがあるからなのかもって」
香奈は、本をバッグの中にしまった。
「ごめんね。いやなこと、思い出させちゃったかな」
少し目を潤ませた香奈に、俺はどきっとする。
「いや、そんなことない。気を遣わせるようなこと言って、ごめん」
そんな会話をしていると、咳払いをしながらアキさんがオーダーを聞きにきた。
「入りづらい雰囲気だから、話しかけるタイミングがわからなくてさ」
アキさんにまで気を遣わせてしまったようだ。
「日替わりランチを二つ、食後はアイスコーヒーで」
俺は、香奈の方を見る。香奈は「うん、それでいいよ」と、微笑む。
「今日は、冷製スープときのこもりだくさんの和風パスタとサラダ。それでだいじょうぶ?」
アキさんは、コップの中にお冷を足しながら言った。
「俺、好き嫌いはないから、なんでも食べるよ。香奈はきのこ、食べられるんだったかな?」
「うん、平気だよ」
「そっか。じゃあ、作ってくるよ。ごゆっくりー」と、アキさんは、厨房へ戻っていった。
読んでいる本の感想を話していると、気が付いたら夕方の五時を過ぎていた。
「そろそろ帰らなきゃ。ごめんね」
香奈は申し訳なさそうにする。
「大丈夫。途中まで一緒に行こうか」
「うん、駅までね」
レジでアキさんと雑談をして、カフェを出てゆっくりと歩く。
すると、目の前に二人組の男が現れた。
「高瀬良太君だね」
背が高く、ややスリムな男がそう言った。後ろにはちょっと小太りで背が低い男。背の高い男は目が細くて、目の表情が読みづらい。もう一人はにこやかで表情が読みやすそうだ。
背の高い男が俺をじっと見つめてくる。
「なんでしょう?」と、俺は冷静に二人組を見つめた。この雰囲気、なんとなくだけど、警察?
二人は簡単に自己紹介をした。
「松原慎二君は君の親友なんだよね」
突然背の高い男が聞いてくる。
「慎二がどうかしたんですか?」
「捜索願が出てるんだよ。最後に慎二君と話したのが、どうやら君のようなんでね。外泊したことがない松原君が、連絡なく家に帰らない理由、君ならわかるのかなと思ったんだけど、どう?」
捜索願くらいで警察が出てくるのか? 真面目な慎二が家出はありえない、事件か事故の可能性ってところかな。
「最後に話したのが俺なのか、わからないです。夏休み、体調崩してて心配して電話くれたり家に来てくれたりしたようだけど」
「ようだけどということは、会ってないのかな?」と、小太りの方の刑事が言った。
「ドア越しには話しました。でも、風邪をひいて熱もあったので、部屋から出てないんです」
「部屋から出てないことを証明できる人は?」
背の高い男は、意地の悪い言い方をする。
「母は仕事で留守だったと思います。でも、俺が部屋からほとんど出てないのはわかってるはずです」
「同じ家に住んでいるのに、わかってるはずとは、おかしな話ですね」
ねちねちと追い詰めるように話をするこの男には、用心しないといけないと思った。
「いきなり質問攻めなんて失礼じゃないですか?」
香奈が助け舟を出してくれた。香奈の俺を心配そうにみつめる目で、微妙に焦っていた気持ちが落ち着いてきた。
「順番間違えちゃったね。恐がらせちゃったかな。井原さん、圧がこわいんですよ、気をつけてくださいね」
と、小太りの男がそう言いながら、やんわりと制した。
「少年課時代のクセがでてしまったみたいだ。野口、すまないな」
背の高い方が井原刑事、小太りの方が野口というらしい。手帳を見ただけで、名前はチェックしていなかった。
「わざわざ俺に聞かなくても知ってることあるんじゃないですか」
本当は手に汗かいているくらい、びくびくしてる。でも、淡々と動じてないようにふるまう。
「親友が行方不明というのに、冷静だよね。最近の子は、ドライなんだね」
「予想外の出来事に誰もがパニックになるとは限らないですよ。大人でもトラブルに弱くてうろたえる人いますし。頭の回転が速い人は、簡単にはパニック状態にならないんじゃないですかね」
野口刑事の言葉に、井原刑事はめんどくさそうに「それもそうだな」と言った。
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