2-2 核心
どう返信しようかと悩んだ。
香奈は悪くない。信じているけれど、会うのが怖いと思う気持ちもある。とはいっても返信しないと香奈が心配してしまうだろう。
『まだ課題に手を付けてない。ある程度できたら連絡するよ』
この返信で心配しないだろうか。そう思いながら、送信ボタンを押す。
すぐに『課題でわからないところをまとめておくね』と返事が届いた。
短い文章の中に、香奈の気遣いを感じる。押し付けない優しさがあるように思う。
慎二がいなければ、香奈は確実に俺だけのものになる。そんなことを考えながら、ベッドに横になり、青い薔薇を見つめながら眠りに就いた。
八月も半ばになる。そろそろ香奈と会いたい。課題を教える約束もある。
そろそろメールしておかないと、と思い携帯を手にしたとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「良太、いるんだろ」と、慎二の声がドアの向こうから聞こえる。
俺が返事しないでいると、ドアを思い切り叩きはじめる。
「どうして着信拒否してんだよ。おばさんも心配してるぞ。何があったんだよ」
どこまで善人ぶるつもりなんだろう。
無視していても、ドアを叩く音は鳴りやみそうもない。その音が煩わしくて俺は布団に潜り込む。
突然、バキ! という大きな音が聞こえたと思ったら、ドアが壊されていた。そして慎二が俺の部屋の中に入ってきて、布団を勢いよくめくった。
慎二と目が合う。珍しく怒っている表情だと思った。
「何があったんだよ。ゲーセンでバカな奴らとつるむよりはマシだけど、周りを心配させるのはよくないだろ」
「……そんなことより、ドア、壊すなよ」
「どうせ良太のことだからこれくらい簡単に直すんだろ。そんなことより、何があったか話せよ」
いい人ぶったその仮面の下で、俺のことを嘲笑っているんだろう。演技がうまいんだな。
俺は慎二と目を合わすことなく「出て行けよ」とだけ言い放った。
「お前が何もないのにこんなことするわけない。長い付き合いだから俺にはわかるんだよ。何か悩んでることがあるんじゃないかって、心配なんだよ」
何か悩んでるって?
そうだよ、お前が俺の香奈を奪ったことだよ。
俺はそれを言いたくてたまらなかったけど、言葉に詰まった。
父さんがいなくなった時、俺をいつも励まそうとしてくれてた慎二を思い出したから。あれは偽の優しさだったのかと思うと、香奈のことと合わせてむかついてきた。
「慎二、俺に隠し事してないか?」
慎二の口から真実が聞けるとは思えなかったけど、俺は訊ねた。
慎二は首を傾げながら、俺を見る。
「夏休みが始まった日、お前、何してた?」
俺は核心をつく。
慎二は俺をじっと見ている。
「夏休み入ってからは、バンドの練習でしか外出してないんだけど」
慎二が嘘をついてる。
「あの日、夏休みの初め、交差点で、お前、誰と一緒にいた?」
「え?」
慎二は俺を凝視した。
「あの日? ああ、ちょっと待てよ、見てたなら話しかけてこいよ」なんて言いながら笑っている。
そこは、笑うところじゃない。
「香奈は俺のものだ」
俺は慎二を睨みつける。
慎二は驚いた顔をして、俺を見ている。
「ちょっと待てよ。意味がわからない」
まだシラを切るのか。
「お前、何か勘違いしてないか?」
慎二は笑い飛ばそうとする。
そうはいかない。
「香奈を騙してるんだろ?」
俺は慎二に詰め寄る。
慎二はそこで笑い始めた。
「俺が香奈を騙す? どういう発想したらそうなるんだよ」
俺はかっとなって、慎二を突き飛ばす。
慎二は倒れた瞬間、ベッドの角で頭を打った。鈍い音が部屋に響く。
俺は何が何だかわからなくなって、慎二を殴り続けた。やっぱり俺を嘲笑ってた。馬鹿にしてたんだな。
手が痛くなってきて殴るのをやめてみる。気が付いたら、慎二は動かなくなっていた。
「慎二?」
声をかけてみる。
慎二は息をしていないように見えた。
「しん……じ?」
もう一度声をかけてみたけど、反応がない。
動かない。
動かなくなった慎二に触れるのが怖かった。怖くなっていた。
息をしているかどうか、確認するのも怖かった。
俺は一階に降りて母さんがいないことを確認した。
今日も仕事のようだった。
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