第一章 回想

1-1 公園

 この町に引っ越してきたのは、四歳の頃だった。引っ越した頃の鮮明な記憶がある。


 俺は、父さんと散歩をしていた。手を引かれ辿り着いたところは、家から歩いて数分の広い公園だ。

 そこでは、沢山の子供達が遊具で遊んでいた。その中に入ろうにも、戸惑って足がすくんでしまう。俺は、父さんの左手をぎゅうっと握ったまま、うつむいていた。

「どうした良太。好きな遊具で遊んでおいで。友達、できるかもしれないぞ。父さんは、ブランコのそばのベンチで本を読んでいるから」

 父さんはベンチがある方を指差したあと、俺の手を離した。

 家で一人遊びしかしたことなかった俺は、沢山の子供たちの中に入っていくのが怖かった。おどおどしている俺を父さんは砂場まで引っ張っていく。

「砂遊び、面白いぞ。砂をこうやって集めて山を作って、この山のふもとから反対側に向かって穴を掘れば、ほら、トンネルが出来るだろ。向こう側と繋がる瞬間はわくわくするぞ」

 簡単で面白そうだったから、砂場で遊ぶことにした。これなら一人でもできるように思えた。

 そのとき俺は、家に一人にしてしまった母さんのことを思い出し、父さんに、俯きながら小さな声で呟いた。

「おうちにいなくてもいいの?」

「だいじょうぶだ。今、お母さんは台所のお片付けをしている。お母さんの仕事だと言ってたからね。邪魔しちゃいけないから、良太とここに来たんだ。父さんも、小さい頃は公園でお友達と遊んでたよ」

 母さんが俺を見る目は、父さんが俺と一緒にいるときの目とは違うように感じていた。

 俺が目障りで邪魔だという目。母さんの冷たい目を、そんな小さい頃から感じていた。そんな母さんでも、その頃の俺にとってはまだ大事な母親だった。

 でも不安になっていた。母さんを一人にしたことを、あとで咎められるのではないか、と。

 四歳の俺がそこまで考えていたのかは定かではないけれど、母さんが俺を見る目が冷たいと感じていたのは勘違いではなかった。

 父さんの「だいじょうぶ」という言葉が、俺の背中を押した。

 きょろきょろしながら、砂場に向かう。辿り着いたら、砂場の隅っこで父さんに言われたように、まずは山を作ってみることにした。

 父さんが教えてくれた通りに作っているつもりなのに、うまく作れない。一度見ただけでは、コツがつかめなかったのだろう。

 周りをみると、たくさんのこどもたちが、いろんな遊具で遊んだり鬼ごっこをしたりしている。そんな中で、今にも崩れそうな砂の山を見つめ、俺は泣きそうになっていた。

 そのとき、「ねえ、それ、トンネルだよね。僕も一緒に作ってもいい?」と、話かけてきた男の子がいた。

 年齢は俺と同じくらいに見えた。妙に人懐っこい目だった。俺はどう返事をすればいいのかわからなくて、すぐに目をそらしてしまう。

 このとき話しかけてきたのが、松原慎二。ずっと親友だと思い込んでいたやつとの出会いだった。



 この町に来るまでは、都内の高層マンションに住んでいた。そのマンションを選んだのは母さんだと聞いている。

 それなのに母さんは、「一戸建ての家が欲しい」と言ったらしい。

「私と良平さんの実家の近くに家を建てましょ。そうしたら、ときどき良太を預かってもらって、二人の時間が作れるでしょう。家事や育児ばかりじゃ息が詰まるの。昔みたいにデートしたい」

 その話を聞いたのは、中学一年の春だった。母さんの俺に対する感情を、そのとき理解した。母さんは、俺といるよりも父さんといる時間の方が大事だということ。

 俺は母さんに失望した。いや、違うな。失望というのは期待しているから感じるものだ。失望というより、諦めがついたというべきかもしれない。

 望んだ通りこの町に引っ越し、母さんは前よりいらいらしなくなった。俺が慎二と仲良くなり、俺が家にいる時間が減ったからだと思う。

 ますます母さんは、父さんしか目に入らなくなっていたけれど……。子どもながらに、俺は母さんにとってどうでもいい存在なんだと思い始めていた。



 俺が、小学四年生になった頃だったと思う。

 いつものように公園で慎二と遊んでいたら、「今から、僕の家に来ない?」と、慎二が言った。

「家では遊べないんじゃなかった? お母さんの身体が弱いから、騒がしくしたらいけないって」

 慎二は、できるだけ外遊びをして大好きな母親の負担にならないようにしていた。

「僕が良太の話をしたらね、お母さんが良太に会いたいって」

「それなら、行きたい」

「じゃ、今から行こう」

 公園の南側の出口のそばにある慎二の家の門を抜けて、慎二が玄関のドアを引いた。

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