第二話 相変わらずのくたびれ儲け

 どうにか監視塔へたどり着くと、学内の警備用ゴーレムの管理をしている魔女が展望台で出迎えてくれた。


「いやー、ご苦労さん」


 今までにも何度か顔を合わせたことのある彼女は、事情を把握しているらしく我々に同情のまなざしを向けた。


「校長から連絡は受けてるよ。こんな状況で、夜間飛行は大変だっただろう?」

「どうも」

「あー、それでだ。急いで来てもらっておいて悪いんだけど、学内を巡回させているゴーレムからは何の情報も入ってきていないんだ」


 予想外の展開に、私は箒を手にしたままハールと顔を見合わせた。監視塔の魔女が困ったように苦笑を浮かべて、階下へと続く階段を指し示した。


「何か反応があったら教えるから、それまでは休憩室で休んでいるといい。部屋にある軽食は自由にどうぞ。天井が低いから、ノイデは頭をぶつけないように気をつけて」

「はあ、ありがとうございます……」


 学校の歴史を綴るタペストリーで飾られた円形の休憩室には、監視塔の魔女が言った通りにキノコ茶とビスケットが用意されていた。


「せっかくですし、休憩がてらいただきましょうか」

「そうしようか」


 部屋の中央にどっしりと置かれたラウンドテーブルには、精巧な学内の模型がのせられていた。模型の中では、ミニチュアなゴーレムがちまちまと動き回っている。


 それをぼんやりと眺めていると、ハールがビスケットをかじりながらやってきた。


「その模型、警備用ゴーレムの動きと連動してるそうですよ?」

「あー、そうなんだ」


 模型では、この監視塔を中心に学内の施設が再現されていた。


 北西に広がる針葉樹林に囲まれた霧の湖と、畔にそびえるチェリーヴァーレ城。西の結晶洞窟に、旧神族を祀る東の原生林と古代遺跡。

 そして南東の湿原と、『外』へ繋がるゲートが隠された遮りの沼。


「……警備用ゴーレムの配置、ゲート側に偏りすぎでは?」

「まあ、出入り口はそこしかありませんから」


 王立チェリーヴァーレ魔女学校は、外界から隔絶された空間に存在する。『外』への脱出には、どうあってもゲートを使うしかない。


「警報と同時にゲートは閉鎖されましたから、犯人に逃げられる心配はありません。なので、後は盗品を取り戻すだけなんですけど……」


 そう言って壁際のソファーにどさっと腰を下ろしたハールが、皮肉げに吐き捨てた。


「犯人の居場所がわからなきゃ、どうしようもないですねえ」


 とはいえ、落ち着いてもいられない。


(今回は、せめて一週間以内に解決したいところだ)


 実は私が入学したばかりの頃にも、今回のような宝物庫への侵入騒ぎがあった。

 当時も犯人は一向に捕まらず、貴重品の紛失は確認されなかったとして捜索が打ち切られるまで、私たちは一ヶ月近くも学内に閉じ込められる羽目に陥った。


 ちなみに、その時の犯人は今も行方が知れず学内に潜伏したままと噂されている。


「……そういえば、今回は何が盗まれたんだっけ?」


 ふと、思い出してハールに尋ねると、渋い表情でキノコ茶をすすっていた私の相方は怪訝そうに顔をあげた。


「まさか貴女、校長の説明を聞いてなかったんですか?」

「だって、前置きが長すぎて」

「面倒臭がらず、少しは自分の脳みそを使わないと劣化しますよ」


 そう呆れ返りながらも、親切なハールは「盗難にあったのはドラゴンの血だそうです」と簡潔に教えてくれた。

 その答えに思わずがっくりとして、私は愚痴をこぼした。


「なんだ。たかが、ドラゴンの血か」

「ちょっと、ノイデ」


 非難の声に顔を向けると、ハールは憮然とした表情で私を凝視していた。


「どうして、よりにもよって貴女がその反応なんですか?」

「何が?」

「貴女の育て親って、ウィッティヴィ・アーマーストンですよね? 養育院の子供でさえ、彼女の著書を読んだことくらいはありますよ」


 その忌まわしい名前を耳にして、思わず眉間にシワがよった。


 ウィッティヴィ・アーマーストン。


 沈黙の海を単身で突破して北大陸へと渡った冒険家であり、ドラゴンの研究の第一人者であり、この学校の卒業生であり、私の育て親でもある魔女の名前だ。


 魔女にとっては数々の歴史的発見をものにした偉人であるのかもしれないが、私にとっては最低最悪の育て親だった。二度と顔も合わせたくない。


「もちろん、盗まれたドラゴンの血はウィッティヴィ・アーマーストンから寄贈されたものだそうです」

「そんなもの、別に盗まれたままで構わないのに……」

「なーに、ほざいてるんですか」

「痛っ」


 なんの躊躇もなく私の向こう脛を蹴りつけたハールは、真剣な顔をして言った。


「ドラゴンの血なんて、放っておけるわけないじゃないですか」

「今は、この国でも一般的に普及してるものなんじゃないの?」


 ドラゴンの血には魔力が含まれている。そのため、北大陸では妖精たちの手によって魔法薬の材料とされたり、結晶式ランタンの燃料とされたりと、便利に活用されてきた。


「いや、北大陸と一緒にしないでくださいよ」

「そうかなあ」


 単に、ハールが気づいていないだけではなかろうか。しかしそう指摘しようとした途端、耳を疑うような発言がハールから飛び出してきた。


「そもそもドラゴンの血なんて超高濃度の魔力の塊、魔女にとっては劇物ですよ。たった一滴で、千人は殺せます」

「はあ?」


 嫌な予感はしたが、確認せずにいられなかった。


「その、ドラゴンの血が劇物だとかっていう知識は……、どこで仕入れたもの?」


 するとハールは、誇らしげに答えた。


「学校へドラゴンの血が寄贈された際に、ウィッティヴィ・アーマーストンの講演会が催されたんです。学外からも取材が押し寄せたものですから、席を確保するのが大変で」

「…………」


 当然ながら、たかがドラゴンの血にそこまでの魔力は含まれていない。


(あのペテン師は、また、適当に話を盛って……!)


 けれど、その嘘を指摘できる者はこの国に存在しない。


「……そもそも、どうして犯人はドラゴンの血なんて盗んだんだろう?」

「? 何です、急に」


 世も末なことに、あのペテン師は近く女王陛下から直々に爵位を賜るという。

 基本的には貴族主義なこの学校でさえも、『我が校の教育の成果』として早々に祝賀会の準備までしているほどの歓迎ムードだ。


 そんな輝かしい業績を持つウィッティヴィ・アーマーストンに対して、見事に落ちこぼれている私が、そのペテンを指摘したところで信じてもらえるはずもない。


「だってさ。この国でドラゴンの血が希少なものであるとしても、ここの宝物庫じゃないと手に入らないってものでもないし」

「いや、他じゃ絶対に手に入らないですよ。唯一無二です」

「北大陸へ渡れば、いくらでもドラゴンがいるけど?」


 するとハールは、呆れ顔をした。


「誰もかれもが、ウィッティヴィ・アーマーストンにはなれませんって。北大陸へたどり着くこと自体が、歴史的偉業なんですから」

「この学校の教師どもを敵に回すよりは、沈黙の海を突破する可能性にかけた方がはるかにマシだと思うけど」

「まあ、それはそうかもですけど……。腕試しという可能性もありますよ? ここの宝物庫に侵入できたというだけで、その手の世界では箔がつきますから」

「腕試しにしては、リスキーすぎでは?」

「だったら、ウィッティヴィ・アーマーストンの熱狂的ファンという可能性も」

「うへー、趣味の悪い」


 思わず呟くと、途端にハールの眉がつり上がった。


「ちょっと、趣味が悪いとは何ですか」

「別に、ハールの悪口を言ったつもりはないけど」

「いーえ、言ったも同然です!」

「ええ?」


 それからは、何となく互いにだんまりとしてビスケットを齧った。そしてすっかりキノコ茶も飲み終えてしまっても、監視塔の魔女からの連絡は届かなかった。


(さて、どうしよう)


 こうも警報がやかましくては、仮眠をとることもできない。この先どうやって時間を潰そうか考えていると、私と同じくぼんやりとしていたハールが呟いた。


「実は、私も気になっていたことがあるんですよ。今回の件、ちぐはぐなんです」

「ちぐはぐ?」

「ええ。今も騒がしく鳴っているこの警報なんですが、どの段階で侵入者を検知したかによって微妙にパターンが異なるんです。このパターンは警戒レベル1相当、学内への侵入者がゲートで検知された時に鳴るやつです」

「へえー、良くそんなこと知ってるね」

「ちょっと、昔に調べたことがありまして。それで、おかしいんですよ。今回は宝物庫内部に侵入を許したあげく、収蔵品を盗難されているんですから。本来なら、最低でもレベル6の警報が鳴っているはずです」

「ゲートでは失敗したけど、宝物庫ではうまく切り抜けたとか?」

「だから、それが変なんですってば。ゲートと宝物庫では、警備システムの精度が段違いです。宝物庫で好き勝手動けるだけの実力がありながら、ゲート付近で検知されるなんて絶対にありえません」

「なら、何か目的があってわざと警報を作動させたとか」

「あのですねえ」


 と、ハールがため息をついた。


「そんなことをして、犯人側に何の得があるっていうんですか。わざとゲートを閉鎖させて、『外』への逃げ道を自分から潰してしまうバカなんて……」

「……?」


 途中で言いよどんでしまったハールに、私は呼びかけた。


「ハール?」

「……ノイデ、行きますよ」


 彼女は、何事かに気づいたらしい。

 顔色を変えて立ち上がったハールは休憩室の入り口に立てかけていた箒を引っ掴むと、足音荒く階段を駆け上がっていった。


「あ、ちょっと! 君たちっ?」


 すれ違った監視塔の魔女が呼び止めてきたが、ハールはそのまま走り抜けた。

 そして展望台の窓から箒で飛び出していった彼女の背を追って、私も仕方なく警報の鳴り響く夜空へと飛び込んだ。

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