題詠100首2023

松本直哉

題詠100首2023

五十嵐きよみさん主催の「題詠100首」完走いたしました。主催の五十嵐さま、お世話になりありがとうございました。


2023-001:引 引き潮やあらはれいづる磯浜に春日を浴びて蟹とたはむる


2023-002:寝 みみづくも濡れそぼつらむひさかたの雨音しげく聞こゆる寝覚め


2023-003:古 糺の森の古本市にあがなひぬ『レイン・ツリーを聴く女たち』


2023-004:耳 肩越しにふりむけば青 耳もとに真珠の耳飾りひからせて


2023-005:程度 ある程度煮立つてくればさし水でしづめてしがなたぎる思ひを


2023-006:確 右ひだり異なる深さ 不確かな足あとつけて森へ消えゆく


2023-007:おにぎり 炊きたてのごはんは熱くおにぎりをにぎりをはれば火照る手のひら


2023-008:較 較ぶれば夢まぼろしのごときかな憂しと見し世を遠くはなれて


2023-009:一時 一時預かり荷物係にたましひをあづけていまはからだかろやか


2023-010:愚 愚かなる神の御業か なきがらのみつからぬまま幾世経ぬらむ


2023-011:イメージ 「イメージを変へてみたくて」卒業のあくる日に髪あかく染めにし


2023-012:娯 ファルファッレ、タリアテッレにフジッリとこころ娯しき日々のあけくれ


2023-013:講 心をばなににたとへむ休講を知らずに待てるへやのあかるさ


2023-014:ほんのり ほんのりと汗ばむ額 泣きじやくる子をなぐさめてねむらしむれば


2023-015:戸 ガラス戸に当たる小石を合図とすすべてを捨てて逃げだす手筈


2023-016:険 鳩ならば険しき峰をとびこえてつのる思ひをつたへなましを


2023-017:俳句 手になじむ俳句歳時記胸もとに棺のふたはとぢられにけり


2023-018:就 「眠りとは小さき死」とふことわざを思ひ出でつつ眠りに就く夜


2023-019:賀 「紅葉賀(もみぢのが)」ひもとく夕べ篳篥と笙のしらべにみつる行間


2023-020:みじめ 「レ・ミゼラブル」読みつつ思ふ misery とみじめは同じ語源やいなや


2023-021:雫 雨あがり葉末に銀の雫して野辺のみどりぞ色まさりける


2023-022:重 花びらに十重に二十重につつまれて薔薇のしとねのなかのまどろみ


2023-023:毎日 ぬばたまのロザリオたぐる毎日のいのりこそわがささげものなれ


2023-024:禿 禿げかたの美しいひとにあこがれる たとへばゲオルク・ショルティのやうな


2023-025:混 かき混ぜて流しこむときじゆわわわとかなしき音を立ててかたまる


2023-026:子ども 子どもらに朝な夕なに飯かしぐさみしきわざをわれはするかな


2023-027:著 後ろ手にブラの留め金はづしけり月かげ著くてらす横顔


2023-028:役所 時は春時間は正午玲瓏とカリヨンの鳴る市役所広場


2023-029:絶 不発弾遠巻きにして人絶えし昼のしづもり鳥なきわたる


2023-030:グラム 身まかりし数日前に途絶えたるインスタグラム見つつ偲びぬ


2023-031:貿 貿易商グラバー邸よりながむれば波しづかなる長崎の海


2023-032:抜 トンネルを抜ければ流竄 われこそは新島守とつぶやいてみる


2023-033:ひらひら ひらかたのさくらひとひらひらひらと春たけなはとなりにけるかも


2023-034:倣 一羽鳴き二羽が倣ひて三羽和す 夜明けを告ぐる鳥たちのうた


2023-035:測 おととしの柱の傷ものこりけり姉と妹と測りあひし日


2023-036:削除 削除また削除のすゑにあらはるるりんごの芯のごときたましひ


2023-037:荻 うしろから目隠しされてふりむけば春の日暮れの荻窪駅前


2023-038:ゲーテ 邂逅はいかなる火花散りにけむ老いたるゲーテと若きベトヴェン


2023-039:吊 さかさまに吊るして春を惜しみけり花のにほひはうつろひやすく


2023-040:紺 なすの紺ししたうの青かぼちやの黄いろとりどりの夏揚げにけり


2023-041:覗 たらちねの母の裳裾に隠れしが片目覗かせ笑ふをさなご


2023-042:爽やか 爽やかな風吹きわたる緑蔭に弔問の列とぎれざりけり


2023-043:掻 掻きくらし地軸は揺れて幕裂けつなにゆゑわれを見捨てたまひし


2023-044:批 マルクスのヘーゲル批判読みあきて空見上ぐればひとすぢのくも


2023-045:筏 軽やかな筏に乗りて漕ぎいでな夏の一大紺円盤へ


2023-046:憐れ 聖堂に「憐れみたまへ」の声満てり愚かの神に祈るべけんや


2023-047:塀 近寄れば塀の上より飛び降りて悠々として歩み去る猫


2023-048:伺 伺へど休診の札かかりをり熱のある子の手を引きかへる


2023-049:水仙 水仙のかをりただよふリビングに離婚届の紙薄かりし


2023-050:範 庭先に干す衣にもジャスミンのにほひうつれば夏の範疇


2023-051:履 サンダルを素足に履いて子どもらのシャボン玉吹く夏は来にけり


2023-052:全体 反省の色は何色 全体に霞みがかつた夕空の青


2023-053:党 両岸にブラームス党ワグナー党 行く川の流れはたえずして


2023-054:いよいよ 陽炎や刀も折れて矢も尽きて「いよいよですか」「いよいよですね」


2023-055:釘 ゴルゴタに釘打つ音ぞ聞こゆなる三たび否めば行きどころなき


2023-056:謙 謙譲のことばはいらず 口紅を弾丸として世を塗りかへむ


2023-057:ライン そのかみのラインの河に身を投げし人思ひつつ弾く〈予言の鳥〉


2023-058:箇 同じ箇所くりかへし弾く音聞こゆブルグミュラーの十六分音符


2023-059:診 ここが足ここが頭と助産師の触診の手のあたたかく撫づ


2023-060:醤油 たのしみは生姜醤油に厚揚げをあてに一献傾くるとき


2023-061:庇 暗闇に慣るるまでの間ながかりき涼をもとめて葦簀の庇


2023-062:魔 いつまでも来ぬバスを待つをさなごを背負へば重し睡魔に負けて


2023-063:こぶし ひさかたの光あつめて咲きぬらむこぶしの花の輝ける白


2023-064:閣 楼閣はくづれおちたりどろどろのデブリの毒を吐きだしながら


2023-065:状 今日もまた「東部戦線異状なし」ドニプロ河に血潮はながれ


2023-066:二階 二階より伝つておりる縄梯子この世の外のいづこなりとも


2023-067:乞 足おそき人にうまれて雨乞ひのダンスを踊る大会前夜


2023-068:捕 捕はれの姫にあけくれ読みきかすダナエと雨の恋物語


2023-069:トンネル うながされ子らは帰りぬ夕暮れの砂場にのこるトンネルひとつ


2023-070:請 アンコール請はれて吹きし横笛のシチリアーノはうれひにみちて


2023-071:感謝 いにしへのリディアの調べにて歌ふ病より癒えしものの感謝を


2023-072:惰 わぎも子よいざ旅に出ん安逸と懶惰のくにへ愛しあふため


2023-073:からくり からくりはからくれなゐに染められて罠にかかりぬ森のきつねは


2023-074:腫 泣き腫らすまで泣いて流るる涙川われてもすゑにあふよしをなみ


2023-075:案内 案内もしるべもなくて踏み迷ふ有為の奥山雨ふりやまず


2023-076:灰 燃えつきて灰になるまで見まもりぬわかれし人の文を焼きつつ


2023-077:畳 石畳ふみつつゆけばふうわりとバゲットかをるラテン区の朝


2023-078:スマート スマートフォンかざしててらすぬばたまの闇の奥処にひかる猫の眼


2023-079:僅 永遠を僅かなりともかいまみるために夜な夜な夢みるわたし


2023-080:載 たましひのわびしげなればたましひを回転木馬に載せて見てをり


2023-081:手ごたえ 手ごたえに掘る手をとめる 夏くさやつわものどもの夢はうたかた


2023-082:侮 いささかの軽侮の思ひなくもなし生産性とふことばきくとき


2023-083:浄 野の百合の咲く花野こそ浄土なれ働きもせずつむぎもせずに


2023-084:授業 訃報来て授業なかばの早退けの頬青ざめて帰りきたりぬ


2023-085:潤 たまきはる命なりけり売られゆくうるめいわしの眼は潤みたり


2023-086:派手 をんなもすなる派手なルージュといふものををとこもしてみんとて したいな


2023-087:汰 「ご無沙汰」の声なつかしい新学期ばさりと切った髪が似合うね


2023-088:メンバー ひな壇にメンバーひとり欠けたれば色うしなへり三人官女


2023-089:癒 飲みほして渇きを癒す船の上それが媚薬と知らないままに


2023-090:諮 逃げ道を仲間に諮る籠城に夜ごと聞こゆる敵陣のうた


2023-091:ささやか 潮騒のさゐさゐしづみささやかにささやくやうにうたひつづけよ


2023-092:房 あやしつつ乳ふふまするをみなごの白き乳房をたふとしと見つ


2023-093:預 泣きさけぶ子をうしろ髪ひかれつつ預けきたればなみだわきいづ


2023-094:希望 希望とふ羽をもつ鳥たましひの奥処にありてひそかにうたふ


2023-095:滴 ほたる見にゆきませうよとさそひ来る洗ひ髪より滴垂りつつ


2023-096:雌 来む世には雌雄同株の野の百合のすがたにてこそ生まれかはらめ


2023-097:天気 天気図に梅雨前線たゆたへばわがこころにも雨のそぼふる


2023-098:辱 栄辱も一炊の夢 夕べには白骨となるこの世のならひ


2023-099:備 備へなくうれひもなくて露の世をあそびをせんとうまれけるかな


2023-100:掛 半身をぬらしてきみの差し掛くる傘にはいれば世界はふたり

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