雨の日の出来事
涼
雨の日の君
君とは、道路が冠水するほどの、大雨の日に出逢った。
(なんて、綺麗な人なんだろう…)
駅の構内で、傘を持たない(持っていたとしても、意味をなさないだろう)、僕の横に、君は立っていた。
君は、どこか、悲しそうで、上だけを、見つめてる。余りに、綺麗な人だったから、僕は、思わず、凝視してしまっていた。すると、君が、僕の方を見た。僕は、
(やば!見てたの、見られた!)
電車や、バスの中で、何となく、目が合ってしまった時の気まずさが、まさに今、起きてしまっている。
「貴方も…傘、ないの?」
「え…?」
君は、僕が、見つめていた事なんて、なんの気にもしないよ、みたいな人懐っこさで、話しかけてくる。それも、見ず知らずの男に。しかも、こんな、僕みたいな冴えない男に…。
「じゃあ、走りますか!」
「え!?」
君は、大雨の中を、僕の手を握りしめ、走り始めた。
「早く早く!」
「………!」
僕の心臓は、マックスで高鳴った。
バシャバシャの道路を、膝上まで水に浸りながら、僕らは、途中から、ズボッ!ズボッ!と水をたーっぷり含んだ洋服で、走るどころか、歩くのさえ、難しい状態になっていた。
雨も、止みそうにない。
君は、多分、OLなのだろう。パンツスーツで、ローヒールのパンプスを履いていた。そのパンプスは、もう、履けないだろうな…なんて、勝手に、君のパンプスの寿命を気の毒に思った。
「あ!あそこ!あの公園の滑り台の上なら、しのげそうじゃない?」
君は、僕の手を握ったまま、そう言った。
「な…なんで…」
「んー…、家、近くないよね?」
「え…なんで…」
「まだ、
「え…なんで…僕の名前…」
「さぁ…?なんででしょう?」
君は悪戯っぽく笑って、滑り台まで、僕の手を離さなかった。雨は強くなる一方。君の濡れた髪の毛が、どうにも色っぽくて…、僕は、滑り台の上、という至近距離で座っていなければならないこの状況を、なんとも言えない心境で、過ごしていた。
「…その靴…もう、履けないですね…」
「敬語なんていいよ。私、英君の事、ずーっと好きだったんだ」
「え!?」
君の、余りにも突然すぎる告白に、僕は、目を丸くした。
「私、綺麗?」
「え!?」
君は、本当に驚く事ばかり言うし、聞く。
「私、綺麗?」
君が繰り返す。
「う…うん。…凄く…」
「やったぁ!英君、今の私なら、好きになってくれた?」
「ど、どういう…意味?」
「う~ん…想い出せたら、想い出してよ」
「何処かで…会った事、ある?」
「それを、想い出して」
君は、さっきみたいに悪戯に笑ったけれど、それは、さっきより、寂し気に見えた。
「あの時ね…」
そう言うと、君は言葉を連ねるのをやめた。そして、静かに、雨空を見上げていた。まつげは長くて、肌は白い。
でも、だんだん、不思議な感覚に囚われて来た。
君が…、君の姿が、薄れて行く…。
「雨が…止んじゃう…。ごめんね。もう、行かなきゃ…」
「行く?帰るの?」
「…そうね…、帰る…のかな…」
「もう少し…一緒にいられないかな?」
「私も、英君と、もっといたいよ?でも、雨が止んじゃうから…」
良く…解らない…事を言う。雨が止むと…どこかに行く用事でもあるのだろうか?もう、捨てなければならないほど傷んだパンプス…で……?
僕は、本当に自分の目を疑った。君の足が、透けている。パンプスはもう、ほとんど見えない。
「!!!!」
「あーあ…行かなきゃ…」
少しずつ、空に太陽の薄い光が射し込んできた。
「ねぇ、英君、私が…、大人になってたら、こうなってたの。英君は、私を…この私なら、好きになってくれてたかな?」
「………」
ここまで来てる。喉のすぐそこまで。君の記憶が…。
「大丈夫。仕返しに来たわけじゃないよ。本当に。只、今の私なら、好きになってもらえたんじゃないかな?って…、それだけ、確かめたくて…」
仕返し。
その言葉で、何か、僕の脳が動き出した。
その脳みそが、僕の記憶の奥深くから、君が誰かを、やっと引っ張り出してくれた。
「
「やっと思い出してくれた…」
神崎は、僕が、小学生の時、いじめていた女子だった。相当、酷い事をした。今の今まで、忘れていた。あんなに、酷い事をしたにもかかわらず…。
神崎は、自殺したはずだった。大雨の日に、車の前に飛び出して…。
「僕の…せいだ…。僕が…君を…いじめたから…。君を、君を、苦しめたから…」
僕は、もの凄い後悔が襲って来た。そしてとんでもない罪悪感も。
「ううん。私は、自殺じゃないの。あの時、私が、道路に飛び出したのは、転校しちゃう、英君に、告白したかったから。雨で、傘さしてて、周りもよく見てなくて…。英君の姿ばかり追ってたら、車に気が付かなかった…」
「でも…なんで、僕なの?僕は…志桜里に…凄く…酷い事を…」
僕は泣き出してしまった。
「そんな事ないよ。私、Mなのかな?えへへ、いじめられたのは、確かだけど、それでも、英君が、好きだったんだ…」
自分の事を、Mと言うほど、僕に気を使ってくれているのだと、僕は、もう、何も言えなかった。
「ごめん…ごめん…ごめん…」
「………ねぇ、そんなに謝るなら、一つだけ、お願い、聞いてもらっていい?」
「………」
コクン。
僕は、首を縦に振った。
「好きって言って」
「え…」
「いいの!嘘で良いの!はりぼてのすきで良いから……」
君は、涙をいっぱいに溜めて、…でも、笑顔で、僕に懇願した。
「好きだよ…志桜里!」
僕は、その時、心から、そう言った。
―――んだと、思う…。
その言葉を聞くと同時に、君は…志桜里は、消えた―――…。
雨の日の出来事 涼 @m-amiya
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