第178話 誤解ふたたび

 *ガチャ*


 食堂の扉が開き、皆の視線が集まる。


「よく来たな、バーニィ。そなたから献上されたバスローブ。余は気に入ったぞ」


 裸にフワモコの豪華なバスローブを羽織った姿は大層お似合いだが、頭蓋骨まる出しで地上に出てくるとは思わなかった…………。しかも陛下は湯上りらしく頭からまだ湯気を発している。


 今の話の流れだと署長のバーニィさんに呼ばれたから、彼女からプレゼントされたバスローブを羽織って現れたという事だと思うのだが、いつの間にそんな物貰ったのだろう?


 いや、それよりもまずユウは大丈夫か? 俺たちと出会った頃のユウならとっくに陛下に斬りかかっているはず――。


 慌ててユウの方をみると、陛下には興味がなさそうにポテチを摘まんでいる。今まで必死に陛下がスケルトンである事を隠してきたが、すでに知っていたのか? 

 静かなものだ。


 子供達も特に陛下について騒ぐこともなくポテチを競う様に食べている。


 みんな知っていたのか…………。


 どうやら、こんなに動揺しているのは俺だけのようだ。スケルトンまる出しの陛下を見た瞬間に、俺はこの食堂が阿鼻叫喚の地獄絵図になると思ったのだが――。


 いや、おかしいぞ。ネムルちゃんの悲鳴が聞こえないじゃないか、気絶でもしてしまったか?


「ヴィルー! 私の贈り物を着てくれて、ありがとう。とってもセクシーよ!」


 署長はまるで推しメンバーに会ったかのように大はしゃぎで手を振っている。そしてその横には目をコシコシこすっているネムルちゃん。


「あれがヴィルさま? 確かに余計な脂肪が一切付いていないスレンダーなボディをしてらっしゃるけど…………。私だけなのかなぁ? そもそも肉が付いていない様に見えるよぅ…………」


 可哀そうにネムルちゃんは周りが陛下に対して何の反応も示さないので、自分の目を疑いだしてしまった様だ。まだ目をこすっている。


「ネムルちゃん。陛下はスケルトンなんだよ。だからそんなに目をこすらないで」


「え? 私の目がおかしくなった訳ではなくて、現実に人骨がバスローブを着て歩いているのですか? でも、署長はアレをセクシーだって言ってますよ?」


「見て! あの鎖骨! すっごく素敵! やっぱりバスローブを贈って良かったわ。隙間からチラ見えしてるのがいいのよねぇ♥」


 署長の性癖はよく知らないが、なにやら興奮している様だ。ネムルちゃんは2人を交互にみて混乱しているが、そこを理解する必要はないだろう。


「署長にも俺にも陛下は骨に見えてるから、ネムルちゃんの目は正常だよ。ただ何がセクシーかは人それぞれみたいだから、署長とネムルちゃんはそこだけ違うんだろうね」


 ネムルちゃんは首をかしげて、納得いってないご様子だ――。


「ふむ、こちらのレディは初対面かな? 余はヴィルヘルムと申す。ヴィルと呼んでくれ」


「あ、はじめまして。錬金術師のネムルです」


「ほう、その若さで錬金術師とは感心な娘だ。余の城の錬金術師などはエルフという数百年も生きる種族でな…………」


 陛下が何やら語りだすと署長はうっとりと乙女な顔でそれを見つめている。

 なんか怪しいぞ。


 俺が知らない間に2人に何かあったのではないだろうか?

 聞き出さなくては!


「ところで、署長は久しぶりに孤児院にいらっしゃいましたけど、仕事の方は落ち着きましたか?」


 会話の切れ目に少々強引に入ってしまった気もするが、陛下はそんなこと気にしないだろう。大丈夫なはず。


「そうなのよ。やっと落ち着いたから早い時間にここに来ることが出来たわ。夜中にならヴィルを飲みに誘いには来てたのだけどね」


 そういう事か、前にもワインバーに行ったと聞いていたが、俺が寝てる間に2人はちょくちょく飲みに行っていたらしい。そこでさらに親睦を深めていたのだろう。


「そういえばこの話は聞いたかしら? 前にみんなで捕まえたジレットは奴隷落ちになったのだけど、今は戦場の最前線で伝令兵をしているそうよ。もちろん、まだ生きていればの話だけど」


「それは良い話を聞きました。遠くでひどい目にあってると想像するだけで、今夜は良く眠れそうです」


 ロレッタが不敵な笑みを浮かべて嬉しそうだ。いつも良い子のロレッタだがジレットへの恨みは忘れられないらしい…………。


 ロレッタはもっとジレットがどんなひどい目にあったか聞きたそうだが、それは食事中の話題には似つかわしくないと思う。署長に他の質問をして会話の流れを変えてしまおう。


「署長! 今、我々はダンジョン内を60階まで進んだのですが、署長は60階ボスを覚えてますか?」


「え? マコトさん凄いじゃないですか、60階なんて私は聞いた事ないですよ!」

 ネムルちゃんの驚愕の声が心地よい。


「60階って言われてもピンと来ないわね。どんな所だったかしら?」


「森の中みたいなダンジョンでサルがいっぱい出てきますね」


「あーそれなら最後は大きなサルが出て来て終わりよ。あれが60階だったのね。その次は火を噴く山でゴーレムがいっぱい出てきたから、覚えてるわ。私はそこで辞めたのよ」


「えぇ? 署長さんもダンジョンに行ってたんですか? しかも60階より先に?」


「そうなんだよ。ネムルちゃん。しかも署長は一人でダンジョンに潜っていたそうだよ」


「なんですかそれ。凄すぎて良く解らないです。なんで一人で?」


「ふふ、もう昔の話よ。ダンジョンは乾燥していてお肌に良くないわ。ネムルちゃんは辞めときなさい。特に最後の火を噴く山は最悪よ。お肌がカサカサになっちゃったわ」


「そうなんですね。それでしたら私のお店におすすめのお肌うるおいポーションがありますよ」


「あら、いいわね。私はダンジョンにはもう行く気がないけど、そのポーションは気になるわ♥ ここの温泉とどちらが効くかしら?」


「温泉! マコトさん! 温泉ってどういう事ですか? ここにあるんですか? なんで教えてくれなかったんですか!」


「いや内緒な訳じゃないけど、あんまり外で言わないでね。ネムルちゃんは入ってもいいから」


 凄い喰いつきだ。やはり女子に温泉は効果ばつぐんらしい。


「やったー! 私、お風呂大好きなんですよ。家でもたまに薬湯風呂に入るんですけど、準備や片付けが大変なんですよね」


「うむ、ここの温泉はいいものだぞ。余はすでに頂戴した」


「まあ今日はお酒も飲んじゃったし、また今度きてゆっくり入ってよ」


「あら、まだこんなの飲んだうちに入らないわよね。なんだか話してたら久しぶりにここの温泉に入りたくなったわ」


「そうですよ。まだ酔ってないから大丈夫です。署長さん温泉に行きましょう!」


 盛り上がった2人は仲良さげに行ってしまった。場所が解るのか心配だが、署長は入った事があるから大丈夫かな?


 俺がついて行くわけにはいかないし、モモちゃんはまだ食事中だ。


「私が案内してきますね」

 ロレッタがそそくさと2人の後について行ってしまった。


 ロレッタと署長を一緒にすると教育上よくない話をしそうで心配なんだが――――。


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