第177話 誤解

「いや署長、誤解ですよ。確かにネムルちゃんを捕まえていますけど、これには訳があるんです」 


 俺はあわてて抱えていたネムルちゃんを離すと、署長の方に走っていってしまった。


「騙されないでください! マコトさんは夕飯に招待するふりをして、私を悪魔に差し出そうとしたんですよ!」


 署長の後ろに隠れてこちらを睨むネムルちゃん。完全に俺の事を悪魔の手先だと思っている様だ。


 *ピシッ*

 署長が手に持ったムチを鳴らす。


「悪魔ってどういう事かしら? マコトくん説明してくれる?」

こっわ! そんな冷めた目で俺を見ないで欲しい。


「署長、落ち着いてください。その悪魔と言うのはただの給仕です。陛下の召使いみたいなものですよ」


「陛下ってヴィルヘルム陛下のことかしら? なによ、そういう事なら問題なさそうね。ヴィルはとっても紳士だから、配下が悪魔だろうとレディに乱暴するわけないわ」


「そうですよ。見た目は悪魔ですが礼儀正しく、よく働いてくれてます」


「あなたは錬金術師のネムルちゃんだったわね。せっかくマコトくんがディナーに招待してくれたんでしょ? それなら楽しみましょうよ。ここの料理は美味しいわ♥」


「え? そんな……悪魔ですよ? 本当に居たから私は必死に逃げてきたんですよ?」


「大丈夫よー。そんなに心配しないで! もし何かあった時は私が守ってあげる。さあ行きましょう。すごくいい匂いがするわ」


「絶対ですよ! 守ってくださいね。置いてかないでくださいね!」


 ネムルちゃんは署長の腰にしがみついたまま、食堂へと引きずられていく。


 そんなに怖かったのだろうか? 

 インプなんて可愛い方だと思うのだが、まあレッサーデーモンは見慣れてないとちょっと怖いかもしれない。成人男性くらいの体格があるし、肌の質感がヌメっとリアルで可愛くないのだ。


 やはり服を着せたほうが、急な来客時にも良さそうな気がする。執事用の燕尾服を注文しておこう。


 食堂に3人で入るとレッサーデーモンが振り向き、こちらを凝視してくる。知らない人間に警戒しているのだろうか?


「ヒッ!」 ネムルちゃんが小さく悲鳴を上げて署長の背中に隠れた。

「あれが悪魔ね。こっちを見てるけど危険はなさそうよ」


「お客さんがいらしたみたい。お席を用意してあげて」 

 すぐさまロレッタの指示に反応したレッサーデーモンがテーブルの上を片付けて二人分の席を用意する。


「あら、ありがとう」 

 署長が用意された席に着こうとすると静かに椅子を引き、レッサーデーモンが着席をうながす。


 ネムルちゃんも隣の椅子を引いてもらい恐る恐るではあったが、無事に席に着くことができたようだ。

 俺は二人の向かいに座って声をかける。


「お二人は何を飲まれますか?」


「私はとりあえずエールね。ここのエールは良く冷えてて美味しいわよ♥」

「わ、私も同じものにします……キャー!」


 インプが次々と料理を俺たちの前に運んでくる。急に天井付近から現れたのでネムルちゃんをビックリさせてしまったようだ。


「さあ、どれも焼きたて、揚げたてが美味しいですからね。いっぱい食べてください。あ、飲み物も来ましたよ」


 ちょうどレッサーデーモンがジョッキを二つ持ってやってきた。


「エールが来たわー♥ さっそく頂きましょ! さあ、ネムルちゃんもジョッキを持って――」


「乾杯!」


 おー、二人ともいい飲みっぷりだ。ネムルちゃんも一瞬飲むのをためらった様子だったが、意を決して飲み始めると止まらない。

 小柄な体格なのに大きなジョッキを両手で持ち上げてグビグビと飲んでいる。


「!…………。 最っ高だわ♥ やっぱり仕事で疲れた体には冷えたエールが一番きくわね」


「はい! とっても美味しいです。こんなに冷えたエールは初めてですよ。 わ、ありがとうございます。もうお代わり頂いちゃいました。悪魔さんは見た目に寄らず優しいですね」


「そうそう、悪い悪魔じゃないんだよ」

 ネムルちゃんはレッサーデーモンから2杯目を受け取って、ご機嫌な様子。これで自分が悪魔に食べられてしまうという誤解が解けただろうか?


「あら、この鳥の唐揚げは前とは違う味付けね。これもエールにあってとても美味しいわ♥」

 署長はフライドチキンを気に入ってくれたようだ。


「こっちのチーズの乗ったパンも美味しいですよ」

 ネムルちゃんもピザのチーズをミョーンっと伸ばして楽しそうだ。


 よしよし、二人とも食事を楽しんでくれている。この様子ならもう心配いらないだろう。一時はどうなるかと思ったが、これで一安心。


「マコトくん。今日はヴィルは居ないのかしら?」


「陛下なら、地下にいると思いますよ。彼は食事されないですからね」


「そうなの?  寂しいわ。私が地下に行こうかしら」


「誘えばここに来ると思いますよ。飲むの好きですからね」


 レッサーデーモンの方をチラっと見ると俺の意が伝わったのか、陛下を呼びに行ってくれたようだ。しばらくすればきっと陛下は来るだろう。


「ヴィルさんてどんな人なんですか?」


 ネムルちゃんがピザをほお張りながら、署長に尋ねている。どんな人かと言われると難しいな。一言で言えばスケルトンだが、それだけでは説明不足だ。署長はなんと答えるのだろう?


「ヴィルは博識で紳士で優しくてスレンダーで、とにかく良い男よ♥」


「えー! 私も会いたいです! あ、ひょっとして署長さんの彼氏さんですか?」


「私なんて相手にされないわ♥ 7人の妻が彼の帰りを待っているのよ」


「なんですかそれ! どんだけいい男なんですか? マコトさん! 私もヴィルさんに会ってみたいです!」


「もう来ると思うよ…………」


 めちゃくちゃハードルだけ上がってるけど、これ大丈夫か? 

 いや、それでも陛下なら…………陛下ならきっと何とかしてくれるはず――――。




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