第176話 ハイカロリー 2
風呂から出ると食堂からいい匂いが漂ってきた。
揚げたての衣とスパイスの香り、ピザ生地やチーズの焼けた香りなどが複雑に絡み合い、俺の食欲を暴力的に刺激してくる――。
おぉ、すでに食卓には今夜の夕飯が並んでいるじゃないか。
コレコレー! 俺が求めていたのはこのジャンキーな食べ物たちだ。
椅子に座るとレッサーデーモンが冷えたエールを俺の木のジョッキになみなみと注いでくれる。
あー、はやくフライドチキンにかぶりついて、たっぷりの肉汁を口いっぱいで感じたい。
だが、まずはエールで喉を潤さなくてはならない。
ゴクゴクとエールを喉に流し込むことにより食道を広げて、食事を楽しむ準備を万端に整えよう。
喉が潤い、十分に喉が拡張したのを感じたら、チキンにかぶりつく。
揚げたてのフライドチキンからアツアツの肉汁が吹き出して、口いっぱいに広がった。
うまいぞー!
唐揚げとは違うスパイスの効いた鳥肉の香りが鼻から抜ける。
よく噛んで味わい、噛むほどに幸せを噛みしめる――。
口の中から幸せの元が無くなってしまったら、間髪入れずにエールを流し込む。
エールで口の中をさっぱりとリセットさせてから――。
お次はチーズたっぷりのピザを頬張るんだ。
こちらのピザも焼きたてを次々とインプが運んでくるので、常にアツアツのピザが楽しめる。
こいつを口いっぱいに詰め込んでアフアフ言いながら濃厚なチーズの味を楽しもう。
合間にポテチも忘れてはならない。クリスピーな食感がアクセントに良いだろう。
ついつい、エールも進んでしまう――。
永遠に続くかと思われた幸せの連鎖も、あっと言う間にお腹がいっぱいになってしまった。俺はもうこれ以上食べられそうにない…………。
ふと我に返り、食卓を見渡すと皆が一心不乱に食べている。
あれ? 今夜のメニューはモモちゃんの為に用意したのではなかっただろうか?
すっかり俺が夢中になってしまったが、これらはモモちゃんへのご褒美だった。
どうやらジャンクフードの魔力で自分を見失っていたようである。
はたしてモモちゃんは喜んでくれているだろうか?
モモちゃんに目を向けると右手にフライドチキンの山、左手には幾重にも重ねられたピザをおいて交互に味わっている様だ。
あの至福の表情を見る限り、味は気に入っているはず。
「モモちゃん、今日の料理はどうかな?」
「最高ですよ。当たり前じゃないですか、ご主人様の料理はいつでも最高です。でも今日はその中でも特に美味しい気がします!」
そうだろうとも、本日のメニューは高カロリーにこだわったモモちゃん狙い撃ちの特製料理だ。
だが、まだまだ食べそうなモモちゃんの為に、さらなるカロリーの高みを目指してみるとしよう。
いま食べているピザはトマトベースのピザソースに腸詰のスライスとチーズというシンプルなものだが、これに具材を足していく。
ローストしてスライスした鶏肉と大量のマヨネーズを網目状にかけると、マヨチキンピザの完成だ。
マヨネーズを焼くことで香ばしさが増し、うまみも倍増。カロリーマシマシ。
「モモちゃんの為に新作ピザを作ってきたよ! 焼きたてを食べてくれ」
「え! 私の為に? 良いんですか? ご主人様をさしおいて、なんだか申し訳ないです。でも冷めたらいけないから頂いちゃいますけど――――。 こ、これは凄いです。チーズとマヨネーズが合わさって、最初のピザよりこってり濃厚に私好みの味になってます。どうしてご主人様は私の好みが解るんですか? 凄すぎですよ」
やはりモモちゃんにはカロリーさえ与えておけば良いと言うのが、正解だったようだ。モモちゃんは驚いているが、これは予想通りすぎてまったく凄くない。
「俺はこのポテトチップスが好きだなあ。院長これはうまいぜ!」
「私はフライドチキンが気に入りました。初めてにしては美味しくできましたけど、まだスパイスの配合などに改良の余地があるように思います。これはもっと美味しくなるかもしれません」
カレンはポテチを気に入ったようだが、当然お子様はポテチが好きだろうな。
ロレッタはフライドチキンか、白髭のお爺さん目指して頑張ってほしい。
ユウはどうだろうか――――。
満遍なく食べている様子だが、そろそろお腹がいっぱいなのだろう。食べるペースが落ちてきている。表情からは読み取れないが食べた量から考えれば気に入ってくれたようだ。
ガレフ達モグラ親子はとっくに食べ終えて、食後の紅茶を楽しんでいる。彼らには油が強かったのかもしれないな――。
「すいませーん。誰かいませんかぁ?」
ん、誰か来たようだな。来客の予定なんてあっただろうか?
手の空いていた俺が広間に確認しに行くと――。
「あ、マコトさん。ポーション持って来ましたよ」
そういえばネムルちゃんが夕方にはマナポーションが完成しますと言っていたね。
「ありがとう、ネムルちゃん。わざわざ持ってきてくれて助かるよ」
「いえいえ、遅くなってすいません。なんだかいい匂いがしますけど、お食事中でしたか?」
「そうなんだ。ネムルちゃんも良かったら食べて行ってよ」
「やったー! 絶対これ美味しい奴ですよね。凄くお腹が空く匂いがしますもん!」
飛び跳ねて喜ぶネムルちゃんを食堂へと案内する。
今日は食材も大量にあるし、今でも出来立ての料理が次々と運び込まれてくる。ネムルちゃんは良い時に配達に来たな。
「さあ、ここが食堂だよ。たくさん食べていってね」
「どんな料理なのか楽しみで…………」
食堂へと一歩踏み込んだネムルちゃんの足がピタリと止まった。
「こ、これは地獄の晩餐会ですか? 小さな悪魔が飛び回って、人型の悪魔が私を睨んでいますよ! に、逃げなきゃ…………。私が食べられちゃう!」
まずい! ここで逃がしたら、孤児院で悪魔に食べられそうになったとあらぬ噂を立てられてしまう。しかもほぼ事実なので否定しづらい!
「ちょっと待って!」
俺は振り返って玄関にダッシュで逃げようとするネムルちゃんを、後ろから抱き上げて捕まえた。言いふらされる前に誤解を解いておかなくては……。
「ぎゃーーーー! やっぱり食べる気だ! マコトさん、信じていたのに酷いです!」
小柄なネムルちゃんが一生懸命俺の腕の中で暴れるが、体格差もレベル差もあるので振り切られる事はないだろう。
「まあまあ、落ち着いてよ。誤解だからネムルちゃん。とりあえず俺の話を聞いてくれ」
「いやーーー! 私は騙されませんよ。見ましたからね。あれは間違いなく悪魔です!」
参ったな。
なんとか説得しないとこのまま抱き上げ続ける事になるぞ。
ネムルちゃんは柔らかくて良い匂いがするから、このままでも良いような気もするが、そう言う訳にはいかないだろう――。
*ガチャ*
突然玄関のドアが開く。げっ、また誰かやってきたのか?
「悲鳴が聞こえたけど、どうしたのかしら? ちょっと、マコトくん。何やってるの? 私の前でレイプとはいい度胸してるじゃない」
「あー! 署長さん。助けてください。食べられてしまうんです!」
いくら何でもタイミングが最悪すぎないか? これドッキリなんじゃ――――
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