第165話 聖女

 エナジー茸がらみで教団本部から人が派遣されてきたのなら、アナは俺の奴隷にならなくてもピンチを切り抜けられた可能性もあるな。


 アナを異端審問の罪で処分すると俺の不興を買うかもしれないのだから、エナジー茸が大事ならそんな事しないだろう。


 もしかして奴隷になってしまったのはアナの早とちりか? 

 それでも、ひき肉になってしまう可能性もあったのだから、今回はこれで良かったのだろう。


「とりあえず話し合いが上手くいったのなら良かった。もうアナの命の危険もなさそうだし、俺の奴隷は辞めてしまってもいいぞ。その首輪も外したらどうだ?」


「いいえ。私はマコト様に生涯を捧げると決めました。それにマコト様にとっても、まだ私には利用価値があるはずです。クビにしない方がいいと思いますよ。それとこの首輪は鍛冶屋に行かないと外せませんので簡単には取る事ができません」


 せめてあの目立つ首輪だけは外して貰いたかったが…………。


「解った。これからもよろしくな」


「はい! ありがとうございます」

 徹夜の疲れを見せない満面の笑顔を見せてくれたので、本心で言っているのだろう。


「とりあえず今日は休みなので、自分の部屋でゆっくりしてくれ。アナの部屋はこっちだ」


「はい、マコト様。あとできれば、移動の際はこの鎖を引っ張って頂けないでしょうか?」

アナが自分の首輪についた鎖を俺の方に差し出してくる。


「え? 絶対いやだよ。誰かに見られたら誤解されるだろ」


「私がマコト様の奴隷であることは誤解ではないですよ? でもマコト様が嫌であるなら諦めます。せっかく鍛冶屋でわざわざ付けて貰ったのですが……」


 鎖については諦めてくれたようで良かった。もしあの鎖を持って町など歩いたら俺の好感度が0になるのは間違いない。最近少しは上がってきたのでは? と思っていたが、鎖を持ったら地を這う結果となるだろう。


 アナを俺が最初にモモちゃんと使っていた部屋に案内する。

 色々聞きたい事は多いが今は彼女も疲れているだろう。歩きながらさりげなく一つだけ気になる事を聞いてみようと思う。


「そういえば、教団内に聖女という存在はいるのか?」


「はい。もちろん居ますよ」


「アナは聖女じゃないのか?」


「私は教団の聖女認定試験に落ちたので違いますね。最終試験までは残ったのですが――――」

アナは俺の顔を見ながら何やら考えているようだ。


「あ、そういう事ですか。心配しなくても大丈夫ですよ。私は聖女じゃないので夜のお勤めに支障はありません。聖女は純潔な乙女である必要があるそうですが、私には関係ありませんから」


「聖女認定試験?」 他にも気になる事を言っているがまずはこっちだ。


「はい、教団が聖女と認めるかの試験があるのです。ただ、昔は本当に力を持った聖女がいたらしいのですが、今の聖女は教団のお飾りの様です。必ず大司教や有力な貴族の娘が聖女となりますし、数年後には結婚して出産して引退と流れが決まっています。しかも結婚相手はほとんどの場合が聖女親衛隊の中の護衛騎士ですよ。いったい、いつ妊娠したのか怪しいものです」


「そんなにすぐに結婚してしまうのでは、聖女になんかなっても意味ないんじゃないか?」


「いいえ、マコト様。元聖女と名乗れるというだけで意味があるのです。さらにその子供は元聖女の子となりますから、大司教は自分の娘や孫の為に必死です。聖女が数年で引退してしまうのは後ろがつっかえているからなのです。皆、自分の娘を聖女にしたいのでしょうね」


「あらかじめ誰が聖女になるか決まっている出来レースという事か。アナはなんでそんな試験受けたんだ? しかもアナなら合格してしまいそうだが?」


「いいえ、マコト様。聖女は常に一人です。他に決まっているのなら私が聖女になる事はありえません。なぜ私が試験に参加したかと言えば当時の司祭に推薦されたからです。私は幼少の頃より神聖魔法が使えましたので、候補にあがったのでしょう。今思えば当て馬にされただけですが、若かった私は出来レースなどとは思ってもいなかったので、本気で聖女を狙っていました。負けた時は悔しかったですし、私に勝って聖女になった女がイケメン騎士と結婚してさっさと引退した時はもっと悔しかったです」


 聖女は一人しか存在しないのか…………。という事は、ここに本物がいる以上は教団の認定した聖女は偽物という事だ。まあ元々インチキで選んだ聖女が本物の訳がない。

 しかし本物の聖女であるアナが腰掛目的のニセ聖女に負けてしまうのでは、さぞ悔しかっただろうな。


「アナは最終試験まで残ったって言ってたけど、なんでそこで負けたんだ?」


「最後は審査員である5人の大司教達の投票なので勝ちようがないのです。私はそれまでの試験結果から勝利を確信していましたからショックでした。しかも審査理由が試験結果は優秀であったが信仰心や神聖力で劣っていると言われてしまったので、余計にショックで自分の信仰が間違っているのでは? と疑心暗鬼になってしまいました」


「それは酷いことを言われたね…………」


「はい、今でもあの時の大司教の顔は忘れられません。でも、良いのです。聖女にならなかったおかげでマコト様と出会えました。マコト様の後ろ盾があれば教団内の腐敗を一掃して教団改革を達成できるかもしれません。これは例え聖女になっていても達成するのは難しかったでしょう。それに夜のお勤めも聖女でないから果たせるのですから…………」


 部屋の前に着いた俺たちはお互いに向かい合っている。

 アナに真っ正面からそんな事を言われてしまうとテレてしまうな。

 あ、アナの耳が赤い!

 彼女も恥ずかしくなってきたようだぞ。


「あー、今日はダメですよ。まだ私の勉強も足りてませんし、準備ができてませんから、もう少しお待ちください。失礼します!」


 バタンと部屋の扉を閉められてしまった。


 準備ってなんだろうか? 

 すごく気になるが、俺がそれを知る事はないだろう。なぜなら今のアナの話からすると聖女は処女じゃないとダメみたいじゃないか…………。


 もし俺が手を出してアナが聖女ではなくなってしまったら、スキルポイント倍の恩恵が無くなってしまうかもしれない。


 それは困る!

 ユウのレベルを上げて痛感したがスキルポイント倍はメチャ強い!

 あれこそチートだ。


 問題は準備万端となったアナの誘いに俺が我慢できるのか? 

 という所だろう…………。


「マコトさん」


 急に背後から声を掛けられビクッとなってしまった。


 振り向くと――。

 ロ、ロレッタ…………。いつからそこに――――。



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