第164話 首輪

「マコト様。おはようございます」


 姿勢は良いがアナの目は真っ赤だ。これは昨晩は寝ていないのではないだろうか?


「おはよう。アナはいつ帰って来たんだ? それとその首輪はどうしたんだ?」


「私はさきほど教団との話し合いを終えて、孤児院に戻ってきたところです。すでに王都にある本部からも司祭と異端審問官が派遣されて来ていました。この首輪は教会に行く前に鍛冶屋でつけて貰ったのです。これで私がマコト様の奴隷であると誰がみても理解できるでしょう。おかげで異端審問官から身を守る事ができました」


 もう異端審問官来てたのかよ。行かなくて良かった…………。


「その首輪は自分でつけたということか……。しかし、それはちょっと目立ち過ぎるんじゃないか? それに素材も鉄は重いし、革の首輪もあるぞ。なんなら首輪なんてしなくても良いと思うんだが…………」


「いいえ、マコト様。これくらい重みがあった方がいいのです。重ければ重いほどマコト様のお陰で生きていられるという、感謝の気持ちを思い出す事ができます。本来なら一日中マコト様に感謝の祈りを捧げて日々を過ごしたいところですが、私にも勤めがありますので代わりにこの首輪つける事をお許しください」


「いやいや、俺に祈らなくてもいいでしょ? ルミエル様っていう神様が居るのだからそっちに祈りなよ」


「私はマコト様の慈悲によって、この世に存在する事を許されているのですから、マコト様に感謝の祈りをするのは当然の事です。それは神への祈りとは、また違うものです。今まではルミエル様に祈り、教団に従って生きてまいりましたが、これからはルミエル様とマコト様への感謝を祈り、マコト様に従って生きていきたいと思っております」


「そ、そうなの? まあ、あんまり無理しないでね…………。それで教団とは話はついた? 教団に今後は従わないって事はもう抜けて来たとか?」


「いいえ、マコト様。やはり私は教団に所属していた方がマコト様にとって都合がよいのではないかと思っております。もちろんマコト様が抜けろとおっしゃるなら、すぐにでも抜けて来ますが、それは辞めておいた方がいいでしょう」


 たしかに俺も抜けてほしくないと考えている。形だけでも所属してくれていた方が教団の情報は得られるし、交渉もしやすい様に思えるのだ。ただ俺の奴隷になったアナを教団がわざわざ受け入れるかは疑問なのだが……。


「結論から言えば、マコト様の希望通りに現状を維持する事に成功しました。そこに持っていくのに紆余曲折はありましたが、概ね良好な結果と言えるでしょう」


「現状維持という事は今まで通りに教団がアナを通してキノコの流通を管理して、それに対してこちらは販売手数料12%を払うということ? 税金も今まで通り免除なら喜ばしいけど、紆余曲折の所が気になるな」


「揉めたのは私が今後も関わると言う所でした。あとは今まで通りで問題にならなかったです。最初、教団はこの取引の担当をマコト様の奴隷になってしまった私よりも他の人間に変えたいと思っていたようですが、私が教団を辞めるとマコト様と教団の関係が終わる可能性がある事。さらに私がマコト様と教団の間に入ってお互いの関係を強くする事のメリットを説いて、すべてを今まで通りにする事に持っていく事ができたのです」


「関係を強くするメリット?」


「マコト様が大変優秀な人物である事、その将来性、良い関係を保つ事が教団にどれだけ価値をもたらすかについて、朝まで語って参りました。マコト様は私が身を守るためとはいえ、奴隷になって仕えても良いと思えるほどの人物であることは彼らにも明白です。教団本部も最後はよろしく頼むと言ってくれました」


 何を言ったのか具体的には解らないが大丈夫なのだろうか? 優秀と言っても俺の事を話しているのだから、たいしたことは言ってないと思うが心配になってきたな。


「まあ今回、私が訴えた司祭は最後まで反対していましたが、私がマコト様という後ろ盾を得て現れた事で、私と彼の立場は逆転しました。今後は彼が異端審問に掛けられても驚きませんね。教団本部からも見放されたのか、最後は他の司祭からも相手にされていませんでしたよ」


「俺が後ろ盾? 俺なんかがバックについても影響ないでしょ?」


「いいえ? なぜ影響力がないと思うのか不思議ですね…………。マコト様はご自身を過小評価し過ぎの様です」


 そう言われてもな…………。


「いいですか? この町には4つの大きな勢力があります。まずは領主様、彼は王家に繋がっていますので一番力を持っています。次に教会、私たちも王都の教団と繋がっていますから、それなりに力がありますね。それと各ギルド、特に探索者ギルドとバウンティーハンターギルドはダンジョンとこの町の治安を預かってますし、武力は大きな力ですから町への影響力は大きいです。さあもうお解りでしょう?」


 お解りと言われても俺が誰かの後ろ盾になれるほどの影響力を持っている理由は思いつかないぞ。


「マコト様は探索者ギルドのエースでありますし、領主にはエナジー茸の件で信頼厚く感謝されています。なぜかバウンティーハンターギルドの署長からも信頼を得ていて、教団にも手数料と言う形で巨額なお布施を上納しております。マコト様はこの町で唯一4つの勢力全てを後ろ盾に持っている人物なのです。マコト様に手を出しますと他の勢力を全て敵に回すという恐ろしい状況が待っています。これで影響力がないとは言えないでしょう」


「そんな事になってるのか…………」

 俺自体はたいした事がなくても、いつの間にか多くの後ろ盾を得ていた俺は誰かの後ろ盾にもなれるという事なのか? ややこしいな。


「そもそも4つの勢力はそれぞれ関係が良くありません。ギルドと領主の関係は悪くないですが、ギルド同士は仲が悪いですし、教団は全てと対立しています。そう考えるとこの町で一番力を持っているのはマコト様かもしれませんよ」


「さすがにそれはないと思うが、俺が今この町でどういった立ち位置なのかは理解した。それぞれと利害関係があるから、この町では確かに俺にも影響力はあるのかもしれないな」


「少しは理解して頂けたようですね。さらにこの町はダンジョンがあるせいで、国の中でも影響力の大きい町です。教団本部の動きが早かったのもそのせいですね。間一髪、間に合いましたが私も危なかったです」


「すでに王都から異端審問官が来ているとは思わなかったなあ」


「そうなのです。私も驚きました。この早さは異常です。もしかしたらエナジー茸が絡んでいるという事もあるのかもしれません。それだけ王都であのキノコにインパクトがあったという事でしょう」


 なるほど――――。



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