第155話 謁見 1

 もう朝が来てしまった…………。


 昨夜はワインをがぶ飲みしてふて寝したのだが、思っていた以上に良く眠れてしまったようだ。


 幾分、頭が重いが今日は領主の館に行って、リシュリュー卿とやらに会わなくてはならない。アナスタシアさんの話では、既に話はついてるようだったので俺が何か交渉する必要はないはずだ。


 顔見世程度で終わるといいのだが…………。


「どうした? マコトよ。浮かない顔をして、二日酔いか?」


 俺が顔を洗って朝食を済ますと陛下が迎えに来てくれたようだ。


「どうもこれから偉い人に会うと考えると緊張してしまって…………」


「ふむ? たかが領主ではないか、マコトが緊張するような相手ではないと思うぞ」


「相手が誰かというよりも謁見の様な場に慣れてないので、どうしたら良いのか解らないのです」


「なんだそんな事か。ただ堂々としていればいいのだ。背筋を伸ばして悠々と歩けばそれでいい。知識や実力とか自信など必要ないぞ。余が後ろに付いているからな。もし何か解らない事や困った事を聞かれたら、ゆっくり後ろを振り向いて『どう思う?』と余に聞けばよい。余が従者としてついてやるのだ、何も困る事はないぞ」


「それは助かります。色々教えてください」


「うむ、余に任せておけ」


 陛下はガハハッと笑っているがこれは実際の所、非常に頼もしい。

 俺は背筋を伸ばして堂々と歩くという事だけに集中していれば良さそうだ。頭の中は泣きそうに心細くてもそれを表に出さずに歩く。要は実力のある者を演じろという事なのだろう。


 演技なんて小学校での学芸会ぶりだが、あの時に演じた村人Dは我ながら上手く出来たと思う。今回は陛下も後ろに付いているし、大丈夫なはず!


 自分に大丈夫だと言い聞かせる事に成功した俺は陛下を伴って領主の館へと向かう。南の貴族街に歩いて行くとアナスタシアさんが言っていた通り、ひと際大きい建物が見えてきた。


 あれが領主の館であろう――。


 門番に探索者ギルドのマコトであると伝えるとすぐに建物の中へと通してくれた。待合室の様な場所でしばらく待つと執事の様な人が迎えにくる。


「主人がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」


 案内されるがままに後をついて行くが、ヤバイ緊張してきた…………。

 何をどうすればいいのだったか? 頭の中が真っ白になる。


「マコト、もっと背筋を伸ばすんだ。胸を張れ」

 陛下が小声で教えてくれる。そうだった。俺はとにかく堂々と歩くのだ。


 大きな両開き扉の前にたどり着いた。こんなでかい扉をくぐるのは日本では経験がない。体育館や映画館の扉よりも大きいだろう。


 目の前の巨大な扉がゆっくりと左右に開いていく。

 扉の開いた先は広間になっているようだ。これが謁見の間なのだろう。促されるままに部屋の中へと進む――。


 左右にも何人か人がいるが正面に立っている人物が領主のリシュリュー卿のようだ。俺の想像よりも若い。年齢は4,50代くらいだろうか。


 どうやら謁見といっても高い所の偉そうな椅子に座った人にひざまづくという必要はなさそうである。これは幾分気が楽だ。


 俺は陛下に言われた通り、堂々と歩き領主に近づく。

「探索者ギルドのマコトです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 おお、緊張したが無難に挨拶できたのではないだろうか? 少しだがホッと一息つくことができたぞ。問題はこの後だが、まずはいいだろう。


「あ、やはりヴィルヘルム陛下ではないですか!」

 領主が慌てた様子でこちらに近づいて来る。


「ふむ、領主とはそなたであったのか。マコトよ。どうやらここの領主は余のワイン仲間であったようだ」


「はじめまして。マコト殿。噂はかねがね伺っておりますよ」


「は、はじめまして。リシュリュー卿。お会いできて光栄です」


「マコト殿、そんなに硬くならないでください。あとはあちらで一杯やりながら話しましょう」


「うむ、それは良い考えだ。以前に自慢していた秘蔵のワインをいただけるのかな?」


「陛下、それは勘弁してくださいよ」


 なんだ? めっちゃ和やかなんだが? 2人とも楽しそうだ。

 これはいったいどういう状況だ? とりあえず俺の緊張を返してくれ!


「本日は急にお呼び出ししまして申し訳なかったです。実はシスターアナスタシアにマコト殿の事を聞いて、ヴィルヘルム陛下のマスターなのではと思ったのです。陛下や他からもマコト殿の話は聞いてましたので、もともと一度お会いしたかったのですが、まさかこういう形でお会いできるとは思ってませんでした」


「そうだったのですね。私は陛下とリシュリュー卿が知り合いだとは知らなくて…………」


「ふむ、余も知らなかったぞ」


「陛下にはちゃんと自分はリシュリューという名前だと名乗りましたよ」


「そうか? 覚えてないな」


「ひどいですね…………。まあ、領主であるとまでは伝えてませんが――。あ、ワインの準備ができました。秘蔵とまではいきませんが、最近のおすすめワインを用意しました。では、マコト殿との出会いを祝いまして、乾杯!」


「ふむ、なかなか良いワインではないか――」

 兜を脱いだ陛下がワインを一口飲んで感想を述べている。


 一応、簡単な説明は受けたが色々疑問が残る。このままワイン談義が始まってしまう前に早めに色々な事を聞き出しておいた方が良さそうだぞ――――。



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