第154話 朗報

 翌日、我々がダンジョン探索から孤児院に戻ってくると笑顔のアナスタシアさんに出迎えられた。


「マコトさん! エナジー茸の売り先が決まりましたよ。領主を通して国に納める事ができそうです。直接の納品先はこの辺りの領主であるリシュリュー卿になります。明日リシュリュー卿がお会いになってくださるそうなので、この町の領主館に出向いてください」


「? おれが? 俺が表に出ないで済むようにアナスタシアさんにお願いしたと思ったのだけど?」


「私も生産者は隠しておきたかったのですが、隠すとスパイ容疑がかかってしまうらしくて…………。戦争って嫌ですね」


 眉毛を八の字にして申し訳なさそうな顔をしているが、どうなのだろう? 彼女の本心は解らない。

 俺が領主に会うという事など彼女にしたら大した事ではないのかもしれないが、俺にとっては一大事だ。


 そもそも領主に売るという案は錬金術師のネムルちゃんからも出ていたのだ。俺は領主みたいな偉い人と交渉するのが嫌だから諦めたのに、結局会わなくてはいけないのか?


「忙しい御領主様のお時間を頂く訳にはいかないとか何とか言って断れないかな?」


「先ほどはお会いになってくださるという言い方をしましたけど、これは出頭命令ですよ。自ら行かないと兵隊さんがお迎えに来ます。それにリシュリュー卿はマコトさんの事をご存じでしたよ。さすがマコトさんはこの町の有名人ですね」


 最悪だなあ…………。

 何も考えずにのこのこ出向いたら、俺はスパイ容疑で捕まってリーナは没収とかあるんじゃないか?


「それって国にリーナを取り上げられたりしないか? リーナが居ればエナジー茸を栽培できるんだぞ」


「? そんな無茶はしませんよ。我が国は法治国家です。何物も人の奴隷を奪ったりできませんよ。王でさえかつての力はもうありませんからね。それでも心配ならリーナさんは連れて行かなかければ良いです。どちらにしてもマコトさんの事は教会が後ろ盾になって守りますから、ご心配には及びません」


 その教会が信用できないんだよなあ…………。

 でもリーナが国に没収されたら教会の稼ぎが減るから俺と教会の利害関係は一致している。一応守ろうとはしてくれるかもしれないのか?


「まだ心配ですか? リシュリュー卿はただ会ってみたいという感じでしたよ。それでもマコトさんが領主の館を訪問しないというのなら、全てを捨てて逃げ出すしかないですね」


 俺のあまりのビビりっぷりにアナスタシアさんは幾分あきれ顔だ…………。

 それでも嫌なものは嫌だ。何されるか解らない恐怖もあるが、偉い人に会うというだけで緊張してしまう。


 でも、この町に今後も住み続ける以上は嫌とか言ってられないのか?

 仕方がない…………。


「あした、いってきます…………」


「そうですよ。絶対その方がいいですよ。あ、もしそんなに心配なら護衛を1人付けられると思います。誰かお連れになっていったら如何ですか? 私で良ければご同行しますよ」


 護衛か、それは絶対必要だ。俺一人では心細くて死んでしまう。

 もちろんアナスタシアさんは却下だ。彼女に命を預けるなんて、怖すぎる。


 さて誰にするか――。


 単純に一番強いのはユウだろう。ユウならもし相手側に囲まれても切り抜けてくれそうである。ただ、俺の事を守ってくれるかといえば、少々疑わしい。


 俺を守ってくれる護衛といえばモモちゃんだろう。だが、彼女は空気を読めない所があるので心配だ。必要ない場面で暴れられても困る。


 ガレフの魔法も頼りになるが、前衛がいないのは不安だ。


 残るは陛下だが。

 陛下なら偉い人に会うときの礼儀など詳しそうだ。場慣れもしてそうで精神的にも頼りになる。闇魔法も逃げ出さなければならない時に有効だろう。


 陛下が領主より偉そうな態度をとりそうなのは心配だが、事前にお願いしておけば大丈夫な気がする。ここは陛下が良さそうだ。


「護衛は陛下にお願いしたいと思います。よろしいですか?」


「うむ、任されたぞ。大船に乗ったつもりで居るが良い!」


「えー、私が護衛したいです…………」

 すまんな、今回はモモちゃんむきではないと思うんだ。


「あ、こちらの方は初めましてですね。こんにちは。シスターアナスタシアと申します」


「ふむ、余はヴィルヘルムと申す。そなたがルミエル教のシスターだな」


「はい、そうですが…………。ヴィルヘルムさんはその鎧を着てて大丈夫なのですか? その黒い鎧からは良くないオーラが出てますよ」


「うむ、問題ないぞ。まあこの鎧を着こなせるのは余ぐらいであろうな!」


「そうですか…………」


 アナスタシアさんが小首をかしげて不審そうだ。

 この2人の会話を見ていると冷や冷やする。なるべくなら会わせたくなかったのだが――。


「着ている本人が大丈夫と言うなら問題ないのでしょう。世の中には色々な体質の方がいますからね。それでは何もないとは思いますが、ヴィルヘルムさん。マコトさんの事をよろしくお願いします。マコトさんは教会にとってますます重要な人になりましたから、ぜひとも守ってあげてください」


「うむ、余が居るからには大丈夫だ。マコトには毛ほどの傷も負わせんぞ」


「まあ、頼もしいです。でもこれでマコトさんも安心して領主の館へおもむけますね。南の貴族街の高台にある一番大きな屋敷ですから、行けばすぐに解りますよ。それでは明日はよろしくお願いしますね」


 アナスタシアさんは昨日と同じく笑顔で帰っていった。


 あぁ、嫌だなあ。なんで俺が領主に会わないといけないのだ。

 昨日はうまいこと教会に仕事を押し付けてやったと思っていたのに、どうしてこうなってしまったのだろうか…………。


 でも、たとえ今の孤児院を出て教会に頼らないようになっても、エナジー茸を売りさばくには結局領主に会う必要があったのかもしれないな。


 これ以上は悩んでも仕方がない。

 今日は酒でも飲んでさっさと寝てしまおう――――。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る