第91話 温泉 1
夕飯を早々に切り上げ着替えなどのお風呂セットを持って、地下の温泉へと向かう。
本来ならアルコールを飲んだ後の入浴はよくないと思うが、1杯だけしか飲んでいないし、酔ってないので問題ないだろう。
先ほどガレフが居た、石壁に穴が開いた場所にたどり着いた。穴を覗くと地面は階段状に舗装されていて、ゆるやかに下へと続いている――。
階段を降りていくと、チョロチョロと水の流れる音がする。硫黄の匂いも少し強くなってきたようだ。
階段が終わると少しひらけた空間へとたどり着いた。そこは天井の高い鍾乳洞のような場所だが、地面は石畳のように平らに舗装されている。奥には地面の石畳と同じ材質で出来た湯舟が見える。
手で湯をすくう――。
ちょうど良い温度だ。服を脱ぎ、掛け湯をして湯船へと入る――。
「おぉぉほぉぉぅー」
自然と変な声が出る。この一瞬が、なんと幸せな事か。これ以上の快楽はこちらの世界に来てから味わっていない。
「ふぅーーー」
至福の時をいま味わっている。1人で来てよかった。疲れ切った体が湯に溶けていくようだ。
これを日本に居た時は毎日の様に味わっていたのか…………。
信じられないほど幸福な奴だ。
はたしてこの異世界にて、日本にいた頃の生活水準まで、もう一度たどり着くことが可能なのだろうか?
一度味わってしまった贅沢は体が忘れられない。なんとしても手に入れなければ。
風呂は手に入れた。次は冷たい飲み物とフカフカなベッドが俺には必要だ――。
*コツコツ*
誰かが階段を降りてきたようだが、この足音はモモちゃんではなさそうだ。モモちゃんならドタドタドタと降りてくるはず。おそらくモモちゃんはまだ夕食を堪能しているのだろう。
「おお、天然の岩窟を用いた見事な浴室ではないか。これは余の城の浴室にも負けていないぞ」
鎧を脱いでスケルトン状態になった陛下が、階段から現れた。ユウに見つかるとマズイがさすがに鎧のまま風呂には入れないか。まあ女子組にはあとから時間差で入って貰おう。
「うーむ、いい湯だ。骨身に染みるぞ」
湯舟に入った陛下がガハハッと笑っている。これはスケルトンジョークか…………。湯煙の向こうに骸骨が見える光景は非常にシュールで、ちょっと笑いにくい。
「いい温泉ですよね。陛下の国にも温泉はありましたか?」
「余のモナネ王国にも温泉はあるぞ。北の山にいい温泉があってな。保養目的で良くいっていたものだ」
「やっぱり温泉のあとも冷えたエールですか?」
「もちろんだ。宮廷魔術師をその為に温泉地にも連れて行くぞ」
「ここでも冷えた飲み物が飲めるようになると良いんですが、何かいい方法ないですかね?」
「そうだな。氷魔法が使えるものは滅多にいないらしい。果たしてこの国にいるかどうか、例えいたとしても我々のエールを冷やしてくれるとは思えんぞ。ただ魔法が無理なら魔道具という物もある。魔石を動力に周囲を冷やす魔道具があるな。まあこれも古代のアーティファクトらしいから、簡単に手に入るものではないと思うが…………」
たしか奴隷の首輪は魔道具だったはず、でも古代のアーティファクトというのは初めて聞いた言葉だ。奴隷の首輪は簡単に金貨1枚で買えたので、アーティファクトというのではないと思う。
「そのアーティファクトはどこで手に入りますかね? ダンジョンの宝箱から出てきたりしませんか」
「ダンジョンに関しては余もあまり詳しくないので解らんが、ギルドで調べれば良いのではないか? あそこはなかなか面白い書物が揃っていたからな」
なるほど、過去のダンジョン内でのドロップアイテムについて、まとめられた本があった気がする。今度読んでみよう。
「全然関係ない話ですが、陛下の寝具はどの様なものを使われていましたか? 今の私の布団が藁で出来ていて、とても寝にくいのです」
「なんと、藁の布団などあるのか? 肌触りが悪かろうに…………。余の寝具は掛け布団は羽毛であったな、どんな鳥かは知らん。敷布団は羊毛だったのだろうか? うーむ、ちょっと解らないな」
「それだけ解れば十分、参考になります」
羽毛は高そうだが、羊毛の布団くらいなら買えそうな気がする。問題はどこに売っているかだが、広場にはなさそうだったんだよな。高級店のどこかだろうけど、洋服屋だと困るな。
あそこは入りにくい…………。
あー、のぼせてきた。長湯しすぎたか……。
「陛下、そろそろ上がります」
「おう、余はもう少しゆっくり温まっていくぞ」
少しフラフラするが、これくらいはすぐに治るだろう。
しかし、いい湯だった分よけいに冷たい飲み物が欲しいな。
今日はぬるいエールで我慢するが、なんとか魔道具を手に入れて、地下室に冷蔵庫を作らねばならない――――。
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