第90話 エール
広場にいけばなんでも揃う。高級品はないが、エールは高級品ではないはずだ。
ワインを買った店にいってみたらエールは樽で販売されていた。何種類か売っていたが、樽で売ってるものを飲み比べる訳にはいかないので、おすすめを素直に買っておく。
どうやら配合するハーブなどが違うらしいが、陛下もエールに関しては詳しい訳ではない様だった。
「余は基本的にワインだからな。エールは庶民の飲み物であって、貴族などはあまり口にしない。それでも風呂上りなどの喉が渇いている時に、ワインをがぶ飲みしては余計に喉が乾いてしまう。そういうときはやはりエールが良いのだ」
それはそうだろうと俺も思う。そしてエールは安い。庶民の味方というだけあって、樽で買っても瓶で買ったワインと変わらない様な値段だった。
「マコトよ。このワインはなかなか良かったので樽で買ってくれ」
うぅ、しかし陛下の指定したワインを樽で買うといいお値段だ…………。
「わ、わかりました…………」
しかし、陛下は俺の正式な奴隷という訳でもないし、給料も払っていない。これくらいの出費は致し方ないだろう。
会計を済ませて店を出る。樽ふたつはモモちゃんの両肩に担がれた。
「モモちゃん、重くない? 1個持とうか?」
「全然重くないです! それより早く帰って夕飯にしましょう!」
モモちゃんは元気よく答えると足早に孤児院へ向かって歩き出した。慌てて残された2人は追いかける。ダンジョンを出た時は、皆疲れているようだと思ったが、疲れているのは俺だけなのか?
みんな元気だな…………。
孤児院に着くと陛下に、酒は地下に運ぶようにと指示された。地下はガレフによって拡張と整備が進んでいる様だ。
「なるべく地下の涼しい所に酒樽は置いてほしい。うむうむ、そこでいいぞ。ガレフに頼んでワインセラーを今度作って貰うかな」
陛下は地下に置かれたエールとワインの樽を眺めて満足そうだ。
しかし、ここは涼しいと言えば涼しいが、ここでは冷蔵庫の代わりにはならない。ワインの保管くらいなら十分な涼しさだと思うが、エールを冷やすには物足りないと思う。陛下の冷えたエールと言うのが、どの程度の温度を指すのかは解らないが、
キンキンに冷えてやがるっ…………!
と言えるほど冷やすにはどうしたら良いのだろうか? これは重要な課題だ。早めに解決しなくてはならない。
「ご主人様、何か匂いますね」
モモちゃんが鼻をヒクつかせる。確かに何か臭いような…………。
これはもしや温泉? 硫黄の香りな気がする。
匂いのする方向に地下の廊下を進むと、石壁に洞窟のような穴が現れた。まだ掘られたばかりで、この先はまだストーンウォールの魔法で舗装されていない様だ。
「ガレフー! そこにいるか?」 穴に向かって叫んでみる。
「主よ! 温泉は掘り当てたんじゃが、まだ足場が悪いのでここには来ないでくれ」
「解った! ガレフも気を付けろよ」
どうやら温泉が見つかったようだ。まだすぐには入れない様だが見つかったからには、そのうち入れるようになるだろう。
ここはガレフに任せて俺たちは食事を取らなければならない。もうモモちゃんのお腹が限界だ。ずっとグーグー鳴っている。
本当は風呂→エール→飯といきたい所だが、今日は無理そうだ。
食堂に行くともう夕飯の準備は出来ていた。ユウはすでに食べはじめている。
席について俺たちも『いただきます』と言うと同時に、陛下が両手に木で出来たジョッキを持って現れた。
「マコトもエールの味見をしてみろ。まだあまり冷えていないが、味は悪くないエールであったぞ」
陛下に渡されたジョッキにはなみなみと注がれたエールが見える。泡がジョッキの縁からこぼれ落ちそうだ。
風呂上がりではないが喉が渇いていたらしく、自然と喉が鳴る。見た目はビールそっくりで美味そうだ。
泡をこぼさない様にゆっくりと口をつけて、一気にのどに流し込む――。
うーーん、微妙!
まず、ぬるい。そして炭酸がほぼない。常温の気が抜けたビールを想像してほしい。
それでもビールほど苦味はなく、柑橘系のいい匂いがする。
飲めなくはないが…………。
「もうちょっと冷えてると良いかもな」
「明日まで待てばもう少し冷えると思うが、もっと冷やすには氷魔法が必要であるな。余の城には食料保管庫専任の宮廷魔術師がいてな。そいつが温度管理をしておったから、いつでも良く冷えたエールが飲めたものだ。まあここではそこまでは望めんな」
「それは羨ましいなあ」
初めて王様を羨ましいと思ってしまった。
しかし王様位の立場にならないとキンキンに冷えたエールにはありつけないのだろうか? なんとかしたいものだが…………。
陛下はユウが居るのでエールを持って地下に戻ってしまった。俺はエールをチビチビと飲みながら、夕飯を食べているとガレフが戻ってきた。
「できたぞ! 細かい所はまだじゃが、とりあえず入れるようにはしておいた。温度調節もバッチリじゃ」
「もう温泉できたのか? 早すぎじゃないか?」
「源泉が沸いている所の隣に浴室と湯舟をストーンウォールの魔法で作っただけじゃからな。それでも湯舟に注ぐ源泉をせき止められる様にしたから、温度も調整できるんじゃぞ」
「それは凄いな。食べ終わったら行って見よう」
「私がお背中を流しますよ」
モモちゃんが口いっぱいに食べ物を詰め込みながら提案してきたが、俺は1人でゆっくり入りたいので却下だ。
「大丈夫だよ。モモちゃんはゆっくり食事してなよ」
「そうですか?」
残念そうではあるが、モモちゃんはまだまだ食べそうなので置いて行っても問題ないだろう。
俺は腹八分目で切り上げて、温泉に向かう――――。
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