第92話 温泉 2

 俺がヌルエールで喉を潤しているとカレンが地下室へ降りてきた。


「お、院長はもう風呂から上がったのか? どうだったんだ? 俺は風呂とか入った事がないから楽しみだぜ」


「いやぁ、最高だったぞ。ガレフに感謝だな」


 実際、今までにこれほどの温泉には入った事がない。泉質も良いのだろうけど、高い天井を見上げると見事な鍾乳洞のつららを見る事ができる。自然を上手く使った素晴らしい浴室だ。


 これにいつでも入れるというのだから、風呂に関しては日本の実家を完全に超えている。予想以上のクオリティー。


「よし、じゃあ俺たちも入ろうかな。みんなを呼んでくるぜ」


「まてまて、まだ陛下が上がってない。ユウに陛下の裸を見られるとマズいぞ」


「確かにそうだな。もう少し待つか」


「あ、女性陣はもしかして誰も風呂に入った事がないんじゃないか? 男性側はガレフも俺も陛下も風呂は知っているけど、モモちゃんは知らないって言ってたし、ユウは解らないが……」


「子供たちは誰も入った事ないと思うぜ」


「そうだろう、子供達に全員で湯船に飛び込まれても困る。ちゃんと体を洗ってから入るように言ってくれよ」


「風呂で体を洗うんじゃないのか?」


「そんなことしたら、お湯が真っ黒になってしまうぞ。石鹸があったろう。あれで良く洗ってから湯船に入ってくれ」


 危ない所だった。風呂が何かを知らない奴らだけで入らせる訳にはいかない。今日は石鹸を持っていくのを忘れたから、俺は体を洗わないで湯船に入ってしまったけど、明日からはちゃんと洗います。


*ドタドタドタ*


 む、この音はモモちゃん。間違いないはず――。


 と思ったがモモちゃんだけではなく、ロレッタを先頭にガレフ以外のユウと子供達が全員で来てしまったようだ。こうしてみるとロレッタはまるで皆のお母さんのようだ。まだ若いのに苦労をかけてるな。


 しかし、まだ陛下がいるので、このまま風呂に行かせる訳にはいかない。


「なんだ、お前らなんで全員手ぶらなんだ? 風呂から出た後に体を拭くものとか着替えと石鹸も必要だぞ」


「そうなんですか? 私たちお風呂に入った事がなくて…………」


 ロレッタが申し訳なさそうに俺を見上げてくる。しまったな、慌ててちょっと強く言い過ぎたか……。


「よし、では俺が正しい入浴方法を伝授するからな。良く聞くように」


 俺は丁寧に入浴マナーについて子供たちに説明した――。


 体の洗い方や特に湯船に石鹸やタオルを入れない! という事については良く言い聞かせた。お湯を汚されては困る。


 と言っても、この人数が入ったらどっちにしてもお湯は汚れてしまうだろう。お風呂掃除についてはガレフも交えて要相談だ。


「おぉ、みなも来たのか。いい湯であったぞ」


 俺が皆に説明していると後ろから陛下の声がする。マズイ! 慌てて振り向くと陛下のキッチリと全身鎧を着用している姿が確認できた。


 セーフ…………。


 さすがに裸でカタカタと風呂から出てくるわけないか、俺は皆にお風呂セットを取りに行かせて陛下とヌルエールを飲む。


「うむうむ、やはりエールは風呂上りが美味いな」


 陛下は兜のフェイスガード部分を持ち上げて、エールをグビグビと飲んでいる。陛下は満足そうだが、俺はエールの行方が気になって、陛下の首元をジッと見てしまう。


「どうかしたか、マコト」


「いえ、飲んだエールは何処に行くのですか? 鎧から漏れてはいないみたいですが」


「どうも水分と魔石は吸収できるようだ。口から入れると周囲の骨が吸収して水分はなくなる。骨にも潤いが必要なようだな」


 そう言われてみれば温泉に入っていた時の陛下は最初にあった時よりも、艶があったように見えた。温泉で洗われて奇麗になったからと思っていたが、ダンジョンでは水分が補給できなくてカサカサしていた骨が、水分を吸収してツヤツヤな骨になったと言う事か。


 スケルトンも奥深いものだ。


 陛下とエールを片手に談笑しているとドタドタと皆が戻ってきた。カシャーンと陛下のフェイスガードが下がる。


 みんな荷物を小脇に抱えて準備は良さそうだ。


「では、いってらっしゃい。お風呂楽しんで。ユウの事もちゃんと洗ってくれよ」


 俺はみんなを送り出す。


「え、ご主人様が入り方を教えてくれるんじゃないんですか?」


 おいおい、モモちゃんはさっきの俺の説明をなんだと思っていたのだ。あとで聞けばよいとろくに聞いてなかったのではないだろうか?


「さっき皆に説明したから大丈夫。解らない事があったらロレッタに聞けば、きっと教えてくれるよ」


「でもでも、ご主人様と入りたいです」


「いやいや、子供はいいけど大人の男女は別々に風呂に入るものなんだ」


「ご主人様ならいいんじゃないですか?」


 うーん、今日のモモちゃんはなかなかしつこいな。別に一緒に入っても良いんだがユウとかいるからな、それは良くない気がする。


「わ、わたしはちょっと恥ずかしいかな……」


 ロレッタ?! まだ小さいのにそんなお年頃なのか…………。


「俺もちょっとなあ、院長と一緒は恥ずかしいぜ」


 この双子は精神年齢がずいぶん高いな。本当は中学生くらいなのか? 見た目は小学生低学年くらいに見えるんだが…………。


「ほら、風呂は男女別々なんだよ。浴室は一部屋しかないから、これからも交代で入るからね。さあ行ってきな」


 子供たちはユウの手を引きながら、はしゃいで風呂へと向かう。その後をモモちゃんが寂しそうに歩いている。


 あの後姿をみると罪悪感を感じるが、今さら風呂場に突入する訳にはいかない。


 ロレッタたち双子がなぜか思春期に入ってしまったようなので、今後は自分の行動にも細心の注意が必要だろう――――。

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