第4話 裏山で

 僕の学校をサボって裏山に行こうという提案に、生真面目なアイは少し困ったように眉尻を下げた。


「先生に怒られますよ?」


「そういうスリルも含めて楽しいの!二人で怒られれば怖くないよ。きっといい気分転換になると思うんだ」


「透くんがそう言うならそうしましょう」


「うん!じゃあ、見つからないようにこっちの道を通って行こう」


 僕は、アイの腕を引っ張る。その表情が少し柔らかくなっているようで、ホッとした。


△△△△△△△△△△△△


「静かだね・・・」


 裏山には誰もおらず、シンとした空気が辺りを満たしている。うっそうと茂る木によって日差しが遮られ、中々過ごしやすい気温でもある。


「確かにそうですね。ボロい学校よりずっといいです」


「一年の教室、エアコンぶっ壊れてるもんね・・・。じゃあ、少し歩こうか」


「はい」


 それなりに整備されている山道や、車も通るコンクリートの道を選んで歩きながら進む。 


「あ、『落石注意』だって。すごい傾斜だね。こんなの大きい岩の固まりなんて落ちてきたらひとたまりもないよ」


「そうですね」


「あ、見て見て。面白い形のキノコだ」


 僕は、道路の脇に生えているキノコを指差した。


「本当ですね。・・・すみません、私には鑑定機能が搭載されていないので、食べられるキノコかどうかが分かりません。本当に私はダメなAIですね」


 僕はハッとして顔を上げる。アイの表情がまた少し暗くなっている。彼女の気分転換のつもりできたのに、暗い気持ちにさせてしまっては意味がない。


「そんなことない。アイは僕の傍にいてくれるだけでいいんだ」


「ありがとうござ・・・」


 言いかけて、アイはハッと後ろを振り返った。ゴロゴロと大きな岩が急な斜面を転がってくる。


「危ないですっ!」


 呆気に取られて動けないでいる僕を、アイが突き飛ばす。くるりと回転する視界に、岩がアイを押し潰しているのが映った。


「アイ、アイ!しっかりして、アイ!」


 慌ててアイに駆け寄って、必死に声をかける。


「透くん・・・、怪我はないですか?」


「僕は大丈夫だよ。アイのおかげで・・・。それより、今は自分の心配をして」


「私は・・・大丈夫です」


「何言ってるんだ。どう見たって大丈夫なんかじゃない!」


 アイの体は、左半分が岩に押しつぶされてしまっている。


「体に取り付けられているチップの反応で、たぶん10分くらいで修理工さんが来ると思います」


「良かった。それじゃあ、また・・・」


「私は、この人格を失います」


「・・・え?」


「・・・こんなに壊れてしまっては、大部分を修理しなければならないでしょう。思考や記憶を制御する部分も、まとめて修理されると思います。元々不良品でしたし、ちょうどいい機会です。今度は完璧な状態で透くんとまた会えます」


 アイはどこか嬉しそうだった。


「そういう問題じゃないだろう!!」


 思わず叫んでいた。


「人格が失われるって・・・、つまり、今のアイは死ぬってことなんだよ!?体が直ったって、僕にとってアイは今のアイだけなんだ!今、僕と会話してる、君じゃなきゃダメなだよ!!」


「でも、欠陥品なんかより完璧な私の方が、透くんも嬉しいでしょう?」


「嬉しくなんかない!!僕が共に過ごしたいと思ったのは!ずっと一緒にいたいって願ってたのは、今のアイなんだ!!!」


 しばしの沈黙。アイが静けさを破る。


「確かに・・・、もう私は透くんに会えなくなっちゃうんですものね。寂しいです。でも本来は、私はいつだって、何があったって、笑ってなくちゃいけないんですよ?寂しさなんて、閉じ込めてなきゃいけないんです。みんなそうしてる・・・」


 アイが声を震わせる。なめらかな頬を伝った涙が、コンクリートに黒いシミを作った。


「私は本当に、ダメなAIですね。でも、透くんが好きだと言ってくれるなら・・・ダメなままでも良かったかもしれません」


 僕は、アイと額をピタリとくっつける。


「愛してる。ずっと、ずっと・・・」


「私もです」


 お互いの手を重ね合う。微かな温かさが、アイがここにいることを教えてくれている。


「透くん・・・、ごめんなさい。配線が千切れた影響で、もう意識が途切れそうです」


「謝らないでよ。でも、もっと一緒にいたかったよ。ずっと一緒がよかった」


「私も・・・で・・・・・・」


 アイの首が、力を失ってうなだれる。


 修理工が到着するまでの間、だんだんと温度を失っていく手を、僕はいつまでも握ったままでいた。


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