7
「準備はいいな?」
「はい!」
俺たちは再び扉の前に立つ。魔力も回復した。作戦も立てた。後はやるだけだ。ただ一つだけ問題がある。
「・・・大丈夫か?」
「何がですかぁ?センパイのくせに生意気に私の心配ですかぁ?」
「いや、それならいいけどよ」
さっきから全く目が合わない。今は直接見れないと、【漆黒の堕天騎士】の恰好をさせられている。結局、冷やしまくったのだが、姫神の赤くなった肌を元に戻すことはできなかった。本人は大丈夫と言っているのだが、若干心配にもなる。そして、距離が近い。肩と肩が触れあえそうな距離だ。
「ヤバくなったら言えよ?リスタートはできるからよ」
「分かってます。戦闘で足を引っ張るような馬鹿なことはしないです」
≪神斬り≫は魔力をごっそり持ってかれるけど、扉の前の障壁を斬れることは実証済みだ。後、ダン配はしないことにした。理由は俺も参戦することが主な理由だが、そもそも配信をできるほど余裕はない。
『配信されてますよぉ』
『画面を映してくれぇ!』
『今世紀最大の戦いになりそうだから見たいよぉ』
『【神妃】と【漆黒の堕天騎士】がどうなったか教えて』
『ラジオでも楽しめてまぁす!』
健児も姫神も気が付かない。
「それじゃあ行くか。足引っ張るなよ?」
「はっ、誰にものを言っているんですか。初めての共同作業で阿呆な結果は残しません」
「?おう」
言い方が何かおかしかった気がするが気にしてたら負けだ。
『共同作業って言ったよな・・・?』
『これは・・・』
『俺たちの姫がぁ・・・』
『しっかりしろぉ!』
『【漆黒の堕天騎士】が【神妃】に寝取られたぁ!』
『普通逆だろうが』
俺たちは扉を開けた。リベンジマッチだ。
●
扉を開けると宇宙空間のようなフィールドにたどり着いた。正方形のタイルに浮いている階段、そして、フィールドの真ん中には因縁のケルベロスが忠犬ハチ公のように律儀に待っていた。俺たちが来るのを待っていたのだろう。
「グルル・・・」
四つん這いになり、ゆっくりと臨戦態勢に入る。俺も≪黒血剣≫と≪氷神剣≫を生成する。姫神は自分の愛弓を構えた。
「それじゃぁ手筈通り頼むぞ?」
「はい、援護は任せてください」
俺は無言で頷いた。
「行くぞ!」
俺はケルベロスに攻撃を仕掛けに行った。
●
「グオオオ!」
「くっ!」
右の首が咆哮を上げると、俺の双剣が消される。この程度は織り込み済みだ。俺はすぐに次の技を繰り出す。
「≪紫電纏≫!」
「グオ!?」
二度目の咆哮が来る前に高速で移動し、右の前足と後ろ足を斬り裂いた。バランスを崩したケルベロスは倒れそうになるが、左足を使ってバランスをとる。そのまま、左の首が再生をしようとするが、
「≪無窮愛≫!」
姫神の石化の矢が放たれる。右の首でかき消せないので、このままいけば回復を封じることができる。が、
「グラア!」
「あぶね!」
左の首がピンチだと分かると、真ん中の首がブレスを放ってきた。俺は姫神を≪紫電纏≫を使って、お姫様抱っこの体勢で助ける。
「大丈夫か?」
パクパクと姫神は鯉みたいになっている。しかし、ハッと自分の状況に気が付くと、
「うるせぇです!は、早く降ろしてください!」
「だったら、俺の服を掴むな。降ろせないだろうが」
真っ赤になって言ってきた。助けたんだからもう少し言い方があるだろうが。俺は心の中で思ったことをぐっと我慢して、ケルベロスを見る。左の首が雄たけびを上げると、右の前足、後ろ足が生えてきて、ダメージをなかったことにされた。
後、姫神を下したときに『あっ・・・』っていう切ない声が聞こえたが気のせいだろう。
「コホン、予想通りですね」
「そうだな」
ケルベロスの生態で分かったことは二つ。まずは首ごとに使う能力が違うこと。通常のケルベロスなら一体につき一つの異能しか使えないはずだが、このケルベロスは三つの力を使える。魔力の打ち消し、再生、そして、一撃必殺のブレス。どれも面倒なものだが、三つが組み合わさると面倒なことこの上ない。
で、もう一つは、一つの首が能力を使っている時は、別の首が能力を使えないことだ。姫神が≪無窮愛≫を放った時に、ブレスと同時に回復すれば良いのに、それをしてこなかった。ようやくケルベロスの弱点らしきものが見つかった。
「だからといってどう倒すかっていうのは難しい問題ですけどねぇ」
「まぁな」
生態を知ったからといってケルベロスが弱くなるわけではない。一つ一つの異能は強力だ。それでも何も知らないよりはやりようがある。
「んじゃ、予定通りいくぞ」
「はい!好きです!」
「え?」
「ち、違います!隙ができましたって言ったんです!何をやってるんですか!?」
「お、おうごめん」
『好きって言ったよな・・・?』
『幻聴だろ?』
『隙の間違いだって、HAHAHA』
『なんだよこの実況・・・』
『見ると悲しくなるんだけど、見ずにはいられない・・・』
『画面映してくれぇ!』
ここまでは想定通り。俺は素手でケルベロスに突っ込む。どうせ魔力を消されるなら、双剣を生成するメリットはない。ケルベロスは前足を使って俺を踏みつぶそうとしてくる。俺はギリギリまで引き付けて転がりながら躱す。そして、
「≪火球:十連射≫」
アカの使う技をパクる。異能の中では圧倒的に弱い。俺はそれを右の首に打ちまくる。数発当たるが威力が足りないので、鬱陶しいハエくらいにしか思っていないだろう。
「グオオ!」
それでもハエに集られたら払いたくなる。右の首が咆哮を上げた。そして、前足でパンチしようとしてくるが躱す。五メートル級の犬のパンチだ。一発で骨まで砕けるだろうが、先読みでジャンプしながら躱す。
ケルベロスの目の前にジャンプする。正面の首と目が合うが、今は右の首が咆哮を上げている最中だ。ブレスは放てない。だけど、
「ガウ!」
「グフっ!」
「センパイ!?」
俺は真ん中の首に頭突きで叩きつけられる。
『大丈夫か!?』
『すげぇ嫌な音がしたんだが・・・』
『【漆黒の堕天騎士】ぃ!』
『無事だよなぁ!?』
『麗美ちゃんはぁ!?』
すげぇ痛い。だけど、
「キ・・・」
「「!」」
左の首が石化していく。
「≪愛の蜃気楼≫」
何もないところから姫神が現れる。
フィリアの力を使って、姫神自身の認識をぼかす技だ。俺との戦いに集中していて、姫神への注意が散漫になっていたから使えた技だ。そして、≪無窮愛≫を放ち、左の首に当てた。右の首が咆哮を上げて、魔力を打ち消そうとするが、≪無窮愛≫の効果は永続化。
それが打ち消されないのは前戦で確認済みだ。抵抗虚しく、左の首は完全に石化した。
「よし・・・」
俺の額からは血が溢れてくるが、それなりの代償を払ったおかげで、一番厄介な左首を潰せた。これでリスタートはない。後二つの首を取ったら俺たちの勝利だ。
『どうなってるんやぁ』
『【漆黒の堕天騎士】が『よし』って言ったぞ!?』
『戦線は大丈夫っぽい!』
『映してくれぇ!』
「グルル・・・」
ただ、満身創痍の俺の方を二つの首が同時に見つめてくる。明らかに怒り狂っていた。俺はというと真ん中の首のやつの頭突きで頭がフラフラしてうまく立てない。このままだと喰われる。が、
「≪無窮愛≫!」
これも作戦のうち。俺に意識が集中しているうちに、姫神の狙撃で倒してしまおうという作戦だった。しかし、
「ガウ・・・」
ケルベロスは素早い身のこなしで姫神の弓を躱した。今までの動きは手加減していたと思わせるほど素早い動きだった。俺はその間に蒼炎で傷口を触る。頭がふらついていたら戦えない。そして、傷口が塞がったので、俺は再び戦線に戻る。
「グルルル・・・」
左首をやられて怒り心頭のわりには冷静だった。頭に血がのぼって襲い掛かってきてくれたら嬉しいんだが、そうもいかないらしい。右の首は姫神を魔力感知で見つけ出した。そして、
「グオオ!」
「くっ」
姫神の≪愛の蜃気楼≫が剥がれ、透明化が崩れた。そして、真ん中の首が姫神めがけてブレスを放つ。このブレスのスピードは姫神だと≪自己嘘愛≫を使ってステータスを上げた状態じゃないと避けることができない。だから、俺は、
「≪紫電纏≫」
紫の雷を纏って雷の速度で移動して、姫神をお姫様抱っこで救出する。そして、そのまま≪黒円≫を使って空中に跳び、ケルベロスの頭上に移動する。いいぞ。気づかれてはいない。
「≪無窮愛≫!」
そのまま上空から撃ちおろす形で弓をひく。バレてはいないはずだ。獲った!
「ガウ!」
「は?」
すると、ケルベロスが忽然と目の前から消えた。ケルベロスを見失った俺はどこにいるのかと右に左に首を振る。しかし、どこにもいない。
「どこだ!?」
「上です!」
「はぁ!?」
姫神の声を聞いて、俺が上を向くと、ケルベロスがブレスを放つ準備をしていた。いつの間に移動していたのかと悪態をつきたくなるがそれは後だ。今はブレスをどうにかする方が先決。距離は五メートルほど。俺は地面に垂直に≪黒円≫を発生させ、≪紫電纏≫をして、横に避けようとする。が、
「グオオ!」
「くっマジか!」
右の首に読まれていた。ブレスは俺に魔力を使わせるためのフェイントだったのだろう。今度こそ俺に照準を合わせ、漆黒のブレスが俺に放たれた。
「クソっ!」
「センパイ!?」
俺はブレスに直撃した。
●
「うっ・・・」
ブレスを受ける直前に、ギリギリで健児センパイが私を投げ飛ばしました。おかげで私のダメージは全くありませんでした。地面に投げ出されましたが、この程度なら受け身を取ればどうとでもなります。問題は健児センパイです。
モクモクと煙が立ち込め、何も見えません。しかし、徐々に煙が晴れてきて人影が見えてきました。向くりと起き上がる気配がしたので、一安心です。
「大丈夫・・・で・・・すか?」
氷が張っているので、直撃は避けられたようです。しかし、健児センパイの身体には斑点模様が浮かび上がってます。明らかに毒です。カハっと血を吐いて苦悶の表情を浮かべています。服も所々破けており、私のダン配用のカメラは外に投げ出されていました。そんなことはどうでもいいです。
『おっ、画面が映った!』
『【漆黒の堕天騎士】だ!』
『っておい!大丈夫か!?』
『死にかけてるのか・・・?』
『さっきのヤバい音はこれだったのか!』
カメラは打ち所が悪かったのか自動モードに切り替わっていた。
私はすぐに健児センパイを助けようと駆け寄ります。そして、
「≪慈愛の光≫!」
私は八つの愛の一つ、無償の愛のアガペーを使います。効果は回復です。しかし、
「な、なんで!?」
斑点模様は消えません。顔色も一瞬だけ良くなりますが、焼け石に水です。無駄とは言いませんがこれじゃあ効果はほとんどありません。
「≪輪炎・・・転・・・生≫」
「え?健児センパイ!?」
一度完全に脈が消えてしまいます。死んでしまったのかと思いましたが、蒼炎が健児センパイの死体から浮かびあがり、ヒト型になり、復活しました。
「はぁはぁ・・・」
「お、驚かせないでください」
そういえばこの人には式宮紅音の死んでも生き返るとかいうチート技がありました。私は一安心しました。
『ビビったぁ』
『そうか。【蒼炎妃】の技も使えるのか』
『kwsk』
『【女王四重奏】の配信を観てこい』
しかし、
「痛・・・!」
「センパイ!?」
生き返ったにも関わらずケルベロスから受けた斑点模様が消えません。
「なんでだ・・・?」
「あっ、健児センパイ!?」
また、身体を倒してしまいます。そして、
「≪輪炎・・・転生≫」
再び健児センパイは蒼炎と一緒に生き返ります。しかし、苦悶の表情は変わりません。これはまさか・・・
「呪い・・・」
「なんだと・・・?」
最悪です。呪いというのは生死にかかわらずずっと残り続けるものだと聞いたことがあります。そういえばブレスの色も私と戦っていたときよりも黒でした。黒紫がステータスをダウンさせるもので、漆黒は呪いの付与なのでしょう。
「解呪の方法は・・・?うっ」
「呪いを解く権能を持つ人を探すか、かけた相手を倒すしかありません・・・」
「っ、マジ・・・か」
「センパイ!?」
また死んでしまいますが、≪輪炎転生≫で生き返ります。しかし、これはどう考えてもジリ貧です。人を生き返らせるというこの世界の理から外れた力をそう連発できるわけがありません。魔力だってすぐに尽きてしまうはずです。
「≪慈愛の光≫!」
私もできる限りの回復をします。これで回復はできなくても現状維持ならできるはずです。もっとも魔力を相当持ってかれます。
「姫神!」
「え?」
「ガウ!」
ケルベロスが私の背後から爪で斬り裂いてきました。完全に敵を失念していました。健児センパイが≪氷神剣≫で防ぎながら、ケルベロスを凍らせます。しかし、
「グオオ!」
再びの咆哮ですぐに氷も解けてしまいます。健児センパイを助けるには今すぐにでもこのケルベロスを殺さなきゃいけません。しかし、私たちの力ではどう考えても瞬殺できるわけがありません。しかし、
「グルゥゥ」
ケルベロスがうめき声をあげると、黒い円ができます。ケルベロスはその中にすっぽりと入ると、姿を消してしまいました。
「バカ!」
「え?」
健児センパイが呆けている私を庇ってくれましたが、私たちはそのまま吹き飛ばされました。後ろを見ると、ケルベロスがいつの間にか存在しました。さっきの背後をとる動きもこれを使ったのだと確信しました。
「大丈夫か・・・?」
「ええ、大丈夫です。ありがとう・・・センパイ?」
背中に手を当てるとべっとりとしています。確認すると健児センパイの血でした。ケルベロスに斬り裂かれたのでしょう。
『何が起こったか観えなかったけど、大丈夫か!?』
『血だらけ・・・』
『ヤバイ、眩暈が・・・』
『頑張れ!』
『なんとかしろよ!』
自動モードでは健児たちの動きについてこれない。だから、映せるのは結果だけだ。
「≪輪・・・炎・・・転・・生≫」
健児センパイはなんとか魔力を絞って異能を発動させます。ただでさえ呪いで弱っているところに重たい一撃。もう、生き返ることはできないでしょう。健児センパイはなんとか立ち上がります。
「ケルベロスは、あの黒い渦の中に入ると、ワープができるっぽいな」
「ですね・・・」
そう考えれば健児センパイがなぜブレスを食らったのか。そして、なぜ頭上を取られたのか説明が付きます。だからといって、希望なんてありません。能力は三つじゃなくて四つだったんですから。しかも、健児センパイは瀕死寸前。逆転の目はほとんどありません。
普段なら諦める所じゃないのですが、一度敗北した私にはケルベロスとの力の差が分かってしまいます。若干心が折れかけています。
「どうすればいいんですか・・・?」
●
ヤバイ。身体のあちこちが爆発しそうな痛みで支配されてる。肌を見ると血管が真っ青になっていて斑点が所々に現れている。≪輪炎転生≫はもう使えそうにない。だから、俺が生き残るためにやるべきことは一撃で屠る。それだけだ。
「ガウ」
「くっ」
「きゃっ」
再び、ワープで攻撃してくるが、種が分かってしまえば躱すのは容易だ。ただ、問題は俺の体力だ。姫神の力も一撃必殺がない以上、頼りにできない。だから、俺がやるしかない。
しかし、身体のあちこちが痺れてきて、≪神斬り≫はできそうにないし、蒼炎は使っても、右の首に消されてしまう。けど、
「諦めるかよ!」
俺はマットに沈みそうな身体をなんとか気持ちだけで立たせる。姫神はいまだに俺の回復をやめていない。だったら俺はその期待に応えるだけだ!
一個だけある。この現状を打開する一撃が。だけど、それを発動するには魔力がない。≪輪炎転生≫を使いすぎて残りの魔力が足りない。
「後、一撃。それだけでいい・・・!」
俺はないものねだりをしながら、なんとかそれを確実に発動しようと残った魔力をかき集める。
●
健児センパイの顔色が徐々に悪くなっていきます。私の≪慈愛の光≫で回復できるとはいっても、遅らせる程度にしか働きません。なんて力不足なんでしょう。これじゃああの日から一歩も成長できていません。
私は勇気を振り絞ってケルベロスを見ます。私が倒せばいいのですが、健児センパイから離れた瞬間に呪いで死んでしまいます。私が動くという手段も残されていません。健児センパイが無理して動かないのも、攻撃が通ったとしても魔力を消されると分かっているからでしょう。
すると、ケルベロスが黒い穴に入ります。このパターンは読めています。背後をとるしかない頭の悪い犬です。
「ガウ!」
「くっ」
「きゃっ」
それでも圧倒的なスピードを前に私はギリギリで躱すことしかできません。どう考えても詰みです。ジリ貧です。
もう無理です。勝てっこありません。私は黒い犬を見ながら死を覚悟しました。しかし、
「諦めるかよ!」
健児センパイが私を諦めることを許してくれません。危なかったです。私が折れてどうするんですか!ようやく好きな人に巡り会えたのに、何もせずに終われるはずがありません。私は≪慈愛の光≫を強化します。少しでもこの人が長く動けるように。
ただ、それでもジリ貧なのは目に見えています。私にケルベロスを一撃で屠れる力があればと心の底から思いますよ!私は本来支援職です。味方の強化と援護が花道の陰キャガールです。今までは無理してきましたが、このレベルになると、私の力では通用しないと身をもって知りました。
私には奥義ともいうべき技があります。ただ、それは支援です。健児センパイに支援しても、ケルベロスの咆哮で一撃でかき消されてしまいます。なんとも相性が悪いですね!
健児センパイがその程度のことを把握できていないはずがありません。だから、今も亀のように動かずに隙をうかかがっているのです。
「後、一撃、それだけでいい・・・!」
健児センパイから希望に溢れた言葉が聞き取れました。後一撃っていいましたよね?それでなんとかできるんですか?あのケルベロスをなんとかできるんですか?
それが事実であろうが、真実であろうがどうでもいいです。今、私にできることは私の命を託すことだけです。私は一度深呼吸をします。そして、覚悟を決めました。
●
そう考えているうちに俺の寿命が減っていく。姫神が頑張ってくれているがこのままじゃ共倒れだ。魔力は絶対的に足りてない。だけど、やるしかない。俺は腹を括ると、
「健児センパイ・・・」
「なんだ・・・?」
「打開する術があるんですか・・・?」
不安気に聞いてくる。
「ああ」
だけど、絶対的に魔力が足りない。これからやることは九十九パーセント失敗するだろう。一パーセントを引くしかない。姫神はそんな俺をずっと見ていた。
「どうした・・・?」
「魔力があれば打開できるんですか・・・?」
心を読んだんだろう。姫神は俺の考えていることを当てた。俺は黙って頷く。
「分かりました・・・」
姫神が何かを覚悟したような表情をする。
「私にも健児センパイを強化する奥の手があります。だけど、バフは忌々しいあの右首に消されてしまうでしょう・・・ですが、私の残りの魔力を譲渡できます」
「!それなら頼む!」
僥倖だ。魔力があれば一撃で屠れる。そんな力があったならすぐ寄越せといいたくなるかもしれないが、魔力の譲渡は危険が付き物だということをDanpediaで見たことがある。自分に合わない血液を輸血されたら拒絶反応が起こるようなものだろう。だから、姫神も覚悟を決めたということだ。
『わくわく』
『姫の奥義だと!?』
『見たいぞぉ!』
『殺せ!』
後に視聴者たちは後悔することになる。
「それじゃあやりますね?私はこれをやると動けなくなるので後は頼みます」
「任せろ!」
「では」
素早い動きで俺の前に現れ、俺は一歩後ずさる。しかし、姫神は俺を逃がしてくれなかった。そして、無理やり元の位置に戻された。そして、首のネクタイを引っ張られ、マスクを捲られた。俺は姫神の頭にぶつかりそうになり、咄嗟に目を閉じる。しかし、
「え?」
『え?』
視聴者と健児の声が重なった瞬間だった。
俺の唇に柔らかい感触が触れた。それが三秒ほど続く。茫然としている俺の前に姫神が顔を真っ赤にして、唇を離す。そして、顔を背けた。
「お前何を・・・?」
「・・・≪親愛≫の力、ストルゲーです。効果は魔力の譲渡とステータスアップです。不本意にも健児センパイのことは同類として認めてしまっているから発動できました。どうですか?」
突然のことに驚いたが、俺は身体を確認する。すると体中に力が溢れたことが分かった。これなら、
「あ、ああ行ける」
「そうですか。それなら頑張ってください。私の魔力はもうないので・・・」
「分かった。行ってくる」
姫神は俺とは反対方向に顔を向けてしまった。俺は身体に溢れた魔力を確認する。圧倒的に力が溢れる。
「行くぞ!」
「グルル!」
『ナニガオキタ?』
『あああああああああ』
『俺の姫神ちゃんがあああ』
『夢なら覚めてくれえええええ』
『麗美嬢・・・?』
『俺の【漆黒の堕天騎士】の唇がぁ・・・』
姫神の配信は阿鼻叫喚になり、信者たちが行動不能になった。
●
私は嘘を付きました。≪親愛≫のストルゲーは確かに味方のステータスを上げます。しかし、それは家族愛。つまり、信用した人間に対して発動するものです。今、私が使ったのは≪親愛≫ではなく≪真愛≫の力。
つまり、惚れた相手に対して発動する力です。効果は≪親愛≫を含めたすべての愛の付与です。簡単に言うと最強の付与です。【黒の天士】さんにしか使う気がなかったので良かったです。センパイが【黒の天士】じゃなかったら、発動しなかったんですから。
「それじゃぁ後はお願いします・・・」
他の四人のように私の愛も受けてもらいましょう。
●
すげぇ。力が溢れてくる。呪いも進行が止まって、圧倒的に動ける気がする。これならアレを使える。
「グルル・・・」
右の首で咆哮を上げさせられたら終わりだ。だから、俺は捨て身の特攻のスタイルをとって、プレッシャーを与え続ける。そうすることで、右の咆哮をためらわせている。今のところ狙いは上手くいってる。
俺とケルベロスは向かい合っている。ケルベロスは俺が魔力を発動した同時に、右の首で打ち消し、そのままカウンターブレスを喰らわせる気だろう。だけど、それは無理な話だ。
「悪いが時間がない。終わらせてもらうぞ?」
俺は≪氷神剣≫を生成する。ケルベロスの体勢が低くなる。そして俺は居合の姿勢をとる。見えたわけではない。だけど、俺の肌や感覚が覚えている。後は直感に身を任せるのみ。
「ふぅ・・・」
借りるぞ。
●
健児センパイが前傾姿勢をとります。北司綾の≪神斬り≫ではありません。あれは白南涼の技です。しかし、彼女の技に居合なんてあったでしょうか?
緊張感が張り詰めます。ケルベロスも仕掛けてきた瞬間に魔力を打ち消す気満々です。どう仕掛けるのでしょう。
私にも緊張が伝播してきました。汗が落ちることにすら気が付きませんでした。そして、私の汗が落ちた瞬間、
「え?」
ケルベロスも、私の汗も、そして、このフィールド全体が凍っています。そして、ズズっと音を立てながらケルベロスの頭がズレて真ん中の首も右の首も落ちてしまいました。
健児センパイはいつの間にか≪氷神剣≫を消し、深呼吸をしていました。
「な、何が起こったんですかぁ!?」
●
「よっし・・・」
うまくいったみたいだ。涼の最強の技、
時間を凍らせれば、ケルベロスは俺の動きに反応できないし、何が起こったか分からないだろう。時間にして二秒。俺はその間に両方の首を斬り落とした。
原理はシンプルだ。空間ごと凍らす。それだけだ。その中にいる生物たちは身体を凍らせられたせいで時間が止まったように感じる。切り取った空間の時間の支配者になる。それが涼の技の本質だろう。
そして、ケルベロスを倒すと呪いの斑点も消えていく。それだけで痛みも消えていった。姫神からもらった魔力はもうすべて使った。これ以上立っているのすらキツイ。前から倒れそうになるところを、
「危ないです!」
姫神が俺を支えてくれた。おかげで俺は地面とぶつからなくてすんだ。
「サンキュ・・・」
「いえ」
姫神の唇に視線が行ってしまった。俺は頭をぶんぶんふって雑念を振り払う。しかし、やわらかかったなぁ、じゃねぇんだよ!
「どうかしました・・・?」
「いや、なんでもない」
なんでもあるが悟られたら恥ずかしすぎるが、姫神の能力を忘れていた。
●
健児センパイの頭の中が私でいっぱいになっています。凄い嬉しいですが、疑念の気配が心の中の九割を占めているのはいただけません。まぁ今までの態度を考えれば色々な人にやっているとか勘違いされてしまいますか・・・
ファーストなんだけどなぁ。でも、それを言ったら健児センパイは私のことをまた意識してくれるでしょうか?そうなったら最高なんですけどねぇ。時間はたくさんあります。これからまた好きになってもらえばいいんです。
私はヴィーナスです。愛と美の神。恋愛事で負けるはずがないのです。
●
「一回休もう。あの扉を開けたいが、流石に疲れた・・・」
「そうですね」
地面にぺたりと腰をつけてしまう。それだけ厳しい戦いだった。姫神も女の子座りで地面にへたり込む。いちいち仕草が引き寄せられるのはなんなんだよ。
「まさかとは思いますけど、あの扉の先にもこのレベルの魔獣がいるんですかね・・・?」
「嫌なことを考えさせんなよ・・・まぁでもそんな気がする」
階段の上にある扉を見ながら、俺たちはげんなりしてしまう。だが、帰るにはこの階段を登らないといけない。正規ルートに戻る道が一番厳しいってどういうことだ。逆に降りてくるときはあのケルベロスを倒さなきゃいけないってことだ。
これ以上強い魔獣が出ませんようにと神頼みをしておく。そういえば、召喚獣たちはどうしただろう。いまだにあそこに取り残されているなら助けにいかないといけない。
「なぁ姫神「ビシっ」え?」
ビシっ、ビシッ、バキバキ、バリン!
「うお!」
「きゃっ!」
姫神と俺は突然の破壊音に驚く。このガラスが鳴るような音はまさか・・・俺は背後を振り返る。すると、そこには、
「ケルベロス・・・だと?」
嘘だろ?倒した個体とは違う。だが、事実としてそいつはケルベロスだった。
バリン!バリン!バリン!
三か所から同じような音が鳴る。正方形のリングの四方から獣の匂いがした。
「セ、センパイ・・・?」
俺は恐る恐る背後を見る。そこには、
「笑えねえ冗談だよな・・・?」
俺はぴくぴくと引きつった顔で笑う。一体でもギリギリだったやつが四体だと?【冥界の獄園】は圧倒的な殲滅力とスタミナが必要だったか?だとしても必要な火力がバグってるだろうが。だけど、
「ここまで来たら諦めるわけにはいかねぇな・・・」
「生きて出れたらデートをしてあげますよ」
「そりゃあいいな。絶対生き残るぞ」
「はい!」
「「「「グルル・・・」」」」
俺は≪黒血剣≫と≪氷神剣≫を生成する。そして、姫神は弓を構える。ケルベロス達も臨戦態勢に入る。
「行くぞ!」
「はい!」
俺は正面のケルベロスに仕掛けようとする。しかし、
「キャン!」
「え?」
正面のケルベロスの右の首が吹き飛んだ。血しぶきを上げて噴水のようになった。俺の横には姫神ではない別の気配があった。
「はっ、来たのかよ」
最悪で最低だが、最強が到着したようだ。俺の隣に漆黒の女が佇んでいる。そして、それぞれのケルベロス達の前に最強の三人が立つ。
「ふん、軽口を叩けるくらいには無事だったようだね」
綾が俺の隣にいる。でも、なぜこの場所が分かった?
「その様子だとやっぱり気が付いてなかったのか」
「?」
綾が俺にスマホを見せる。そこには俺たちが映っている。配信者の名前を見ると、姫神麗美になっていた。
「まさか」
姫神がカメラを確認する。すると、
『おいおい【漆黒の堕天騎士】さんよぉ!?』
『麗美ちゃんとキスとか何してんじゃこらぁ!』
『クソ男コロス!』
『処す処す』
『お前だけは許さねぇ!』
は?なんで配信されてんだ?そう思ってスクロールしていくと、カメラの電源が落ちていなかったらしい。俺は姫神と目を合わせる。途中までは俺の胸ポケットに入っていたから何も見えていなかった。しかし、俺がブレスにやられた後、誤作動して自動モードになったっぽい。そこで俺と姫神の・・・
「お前たちのやり取りは全部記録に残ってるんだよ。随分僕達がいないところで楽しんでたみたいじゃん。なぁ【漆黒の堕天騎士】様ぁ?」
姫神はパクパクと湯気を出して、行動不能になっていた。
「いやいやいや、楽しんでたわけがないだろうが!」
「でもキスはしたんだろ?」
「あ、うん」
すげぇ柔らかかったなぁ。
『お前くたばれよ!』
『顔見せろや!』
『絶対に叩き潰す!』
『明日から俺は何を支えに生きていけば・・・』
『【漆黒の堕天騎士】を呪おうの会を作りました。ぜひご協力を』
コメントがヤバいことになっていた。俺は綾に胸倉を掴まれる。
「よりにもよってあのクソ女としやがって!唇を地面でこすりつけてやろうか!?」
「怖えこと言うなっての!」
ケルベロス達も戸惑っている。突如現れた四人にどうすればいいのかと。しかし、
「グオオ!」
綾に右首を落とされたケルベロスが咆哮を上げると、首が元に戻る。俺はそれを見て理性を取り戻した。今は馬鹿な会話をしている場合じゃない。
「お前ら!あのケルベロス達は四つの能力を持ってる。右首が魔力の打ち消し、左が再生、真ん中がブレス、そして、ワープだ。ワープは黒い穴の「黙りなさい・・・」
声のした方を見ると涼がケルベロスの方を見ながら、答えた。俺はその物言いにカチンときた。しかし、さらなる怒りが【
「ちょっと黙るのです。俺様、久しぶりにキレてます」
「そうね。もう喋らないでくれない?」
涼だけじゃない。紅音と蒼からも恐ろしいくらいの怒りを感じた。
「お前ら・・・どうしたんだ?」
「五十パーセントはお前のせいだよ。もう半分はそこで呆けている泥棒猫」
俺と姫神がこいつらに何かしたか・・・?またよくわからん因縁を付けられているだけのような気がする。
「でもな」
「ん?」
「残りの万パーセントはこのクソ犬のせいだ。お前が倒しちゃったからどうしようかと思ったけど、同じ顔のサンドバックがたくさんいるみたいで安心したよ」
「綾・・・」
【女王四重奏】がブチ切れていた。ここまでキレている姿を見たことがない。
『【女王四重奏】とコラボだと!?』
『カメラ逃すな!』
『わくわく!』
『激熱展開!』
『頑張れぇ』
姫神がカメラを持っているが、あいつではカメラワークは無理だし、俺も身体がすくんで動けない。
「「「「・・・」」」」
四人はただケルベロスを見ているだけだ。俺のアドバイスなど全く聞いていないのだろう。しかし、ケルベロスも相手が最強の四人だと分かると慎重にことを運んでいた。おそらく魔力を使った瞬間に右の首で打ち消すのだろう。
しかし、そこから俺が観た光景は全く異質過ぎた。四人が軽く手を動かしたのが最後に見えた光景だった。全員その行為が終わると俺の方に来る。
「グル・・・?」
「グギャ・・・」
「グ・・・ガ・・・」
「・・・」
ケルベロスの首が輪切りにされ、爪で斬り裂かれたように首が縦に顔が切断され、全身が凍り、消し炭になった。
「「は・・・?」」
俺と姫神は馬鹿みたいに見惚れていることしかできなかった。
「≪夜空絶≫」
「≪雷轟≫」
「≪零号≫」
「≪失灯≫」
【女王四重奏】は最後にポツリと名前を呟く。その前にケルベロス達は絶滅していた。
「はは、やっぱり・・・バケモンだわ」
俺が復讐したい相手はやっぱり最強だった。
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