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姫神の様子がおかしい。俺の過去を告げた瞬間にこっちを見るなと言われてしまった。また変なことをしたのかと振り返るが、特段おかしいことをした記憶はない。考えてもいない・・・はずだ。
「なぁ姫神」
「!な、なんですか!?喧嘩なら買いますよ!?爆買いです!」
「お、おう」
『姫無事だったかぁ!』
『心配だったんだぞぉ!』
『そろそろ画面を映してくれ』
『これはこれで素の声が聞けるから面白い』
『それな。でも、なんとなく嫌な予感がする』
『わかる』
健児と姫神は配信がずっと流れっぱなしだということに気が付かない。
●
今、私の頭はパニックです。大パニックです。健児センパイと【黒の天士】が同一人物?確かに【漆
こうなると芋づる式です。私の意思とは関係なく当時のことを思い出せてしまいます。あの日私をリンチにした女共は健児センパイの体質にビビったと考えると不自然はありません。私はちらっと健児センパイの方を見ます。
いやいやいや。こんな人が私の王子様のわけがないじゃないですかぁ。厨二をたまたま同じ時期に患っていたってだけです。私は冷静に、冷静に可能性を消していきます。事実確認をしておきましょう。これで私の勘違いだったってわかるはずです。
「さっき漢字の書き順を忘れたって言ってましたけど、なんでそんなのを書く羽目になったんですかぁ」
「・・・言いたくない」
拒否されます。それなら、
「推測ですがぁ、気絶していた女の子に手紙を残すためとかですかぁ?」
「・・・なんで分かるの?」
「否定してくださいよぉ!」
「いや、知らんし・・・」
「内容に掌中の珠とか書いちゃったりしてますよね!?しかも平仮名で!」
「だからなんで分かるんだよ!」
「否定しろよ!」
「なんで俺が怒られるんだよ・・・」
気が付くと健児センパイの胸倉を掴んでグワングワンと揺らします。ちなみに掌中の珠とは大切な物という意味です。厨二故に頑張って調べたんでしょう。それはそれとして【黒の天士】だと認めたくないです。だけど、私の魂はこの人を【黒の天士】として認めてしまっています。そう思うと、
「うう~」
「お前大丈夫か・・・?」
心配してくれている。嬉しい!
「じゃねぇんだよ!」
「お、おい?」
『麗美嬢!?』
『どうしたんだ!?』
『【黒の堕天騎士】に何かされたのか!?』
『画面を映せ!』
『気になるんだよぉ』
私の頭はぐちゃぐちゃです。魂はこの人を認めているのですが、頭が認めていません。何度も何度も過去を反芻しますが、すればするほどこの人です。
ってことはなんですか?私は私を好きになってくれた王子様を弄び、罠にハメたクソ女ってことになっちゃうじゃないですか!?ゴールinしてたのに、自分でそのチャンスを不意にするどころかゴミ箱にダンクシュートした気分です!
と、とりあえず、どうしましょう。ようやく意中の人を見つけたわけです。最悪の再会ではありますが、ここから好感度を上げていけば、って違う!健児センパイなんかを好きになるわけがないじゃないですか!はいはい。過去を美化しすぎましたよぉ。新しい恋を探しましょう。
ってなるわけがないです!あの時の出来事があったから今の私があるんです!私を変えるきっかけになった人にお礼をしないで何をしようと言うんですか。だけど、私、この人にとてつもなく酷いことをしていますよね・・・?
私は私を助けてくれた人を罠にハメてしまったんです。ここに関しては何も言い訳ができません。どうすれば、恩人に対して、最悪の形で仇を返してしまえるのでしょう。こんなことをする人って世界に何人いるのでしょう。私だけですよね・・・
「私のこと、どう思っていますか・・・?」
「え?」
何を言ってるんじゃぁ!
『お、おい麗美ちゃん・・・?』
『ははは面白いなぁ。【漆黒の堕天騎士】を弄んでるんだろ?』
『そそそれな』
『で、でも声に艶がないか・・・?』
『【漆黒の堕天騎士】ユルサナイ』
「超腹黒女」
「グフぅ」
う~、さっきまでだったら軽く流せたのに、流せないですよぉ。分かっていたけど滅茶苦茶辛いですぅ。泣いちゃいそうなのを耐えます。
「間違えた。超腹黒ボッチ姫」
「酷くなってるじゃないですかぁ!」
自業自得とはいえ酷すぎますぅ!神様ぁ!できれば再会した日に時間を戻してくださぁい!
「ってさっきまでは思ってたけどな」
「え?」
健児センパイは笑っています。
「腹黒ボッチ姫は変わらんけど、努力家っていうところは認めてる。ダン配に対するこだわりとか、戦い方とか、生半可な努力でたどり着ける域じゃないからな。そこら辺は、尊敬できる」
「センパイ・・・」
「後はシンパシーを感じる。女に死ぬほど嫌われてところとかな」
「私と同類とか業腹ですよ」
「どう思っているか聞かれたから答えただけなんだけど・・・」
私は背を向けます。
褒められちゃったぁ。嬉しい。そんなところを見てくれる人なんていなかったし、努力を褒められるって凄い嬉しい!じゃねぇんだよ!何をやっているんですか私は!男はすべからく私の下僕です。それなのに、
「えへへぇ」
顔の表情筋が制御できません。今、私の顔を見られたら色々不味いです。
『なぁ、なんか嫌な予感しかしないんだけど』
『奇遇だな。俺もだ』
『NTRされるってこんな気分になるのか・・・』
『ヤバイ、頭がおかしくなりすぎて【漆黒の堕天騎士】を好きになりそう!』
『正気に戻れ!そいつは男だぞ!』」
『【漆黒の堕天騎士】はコロス』
『画面映してくれ・・・気になって仕方がない』
配信をラジオ代わりに聞いている姫神信者たちが暴走しかけている。
●
姫神の様子がさっきから変だ。紅音の≪輪炎転生≫には頭をおかしくしてしまう効果でもあるのだろうか。ここから出たら聞いてみないといけない。下手したら俺の頭もおかしくなってしまうかもしれないのだ。
姫神をちらちらと見ると、一瞬目が合ってすぐに目を逸らされる。耳も真っ赤になっているし、熱でもあるのだろうか。まぁそのあたりのことはまた後でいいだろう。
目下考えるべきことは、あのケルベロスのことだ。アイツを倒すのは俺では無理だ。俺の力はすべて魔力に依存する。右の首を斬り落とさない限り俺の力は無意味だ。姫神に協力してもらわないと。
「姫神」
「ひゃい!」
カエルみたいにビクッと跳ねる。そして、熱を持った表情でこっちを見てきた。不覚にもドキッとしてしまった。こいつが美人だということを時々忘れる。だけど、今の表情は今までとは別種のような気がする。今は気にしていても仕方がない。
「ケルベロスの対策を立てるぞ」
「あっ、はい、そうですよねぇ」
「なんで残念そうなんだよ・・・」
「いえ、私よりも犬の話ですか」
「意味が分からん理由でキレるな」
ケルベロスのことなどどうでも良さそうだった。目下一番の目標のはずなんだが、大丈夫か?俺は訝し気な視線を送る。
「大丈夫です。集中します」
「おう・・・」
一回ため息をつくと、真面目な表情でこっちを見てきたので、さっきまでのことは気のせいだと思うことにした。だけど、
「姫神・・・」
「はい?どうかしました?」
「なんでそんなに近いの・・・?」
俺と姫神は肩が触れあってしまっていた。明らかに距離感がバグっている。
「ち、ち、違います!そっちから近づいてきたんです!私じゃないです!」
「いや、お前の方からだぞ」
「うるせぇです!それとも私に近付かれるのは、嫌、なんですか・・・?」
迷惑と断定したいのだが、姫神の声は不安そうで庇護欲を掻き立てるものだった。なんとなくそういうのを憚られた。そして、逆に距離を詰められる。だけど、俺はこういう仕草に騙されて酷い目にあったばかりだ。きちんと嫌だと言うことにした。
「・・・嫌じゃない」
「!えへへ、それじゃあ失礼しますねぇ」
「お、おう」
はい、馬鹿確定。何やってんだか。
「はぁ、それじゃあ俺なりのケルベロスの対策を伝えるわ」
「はぁい」
緊張感のない返事にため息をつきながら、俺はケルベロスの対策を伝える。
『おい、なんて甘酸っぱいんだ』
『麗美嬢・・・』
『俺らの麗美ちゃんがぁ!』
『【漆黒の堕天騎士】を殺そうの会を作ろう』
『入会するわ』
『俺も』
『はあはあ、【漆黒の堕天騎士】さん』
『ホモ発生。事案』
●
「ーっていうのでどうだ?っておい?聞いてんのか?」
「あっ、はい」
明らかに聞いているように見えない。さっきから顔が赤いが熱でもあるのだろうか。触れてる肩は徐々に俺の方にもたれかかっていた。
「姫神、失礼するぞ」
「え?きゃっ!」
俺は姫神の頭を触る。女の肌に触れるなどご法度だろうが、明らかに様子がおかしいのだ。もしかしたらケルベロスの後遺症が残っているのかもしれない。すると、
「熱い!お前大丈夫か!?」
手が焼けるように熱い。こんな調子で動けるわけがないだろう。熱が俺の手にどんどん伝ってくる。こんな状態で動けるわけがない。俺は涼の氷を借りて、姫神の頭を冷やそうとするが、
「な、何するんですかぁ!」
手を払われる。が、すぐにまた触れる。
「俺に触れられるのは嫌だろうが、すげぇ熱だぞ?氷で冷やしてやるから」
「あっ、ええと、それなら」
「もちろん嫌なら氷嚢を作って「直接冷やしてください!」お、おう」
姫神に凄まじい剣幕で言われる。俺は涼の氷を思い浮かべて手を冷やすが、
「・・・何してんの?」
姫神は俺の膝に頭を乗っけて寝ようとしていた。
「じ、地面に寝るよりも膝の方が柔らかいから仕方なくこうしてるんです!決して膝枕がして欲しいからじゃないんですよ!?」
「わ、分かった」
「そ、それじゃあ失礼しまぁす」
柔らかく、サラサラな金髪が俺の膝の上に乗っかる。性格を除けば最高過ぎる女が俺に密着しているので、俺の心臓はバックバックだった。そして、俺は右手を冷やし、姫神の頭に触れる。すべすべすぎる。
『膝枕だと!?』
『一体何が起きてるんだ!?』
『こいつら付き合ってるのか!?』
『やめてくれぇ!NTRは守備範囲外だぁ!』
『今夜の枕は涙で濡れちまうな・・・』
『俺もやけ酒だぁ!』
『俺の【漆黒の堕天騎士】の膝で寝るとか殺すぞ姫神!?』
『こじらせすぎてホモになってるぞぉ?』
「んぅ、気持ち良、くねぇですぅ!」
「そうかよ、なら手を」
「でも、気持ち悪くはないので乗っけさせたあげますよぉ!感謝なさい!」
「どこの女王様だ」
俺が腕を離そうとすると、両手で掴んで頭から離さない。何がやりたいんだ、こいつは。そうこうしていると大人しくなった。沈黙が続いて俺も何を話せばいいのか分からん。もう好きにやらせよう。
「センパイ・・・」
「ん?」
数分くらい経った後、姫神からつぶやきにも似た声が俺の耳に届く。
「すいませんでした・・・」
「その謝罪なら俺は受け取った。あいつらに土下座も、まぁいいわ。ただしっかり謝ってくれ」
「いえ、そうじゃなくて、ああ!もう、なんでもないです!この鈍感!」
「何で俺は罵倒されてるんだよ・・・」
「もう知りません!私は寝ます」
「あっ、おい!」
姫神はそういうと俺のお腹に顔を埋めて寝てしまったようだ。よほどダメージが残っていたのだろう。俺が何をしようとも起きる様子がなかった。離れようにもがっちり腰をホールドされているので、動くこともできない。
寝息が聞こえてきたので、俺は軽く復讐をすることにした。
「甘えん坊だなぁ、姫神ちゃんは」
起きてたらうがーと文句を言われるに違いない。まぁ寝ているうちの仕返しだ。
『調子に乗んなよてめぇ!』
『なぁにが姫神ちゃんだよ!』
『俺は明日から何を支えに生きていけば・・・』
『俺の部署の人間が何人も倒れてるんだが・・・』
『うちも。三十日間休みなしでも働ける精鋭たちしかいないはずなんだが・・・』
『俺の学校も『姫神様がぁ』って叫んでるやつ多数』
『【漆黒の堕天騎士】は潰す』
『姫神代われ!俺が股間に顔をうずくめるんだよ!』
『もう通報していい・・・?』
●
「甘えん坊だなぁ、姫神ちゃんは」
甘えん坊ですって?何を言っているんだか。って思っているはずなのに、私の身体は心地よさに支配されています。そんなわけがありません。だから、私は、
「うるせぇバーカ」
聞こえない声量でより顔をうずめながら、呟きます。
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