3
「いいですか?私はボッチじゃありません」
「はいはい」
「友達だってたくさんいます」
「はいはい」
「その優しい表情をこっちに向けんなって言っているんですよ!」
姫神はうがーと俺に言い寄ってくるが、俺はもう何も怖くない。というよりも同類の姫神に対して、シンパシーさえ感じている。
『姫・・・』
『マジでボッチっぽいな』
『友達いないのか・・・』
『友達になってあげたいけど、俺は崇拝の対象としてしか見てないからなぁ』
『俺も。麗美嬢に友達ができますようにって賽銭するわ』
『こんな必死な表情初めて見た』
『それな。でも美しい』
コメント欄もすっかり姫神に対する同情しか書かれれていない。核心を突かれたからなのか、姫神は取り繕おうと必死だった。俺はダン配の火消しに邪魔だと言われ、グリフォンの素材を手に入れてこいと指示された。
戦闘が終わったので、カメラを自動モードに切り替えた。俺はその間にグリフォンの素材をはぎ取っていた。流石に全部は持っていけないと思っていたのだが、姫神の
≪偏愛の宝箱≫には姫神自身が気に入ったり好奇心が湧いたりするようなものを無制限にいれられるらしい。俺はグリフォンの身体を少しずつ分解して、≪偏愛の宝箱≫に入れられるサイズにしていく。小一時間ほど経って、ようやく素材の解体が終わった。
「ああ~もう!なんでなんですかぁ!私は可哀そうな子じゃありません!美人で可愛い最高の女なんですよ!ボッチじゃなくて孤高と言ってください!」
未だに決着がついていないらしい。俺もコメント欄を見る。
『必死すぎるよぉ』
『素が見れてよかったです!はい一万!』
『可哀そうだけど、僕も同類です。スパチャ送ります』
『いけ好かない女と思ってすいませんでした』
『私もお詫びのスパチャです』
地味に女性のファンが増えていた。いい意味でも悪い意味でも完璧すぎる姫神は弱みを見せなかった。それが今回ボッチだと知られて身近なアイドルを求めるファンたちが流入してきたのだろう。これは【女王四重奏】にも言えるかもしれない。
「うう~ボッチじゃないのに・・・」
姫神のこんな表情を見ると、一発やり返せた気分だった。ざまぁ
●
「気を取り直していきましょう」
「ふっ、孤独の姫が何かいっておる」
「あはは、【漆黒の堕天騎士】様ったらぁ、孤高ですよ。こ・こ・う」
「う、うむ」
カメラに絶妙に入らないところで矢を刺されていた。普通に血が出るので痛い。
グリフォンを倒した後、俺たちは洞窟を進んでいた。入口は俺と姫神が並んで歩けばほとんどスペースがなかったのだが、奥に進むにつれ空間が広くなってきた。あんまり狭いところで魔獣に襲われると選択肢が戦闘と背後への逃走しかなくなるので困る。
ただ、今のところ魔獣の気配は先ほどのグリフォン以外に全く感じられない。スタンピードと強力な魔獣がたくさん現れるという情報だったはずなんだが・・・
「全く魔獣が出ませんねぇ」
「ふっ、【神妃】の過ちか・・・」
「ちっ」
「今、舌打ちした?」
「いえいえ~そんなわけがないじゃないですかぁ」
笑って誤魔化される。絶対に舌打ちされたと思うんだが・・・
『今のは【漆黒の堕天騎士】が悪い』
『お前、デリカシーないな』
『女の子イジメて情けないぞ?』
言われたい放題だ。お前らもさっきまでいじってただろうが!手のひら返しが酷すぎる。
「私の姫pediaは完璧なんでミスなんてあるはずがありません。それに【漆黒の堕天騎士】さんもSランクダンジョンがこの程度なんて考えていないでしょう?」
「む」
確かにそうだ。あんなグリフォン一匹のダンジョンなら公園のダンジョンの遥かに格下だ。まだまだ何かがあると思って行動した方がいい。
『流石麗美嬢・・・』
『姫様素敵・・・』
『Sランクの貫録だぁ』
姫神の言葉で緊張感が出てきたのは確かだ。俺も姫神を撮影しながら、すべての感覚を研ぎ澄ます。こういうダンジョンは擬態している魔獣が現れるのがセオリーだ。周りを注意深く確認しながら進む。壁や天井、地面の隆起した場所。そういうところから襲われると心臓に悪いし、下手したら即死だ。
警戒しながら歩いていると、前方に光が見えた。
「あそこが出口ですね」
「うむ」
ダンジョン内にしては明るすぎる気がする。奥の方を見ようと思ったが、暗闇に慣れきった、俺の視界では奥まで見通すことができなかった。昔、出口を抜けたらその下が崖だったという経験をした。あの時は召喚獣たちがいなかったらそのまま地面のシミになっていたことは想像に難くない。
「・・・では、行きましょうか」
「うむ」
罠らしきものはない。後はこの先に何がいるかだ。俺と姫神は光の中に吸い込まれていった。
●
「ここは・・・?」
不思議な空間に出た。地面は正方形の黄土色のタイルで敷き詰められていた。見たこともない材質だったので、鉱石集めをしていた俺としては気になるものだった。天井はドームのようになっていていて、太陽光のような光を放っていた。
特徴的なつくりは二つ。一つは目の前にあるピラミッドを思い起こさせるような幾何学的な階段だ。俺たちのいる位置とは反対側にあった。ダンジョンの構造的に下に行けば行くほど難易度が上がるのは確かだ。
逆に言えば上に上がれば上がるほど魔獣の力は弱くなるし、正規ルートに合流できる可能性が高くなる。そういったことからあの階段は攻略するときに、下ってくる階段なのだろう。そう推測できる根拠は二つ目にある。
それはドーム状の壁に無数の穴があることだ。推測だがこの場所は分岐点なのだろう。攻略するのならここにある無数の穴から通じる場所に行き、しらみつぶしに一個一個マッピングをしていかなければならないはずだ。ここまで見事な分岐点は公園でも記憶にないな。
「なるほどですねぇ」
「ふっ、我の思考を読み取るとは生意気だな」
「【漆黒の堕天騎士】さんの思考を読むなんて朝飯前っすよぉ。それじゃあ階段を目指しますかぁ」
「うむ」
俺と姫神はど真ん中を通って最短距離で階段を目指す。無駄なことを省くのは良いのだが、なぜか嫌な予感がする。
「それにしても不思議な空間ですねぇ。【漆黒の堕天騎士】さんの方がSランクダンジョン歴が長いと思うのですが、こういう場所は経験ありですかぁ?」
姫神は俺の思考を読み取ったのだろう。おれのほうを見て尋ねてくる。俺の嫌な予感というのを推測したいらしい。俺の所感では、
「うむ。ここは剣闘士共の踊り場に酷似している」
「?どういう意味ですか?」
「闘技場だ」
ガコ
「「え?」」
フロアの中心にたどり着くと音が鳴る。姫神の右足が地面にめり込んでいた。嫌な予感しかしない。すると、ガシャガシャと何かが当たる音が聞こえてくる。結構遠いところから聞こえたが、徐々にその音が大きくなる。
「・・・やらかしましたね」
「うむ・・・」
『罠だったのか・・・』
『こんな古典的な罠があるとは』
『俺は怪しいと思ってた』
『はいはい』
『【神妃】と【漆黒の堕天騎士】の大ピンチ』
『何が出てくるんだろう。わくわく』
コメントを読む余裕はない。しかし、何の音かは一瞬で判別がついた。うじゃうじゃとそいつらは現れた。
「骸骨兵士、いやそれ以上のプレッシャーを感じます。骸骨騎士ですね」
ドームの穴という穴から骸骨騎士たちが現れる。ガシャガシャとドーム内に骨が当たる音が響き渡る。明らかに数がバグってる。百や二百じゃない。千は確実にいる。
姫神が言っていた【冥界の獄園】の情報は間違っていなかったらしい。殲滅系の力とスタミナがとにかく重要になってくるという話は確かにその通りだ。しかし、そんなものがあっても焼け石に水なのではないかと思った。
「姫神!引くぞ!」
「え?ちょっと!」
とにかく真ん中にいたら囲まれる。俺たちが来た道に一度引いて、作戦を練り直した方が良いと判断した。無理やり姫神の腕を引っ張った。しかし、
「ブヘ!」
「あれれ?」
俺がフロアを出ようとすると視界がぐるっと回った。そして、俺の視界は屋上を向いていた。自分が倒れていることに気が付くまでに少々の時間を要した。
「なるほどぉ、これは厄介ですね・・・」
姫神が手を伸ばすと波紋が広がる。そこから導き出されるのは見えない壁によって俺たちはこのフィールドに閉じ込められたということだけだ。そして、フロアを見返すと骸骨騎士たちが俺たちの方に近付いていた。
よく見てみると、骸骨騎士たちの身に纏っているのものが見覚えのある制服だったり装備だったりした。おそらくこの裏ダンジョンに迷い込んで死んだうちの学校の冒険者たちを操っているのだろう。それよりも、
「【神妃】よ。これはおそらく・・・」
「ええ。予想通りだと思います。
『うへぇ』
『気が遠くなる・・・』
『なにこれ、骸骨だらけやん』
『マジで大丈夫なのか・・・?』
『心配・・・』
『骸骨騎士ってAランク魔獣なのか・・・でも数がバグってるやろ』
俺もカメラを向けながら心配になる。【
「まっ、やるしかないですね」
姫神はストレッチをしながら、覚悟を決めたようだ。
「・・・行けるのか?」
「誰にものを言っているんですか?私は【神妃】。不可能なんてありません。それよりも撮影に集中してください。変なの撮ったら怒りますからね?」
「了解した・・・」
姫神はそういうと戦闘モードに入り、天使フォルムになった。そして、≪偏愛の宝箱≫から弓を取り出した。
「行きます!」
●
私は一度空を飛びます。敵の位置と数を把握するには空から観察するのが一番良いです。【漆黒の堕天騎士】さんも≪黒円≫を使ってしっかり私に付いてきています。しかし、
「弓使いとは生意気ですね」
骸骨騎士の十数体が私めがけて矢を放ってきました。私は矢をぶつけてすべて相殺し、そのまま一体ずつ矢を放って倒していきます。私にとって厄介なのは遠距離の骸骨騎士です。思考を邪魔されるので鬱陶しいです。だから私はまず最初に遠距離を使える骸骨騎士を潰します。
「ふぅ」
とはいっても、焼け石に水。十数体倒したところで戦況に全く影響がありません。鬱陶しい遠距離攻撃は消えましたが、その数にうんざりしてしまいます。
私は空中を移動しながら、弓を放ち続けます。しかし、骸骨騎士もそこそこ強いです。私の矢を防いだり、躱したりしてきます。うじゃうじゃしているところに放っているにも関わらずです。空中に攻撃できる骸骨騎士はすでにいないとはいえこのままじゃ魔力を消費し尽くしてしまいます。
「さぁどうしましょう」
●
姫神を≪黒円≫を使って追っていく。矢の軌道を見ると意外と防がれてしまっていた。しかし、さっきのグリフォンのこともあるのであまり心配はしていない。それよりも空中を右往左往されて追いかけるのが大変だ。
俺は撮影に集中して被写体を逃さないように頑張ってついていく。
『すげぇ、空中ってこんな感じなのか』
『Sランクの見ている景色を共有できていいわ』
『【漆黒の堕天騎士】が姫神さんに付いてくれたらこんな配信をたくさん観れるのか』
『頑張れ【漆黒の堕天騎士】!スパチャです!』
俺に対して、コメントが付く。嫌われてばかりの人生だったから、偽りの姿でも褒められるのは嬉しい。
「ふっ、我の実力はこんなものではないぞ?」
俺は≪黒円≫の上から下に降りて、骸骨騎士たちの中に飛び込む。いきなり降りてきた俺を敵だと認識したらしい。俺に向かって剣や槍、ナイフなどで攻撃されるが、俺は軽く捌いていく。
左右から俺に向かって槍を刺してくるが、俺はしゃがむことで軽く躱す。そして、俺の頭を剣で斬りつけてくる骸骨兵士をカメラを持っていない左手で背負い投げの要領でぶん投げて、何体か巻き込む。
すると、俺の影が濃くなる。後ろを見ると、ハンマーを持った骸骨騎士が俺に向かって振り下ろしてきた。俺はバックステップでそれを躱す。しかし、休むことは許されない。横薙ぎの剣が俺の身体を真っ二つにしようと振り回されるが、剣に乗っかって、上にジャンプし、そのまま≪黒円≫の上にスタイリッシュに座る。
「ふっ、ざっとこんなもんだ。どうだ愚民共?」
『3D映画顔負けの臨場感!』
『神回避!』
『めっちゃ酔った(笑)』
『カッコよかった!』
『侮ってすいませんでしたぁ!でも口調がうぜえ』
『それな。すべて台無し』
骸骨騎士の動き自体はもう既に読み切っていた。戦術がない魔獣の動きなど俺にとっては全く脅威ではない。ドヤ顔を決めていると、頭に何かがぶつかる。後ろを見ると、深い笑顔をしている姫神がいた。
「なんであなたが目立ってるんですか?馬鹿なんですか?これ私の配信なんですけどぉ?」
「あっ、すいません」
すぐ素に戻った。配信のコメントを見て調子に乗ってしまっていた。
「まぁいいですよ。【漆黒の堕天騎士】さんに視線が集中していたおかげで私も仕込みが終わりましたから」
「仕込み?」
「ええ。ついてきてくださいね」
姫神が空を飛び、天井にたどり着くかどうかまでの高度まで飛んだ。
「下を見てみてください」
「うむ」
俺は言われた通りに下を見下ろす。
「な、なんだこれは?」
「ふふ、驚きました?」
姫神がドヤ顔をする。床には無数の矢の残骸が落ちていた。しかし、それはただの残骸ではない。上から見ないと絶対に分からない幾何学的な魔法陣が配置されていた。
『魔法陣か』
『すげぇ綺麗・・・?』
『ヤバいことが起きる予感しかしない』
『ワクワク』
『必殺技だぁ』
コメント欄は盛り上がる。
「さっきから普通に放つ矢とフィリアを使った幻術の矢を放って少しずつ作りました。私には一気に敵を殲滅する技は悔しいことにないのでこういうところで工夫しないといけないんですよねぇ」
見上げている骸骨騎士たちが可哀そうだ。アイツらは絶対に気が付いていない。ただただ純粋に俺たちの魔力が切れて地面に降りるのを待っている。姫神が何の意味もない魔法陣を敷くわけがない。
「・・・それで効果は?」
「それは自分の目で見て確かめてくださぁい」
姫神がピンクの矢を魔法陣の中心に向かって放つ。矢を打ち落とせばいいのだが、骸骨騎士たちは自分たちが魔法陣の上にいると知らない。だから普通に躱してしまう。
姫神が放った矢が地面に刺さると矢と矢を繋ぐようにピンクの線が繋がる。そして、魔法陣が浮き上がった。そして、姫神は目を金色に輝かせて呟く。
「美の終焉を仰ぎ見ながら死になさい。≪愛欲の虚獄≫」
姫神が技名を言うと、カタカタと音を立てて骸骨騎士たちは皆動きを止めていく。一体、また一体と動きを止めてただの骨に成り下がる。そして、最後の一体が倒れてこのフィールドの魔獣はすべて消え去った。
言葉が出ない。Sランク冒険者にとっては千体ですら一瞬で殺せる対象なのかよ・・・
俺は再び姫神を見る。すると、
「はぁはぁ、流石に疲れました」
「大丈夫か?」
姫神は尋常じゃない量の汗を流していた。そりゃこれだけの力を使ったらこうもなるか。俺は手を貸した方がいいかと思ったが拒否された。その代わりに姫神は指を指した。そっちにカメラを向けろということだろう。
俺は言われた通りにそこにカメラを向ける。そこは魔法陣の中心だった。そこにピンク色に輝く宝石のようなものが浮かんでいた。
「【漆黒の堕天騎士】さん、アレをとってきてもらっていいですかぁ?」
「う、うむ」
俺は言われた通りにブツを取りにいく。≪黒円≫を階段状に発生させ、目当てのものを取りに行く。宝石っぽいがなんなのだろうか。まじまじと見つめながら姫神の元に戻る。
「ありがとうございます。では、いただきます」
「あっ」
姫神は口にその宝石を放り込んだ。宝石を食うなんて馬鹿な真似をするなっていう前に動作が終わってしまった。
「んぅ」
艶っぽい声が漏れる。すると、姫神の身体がピンク色に輝き、姫神から汗や苦悶の表情が消え去った。
「ふぅ」
さっきまでの疲れを感じさせないその姿に俺は早く説明をと急かす。
「
「慌てないでくださいよぉ」
姫神にカメラを向けながら俺は【漆黒の堕天騎士】として質問する。ふぅと深呼吸をしていつもの笑顔で説明を始めた。
「さっきも言いましたが私には炎や氷といった殲滅に向く力を持っていません。私には愛だけしかないんです。だから、大技を使うための準備をする必要がありました。それがあの魔法陣でした」
「うむ」
「私の八つの愛を強化する設置型の技です。具体的に言うと魔法陣を構成する矢に含まれた愛を強化するものになります」
「うむ、してその愛とは?」
「エロス、情愛の力です。効果は魅了と魔力を奪うことです」
またしても色々ツッコミたいところがある。
「情愛で魔力を奪うというのはこれいかに?」
「?私をみた時点で貢物をするのが普通でしょう?」
「あっ、はい」
ヴィーナスって歪んでるのかな。愛の解釈がいちいち倒錯している気がする。
「まとめると私の愛、エロスの力で魔力を命をもって貢がせました。最後のピンクの宝石はここにいた骸骨騎士たちの魔力です。これで私は魔力を回復できる、魔獣は最期に私を見れた。お互いウインウインの関係ですね」
あっちは死んでるんだから可哀そうだろ・・・
『無駄打ちしているように見えてすべて計算だったのか・・・』
『すげぇな。頭が良すぎる』
『ノーコンって思ってすいませんでした』
『一瞬で骸骨騎士を千体殺すとかどうなってんだよ』
『Aランクって弱いの・・・?』
『いや、一体遭遇した時点で色々覚悟しなきゃアカンレベル』
一発一発の威力は【女王四重奏】に分があるが、頭脳と戦略的な部分でいったら姫神の方が上かもしれないな。
「ちょっとすいません。疲れたので一回配信を切りますねぇ」
俺は予定外のことにうろたえる。
「二時間後に再開しようと思いますのでそれまでお待ちを~」
手を振って姫神が時間を稼いでいる間に俺は電源を落とした。
●
「ダリぃ、マジ疲れたぁ」
姫神は階段にもたれかかっていた。さっきまでの姫神はどこに行ったんだってくらいに態度が酷かった。宝箱に保管してあったおやつをぼりぼりと食べる様はニートと言っても過言はない。これが美神なのかって思ったが、それでも綺麗なのがすげぇムカつく。
それにしても俺の前でこんな無防備でいていいのだろうか。弱みを見せるのを嫌がるタイプだと思ったんだが、見当違いだったのだろうか。
「いえいえ、健児センパイの考えてる通りですよぉ?ただ、健児センパイって友達いないじゃないですかぁ。話せるのもせいぜい【女王四重奏】くらいでしょう?だから、私の素が人にバレることはないんです。OK?」
「ボッチなのはお前もじゃねぇか・・・(ボソ」
「次それを言ったら斬り落としますよ?」
「図星か」
「ああん?」
「ひっ!」
鬼の形相でこっちを見られて俺も女みたいな声が出てしまった。
「いいですかぁ?私は健児センパイと違って、あ・え・て友達を作らないんです。決して作れないわけじゃないんです!それに友達がいなくたって私には
「分かった分かった!」
俺は姫神の剣幕に押されて無理やり納得させられた。
「全く・・・健児センパイといるとペースを崩されます。こんなに人にイライラしたのは初めてです」
「知るかよ」
俺は吐き捨てるように言う。
「まぁいいです。カメラを貸してください」
「?ほらよ」
姫神にカメラを渡す。すると、目を皿にして動画を見始めた。俺はいじるものがなくなったのでリラックスして体力の回復に努めることにした。流石にSランクの動きを逐一追うのは疲れる。
眼をつぶって寝ようとするが、ぶつぶつと声が聞こえてくる。
「!カメラ目線が抜けてる!ここも!ここは男を堕とすチャンスだったのに!カメラマンが無能すぎ!ここは私を完璧に追ってくださいよ!」
不満が聞こえてくるが無視だ。
「ああ~ここ!私の動きがちゃんと追えてない!これだけで1000人は登録者数を増やすチャンスを不意にしてる!」
「うるせぇ!不満なら直接言え!」
無理だった。距離が近い上に、ここまで不満を言われたらキレたくなるものだ。姫神はきょとんとしていた。俺に聞かれているとは思わなかったのだろう。しかし、みるみるうちに顔を赤くした。
「なら言わせてもらいましょうか!」
「上等だ!お前程度の動きなら完璧に追ってやるからさっさと注文しろや。腹黒女」
「ならまずはー」
そこからは醜いほどの言い合いだった。
●
「はあはあ」
「ふーふー」
姫神のダン配への拘り、そしてみられる側のプロ意識を強く感じさせられた。それはいいのだが口が悪すぎる。これじゃあ友達はできないわ。矢が刺さったが撤回はしない。休憩時間だったっていうのに二人して体力を消耗した。
「なんでこんなにムキになっているんですかね・・・子供みたいです」
「同感だ・・・」
最初は配信のカメラワークのダメ出しだった。そして、こっちからも不満を言いまくる。そこまではまだ建設的な言い合いだった。けど、その後は貶し合い、罵倒、嘲笑、性格否定、ただの喧嘩になってしまっていた。
年下の女相手に何をやっているんだか・・・
俺は自分の行いを恥じながら反省する。すると、
「ふふ」
斜め背後から笑い声が聞こえてきた。もう振り向くのすら面倒なので声だけで応答することにした。
「・・・どうしたんだよ?」
「あっ、いえ、その、こんな風に人と言い合いをしたことがなかったので」
聞かれていたことが意外だったっぽい。俺は耳がいいんだよ。後、姫神の声は普通の人よりも響く。まぁ聞こえたからには話を広げよう。そういえば姫神相手にどもどもした日々があったんだよなぁ。一週間ぐらい前のことだけど懐かしく感じしてしまう。
「友達いないもんな」
「ブーメランを百倍にして返してやりますよ」
「ふっ」
「ふふ」
二人して少し笑ってしまう。理由は分からないが謎の充実感が俺たちの間に支配していた。俺も言い合いをしたのは【女王四重奏】と小学生時代にして以来だ。中学時代は人と関わることがほぼ皆無だったしな。正確には関わろうとしたにも関わらず、逃げられていたっていうのが正しい認識だ。
階段から見える闘技場をぼーっと見ていると気になったことがふつふつと湧いてきた。弛緩した空気のせいでもあると思う。俺は姫神に聞いてみたいことを投げかけてみた。
「なぁ姫神」
「はい、なんでしょう」
「なんでお前はダン配のトップに拘るんだ?」
「・・・」
「【女王四重奏】を目の敵にするのはわかるけど五位でもすげぇじゃねぇか。俺を絡めとろうとかそんな馬鹿なことをしないでもお前は全然すげぇと思うけどな」
実際、姫神の力は才能によるものではない。観察していた限り、美の神というのは男を堕とすことに全ツッパした性能だ。だから、本来の性能であればあの数を相手に無双するなど不可能だと思う。それを可能にしているのは見えないところでの努力だ。
コンシーラーでうまく隠しているが身体の節々には傷跡がある。本来、正面切って戦う力ではないヴィーナスの権能をここまで使えているのはひとえに愚直なまでの努力だ。しかもすべての能力を高めて万能になったのだ。性格はアレだが素直に賞賛できる。
「そんなところまで見えてしまうんですねぇ」
「悪いな。昔から観察は得意なんだ」
姫神は困った顔をするが、こういうことができないとあいつらに勝てないからな。まぁ一度も勝てないんだけど・・・
姫神ははぁと溜息をついた。そして、
「王子様を探すためですよ」
「は?」
体育座りの足の中に顔を隠して言ってきた。振り向くと耳が赤くなっていて、本音だということはわかる。だけど、余りにも内容が不自然で荒唐無稽なので聞き返してしまった。
「私の権能は男には物凄く好かれる代わりに同性に死ぬほど嫌われます。中学に入ったころには特にそれが顕著で、毎日いじめられてました」
「マジか・・・」
「マジですよ。彼氏を寝取ったクソ女、女子に人気な男を総なめにする嫌な女、男に媚を売る売女、色々言われましたねぇ・・」
姫神がイジメに遭ったというのは意外だったが、その表情を見てこれは本当だと思った。言われてみればヴィーナスの力を持っている女に同性が近づくわけがないのだ。最高の女の隣にいて劣等感を感じない方が異常だ。
それでイジメの対象になったと考えると想像に難くない。俺も中学の頃から突然怖がられ始めたから気持ちはよくわかる。女ってすぐにあることないことでストーリーを作り上げて俺を晒し物にするんだよなぁ。おかげで同性の友達すら消えたわ。
「鞄と上履き、体操服を近くの公園の便所に持ってかれてリンチにされるのが日常だったんですよ」
「お、おう」
壮絶すぎるな。今どきの女の子ってそこまでやるのか。
「まぁ当時の私はうじうじの根暗眼鏡の地味of地味子でしたしね。それなのに男を魅了しまくるという意味不明な女でした。イジメられるのは当然だと思います」
「そ、そうか」
自分のことを貶めすぎだろう。早口でしゃべっていることから黒歴史の類なんだろうなぁと思った。しかし、
「でもですよ!そんな私にも転機が訪れたんですよ!」
すげぇ前のめりに俺に言ってきた。そして、手を組み虚空を見ながら当時のことを思い出していた。
「いつも通り十人くらいの女からリンチにされて一発ずつ腹ボコを食らって気絶しかけている時に彼が来たんです!」
「分かった分かった!落ち着けっての!」
「おっと失礼。興奮しました」
内容がヤバいと思ったがそこは流す。そして、姫神はコホンと咳をした。
「私は気絶しかけていたので、顔も声もおぼろげにしか覚えていません。それでも彼が来ると同時に私をリンチにしていた女は気絶したり、逃げ出したんです!そして、私のところに来てベンチまでおんぶで運んでくれたんです!」
姫神の興奮が止まらない。完全に恋する乙女だった。
「あの大きくてたくましい背中は一生忘れられません!私はそのまま気絶しましたが、目が覚めるとクソ共にぐちゃぐちゃにされた所持品がすべて取り返しておいてくれたんです!そして、最後に
『眠り姫へ しょう中のたまは取り返しておいた。もう盗られるなよ? 黒の天士』
と書置きがありました。その瞬間に私の王子様はこの人だ!って直感が働きました」
「ん?」
何か引っかかる。なんでだ?
「まぁ私がダン配をやる理由は【黒の天士】を探すためなんですよぉ。顔も声もほとんど覚えていない私が再会するためにはダン配でトップになって王子様の方から私の下に来てくれることを待つだけです。彼だって素敵な男性になっているに違いありません!私が女を磨くのもダン配で一位に拘るのもそういう理由なんですよ」
思った以上に乙女チックな理由で驚いた。そして、その恋する乙女の表情に俺は見惚れてしまった。不覚すぎる。だから、
「なるほどなぁ。でも、あんな汚い手を使ってる時点でその彼も幻滅してると思うけどな」
火照りを誤魔化すために俺も軽口を言ってしまう。反撃されると思ったのだが、
「わ、分かってます!私も頭に血が上ってたんです。私の努力が【
「え?」
姫神から初めて頭を下げられた。意外過ぎて俺も固まってしまう。
「ごめんなさい。謝って済む問題じゃありませんが、できる限りの償いはするつもりです」
その表情は本当に反省している顔だった。召喚獣たちに土下座させるのは確定だが、それでも俺自身は許してもいいと思う。なんというかこいつのことを完全に嫌いになることができない。
女に嫌われているところ、友達がいないところ。似ているなぁと思ってしまった。
「ちゃんとした謝罪なら受け取る、俺もビッチって言いまくってすまん・・・」
「いえ、もう気にしてないので・・・」
「それでもだ」
いくらなんでも言い過ぎた。年下の女に対して、ビッチなんて言ってる人間が人気者になるなんて夢のまた夢だろう。っていうのが本心の半分。もう半分は、
「それに【女王四重奏】にボコボコにされてキレる気持ちはわかる」
「そうなんですか?意外です」
「あいつらは全員天才だ。勉強、ゲーム、運動、カラオケ・・・何をやってもあいつらに勝てる気がしなかったし、そのたびに屈辱的な罰ゲームをやらされてたんだからな」
「罰ゲームですか」
「ああ、裸にされたり、恥ずかしい声を録音されたり、プロレス技をかけられたり、碌な目にあってねぇよ・・・」
「うわぁ・・・よくそれで仲良くしてますね」
「仲良くなんてしてるつもりはねぇな。俺はあいつらに復讐したいけど、弱いから奴隷扱いされてるってだけだし」
「それは応援します!【女王四重奏】の屈辱に歪む顔は見てみたいです!マウントをとってくる人間が屈辱に歪む顔でご飯は三杯いけます!ソースは私!」
「マジかぁ。それは楽しみだ」
「私に腹ボコしてきたクソ女の顔にグーパンを入れた時は最高でしたよ!ああ、私はこのために生きているんだって」
「そんなんだから友達ができねぇんだよ」
「健児センパイもでしょうが!」
俺と姫神は一歩距離が縮まったような気がした。
●
結局三時間くらい休憩をとってしまった。お互い酷い目にあってきているので傷の舐め合いのような感じでずっと盛り上がり続けた。
「それじゃあ始めましょうか。予定より一時間オーバーしてしまいましたしね」
「そうだな」
俺も【漆黒の堕天騎士】の恰好に着替える。マスクをしてマントをはためかせる。
「健児センパイ」
「ん?」
「その、ここから出た後も・・・いえ、やっぱり、なんでもありません」
「?ならいいが」
俺はダン配のカメラの準備をする。さっきあれだけ不満を言われたのだ。俺もできるところは修正していこう。姫神を見ると、準備ができたらしい。俺は電源を入れた。
「少々休憩時間がオーバーしてしまいまして申し訳ありませんでしたぁ!また配信を再開していきますねぇ!」
完璧な笑顔でスタートする。俺はさっきまで言われていた顔を画面の真ん中に映るようにしろと言う指示を守る。
『待ちくたびれたぜ!』
『やっとかぁ』
『おかえりぃ!』
『可愛い!麗美ちゃん最高!』
『マジで綺麗!』
『美しすぎる・・・』
幸先の良いスタートだ。姫神みたいな顔面偏差値完全無欠な女はこういう撮り方の方がいいのか。勉強になる。姫神の右手が上を撮れと言っていたので、その通りに階段の上を撮る。そこには大きな扉が合った。
「これから私と【漆黒の堕天騎士】さんであの扉を通っていきまぁす!何が起こるか分かりませんが、頑張って配信していきたいと思いまぁす!」
うおお!と湧くコメント欄。姫神を前にして扉に向かう。そして、
「【漆黒の堕天騎士】さん、準備はいいですかぁ?」
「ふっ、誰にものをいっている」
「準備は万端のようですね!それじゃあ行きましょう!」
俺と姫神は上に向かう扉を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます